9話 同朋の仲間はたったの二人


 この土日はものすごく長く感じた。
 月曜日になり、これでいつもの日常に戻れるものだと思っていた。
 その考え自体、愚かだったことを思い知ることになる。

 いつも通り奈津美と一緒に登校している。
 奈津美と一緒にいるところを見られるとあちこちでひそひそ話しているのが見えるし、運が悪い(?)とその内容まで聞こえてしまう。
「彰人。私と一緒に登校するのいや?」
「……そんなことないよ」
「何、その間は」
「いや、それは、わかるだろ」
「わからない」
 奈津美は何を血迷ったか、俺に抱きついてきた。
 どこかから口笛が聞こえてくる。
 思うんだが、この学校の生徒たちはノリが良すぎる。なにせ、俺が下校するまで大半のクラスメートは教室を出て行かない、という当たり前の習慣がつきつつあったからだった。その理由は言うまでもない。
『面白いことがそこにあるなら、なぜ最後まで見ないんだ』
 そんな精神の人たちが多かった。
 本当に勘弁して欲しい。

「埼君。行こう」
 教室に入った途端、ほのかは俺の手を握り締め、折角入った教室を出ることになった。
「何だ?」
 ほのかは『言っていることがわからないの?』と無言の視線を送ってくる。
「ちゃんと用事は言ってくれ」
「昨日、言ってくれたでしょ。学校でしようって」
 ほのかのそういうところには慣れたつもりだったが、まだ慣れていなかったみたいだ。
 俺は逃げたかった。
「で、その場所はどこですか?」
 すでに犯すと書いて『ヤル』気満々のほのかだが、俺はやる気などあるわけがない。
「朝からやるのか?」
 言ってから思ったのだが、そういう問題じゃない。こんなに人がいる時から、学校でしようと言い出すほのかが異常だ。そもそもこんな会話を聞かれたら、人として疑われてしまう。
「私はいつだって埼君を感じていたいです」
 これ以上放っておくととんでもないことになりそうなので、俺はほのかを抱く。もちろん思いっきりではなく、軽く抱く程度だ。
「これで満足してくれ」
「嫌です。今まで散々無視してきたじゃないですか。少しぐらい私の言うことを聞いてください」
 と、今度はほのかが抱き締めてきた。それはもう絞め落とそうかと言わんばかりに。でも、本人は本気でも俺にとってはさほど痛くはなかった。しかし、あずさの力は洒落にならなかった。本気で抱きつかれたら、絞め落とされかねない。
 それにしても、もしかしたら永遠とそのことを持ち出されそうだ。
 少しだけため息が出てしまいそうだった。
 こんなことになれてしまったのか、周りの状況がよく見えていた。
 今は登校の時間であり、学生も廊下にたくさんいる。
 つまり目撃した生徒はたくさんいた。
「押し倒せ〜〜っ!!」
 誰だ、そんなことを言った奴は。
 声の主を探す為、勢いよく振り返って見たのだが、周りに人が多すぎて、誰かわからなかった。
 ため息がでてしまった。
「埼君。例の場所に連れてって。まだ時間はあるでしょ」
 俺のため息の意味すらわかってくれないほのかは俺の手を引っ張る。
 その時間だけでやるつもりらしい。
 ほのかは今まで以上に強く手を握り締めてくる。その手を振り払いたかった。
「もし逃げようとしたら、ここで泣き出すから。そしてあることないこと言っちゃうから」
 逃げたら、ではなく、逃げようとしたら、というところが実にいやらしい。
 すでに泣く準備OKのほのかだった。
「わかった。行くぞ」
 とにかくこの場所から移動したかった。

 ここは4階にある誰もいない教室の前。
 あまりにも静かな教室、廊下だった。
「ここですね」
 どうせ開いていないだろう、と思っていた。だが、ほのかは何の抵抗もなく、教室のドアを開けた。
 鍵がかかっていないことにとても嫌な予感がする。
「彰人、彰人ぉ……はぁ……んっ……」
 ドアが開けた俺とほのかはばっちりと見てしまった。素っ裸でM字開脚をして、自分の手で弄り回している瞬間を。
 その人は深雪だった。
「あ、彰人!」
 いきなりの登場に慌てた深雪は体を隠そうとするが、周りには何もない。
 おい。制服すらないぞ。
 蹲ってしまった深雪が泣き出しそうになっている。今のタイミングは深雪にとって、最悪だったらしい。
「悪かった。すぐに出て行くから」
 出て行こうとしたのを止めたのはほのかだった。
「だめだよ。みゆちゃんをこのまま放っておくの?」
「そういうわけじゃないけど」
「なら、ここに残ってあげないと」
 何を企んでいるのか知らないけどろくなことじゃないだろう。
 一昨日のことを根に持っていたら、と思うと怖い。
「ねえ、みゆちゃん。何をしていたのかな」
 ほのかは深雪の肩に手を置く。
「ひゃっ!」
「ねえ、何をしていたのかな」
 耳元で息を吹きかけるように喋る。
「……だめ、ほの、ちゃん……」
 深雪は抵抗しなかった。いや、抵抗する気力がなかった。
「何をしていたのかな」
 三度同じ事を聞いたほのかは深雪の中に指を強引に入れた。
「ああああっ!」
 あずさのアレはほのかが原因に違いない、と、なぜかそんなことを考えてしまった。
 とにかく今は深雪を何とかしよう。
「こんなにも濡らしちゃって、何をしていたのかな」
「ああっ……んんっ……だ、め……やめて……ああっ」
 まともに答えることの出来ない深雪をさらに責め立てる。
「答えないとみゆちゃんの制服、隠しちゃうから。露出狂のみゆちゃんでも困るよね。裸のまま家に帰るなんて。それともそのまま授業に出ちゃう?」
「ここ……ああっ……にはない、から」
「みゆちゃんがしまっておきそうなところなんてわかるから。隣の教室かな」
 びくっと深雪の体が震えた。
 正解のようだ。
「ほら。何をしていたか言わないと隠しちゃうから。それとも絶対に着られないように切り刻んであげようか」
 ああ。もう確定だ。ほのかもあずさ同様『アレ』な人間だ。
『アレ』とはもちろん『S』である。 しかし、俺に対してはちょっと違うような気もするが。
「ほのか」
 やめさせようと声をかけたが、ほのかはそんな俺の気持ちなどわかってくれない。
「埼君はもう少し待ってて。すぐに相手をしてあげるから」
 だから、そういう問題じゃないって。
「ほら、何をしていたの?」
 俺などすでに蚊帳の外だ。
 教室に戻ってもいいかな、ほのか。と今ここで思いっきり声に出して言いたい。
 この教室は異様な空気を放っているし、すぐにこの教室を出たかった。
「……オ、オナニーして……た」
 ここまで追い込まれている深雪を見たのは初めてだった。
 今にも泣きそうなのだが、一向に涙を流す様子はない。
「そうなんだ。誰のことを考えていたのかな」
「あ、彰人……彰人のことを」
 深雪はただでさえ真っ赤な顔を、さらに赤く染めた。
「彼氏がいるのに、他の男を考えながらやっていたんだ」
「だって……一番やってほしいのは彰人だから」
 ……勘弁してくれ。
 健二には絶対に聞かせられない言葉だ。しかも深雪は本気で言っているから質が悪い。
「へえ。そうなんだ」
 ほのかの目が少しだけ細くなる。しかも、不適に笑っているほのかは自分の制服のリボンで深雪の手を後ろで縛った。見事な早業だった。
「ほのちゃん!」
「みゆちゃん。私の埼君に手を出したら、許さないから」
 さっきまでゆっくりと動いていた手が、かき回すように動き出す。というより、引っ掻き回しているようにも見える。
「いっぁ、痛い、ほのちゃん、っぁく……痛いっ」
「痛いに決まってるじゃない。痛がるようにしてるんだから」
 耳元で囁くように言っているのだが、元より声の音量は下げていない。俺まではっきりと聞こえるぐらいだった。
 初めは痛がっていた深雪だったが、徐々に声色が変わっていく。
「ああっ……だめ……痛いのに……気持ち、いい……あっ……いくっ……え?」
 ほのかは途中で止め、濡れた手を深雪の腹で拭った。絶望に打ちひしがれている深雪を見て、満足したらしい。
「いかせてあげない。お仕置きだよ、みゆちゃん」
 濡れた手を深雪の腹で拭ったほのかはやっとのことで俺を見てくれた。だが、壮絶な笑みをしていたので、見てくれない方がよかったかもしれない。
 逃げろ、逃げろ、と警告している。『ここにいるべきでない』と。
「埼君。逃げないよね」
 逃げたら何されるかわかったものじゃない。ほのかに一般常識なんてない。常識では考えられないようなことを平気でしてくる。
 俺は動けなくなった。
 キーンコーンカーンコーン。
 いいタイミングでチャイムがなる。このチャイムは予鈴のチャイム。
「ほのか。ほら、チャイムが……」
「だから?」
 それが当たり前の行動のようにほのかは俺のベルトを外す。
「ほのか!」
 俺は後ろに下がるが、どうも逃げられない。いや、正確に言うなれば、逃げた後が怖いから、体が動いてくれなかった。
 簡単にズボンを下ろされてしまった俺のものはすでに勃起している。
「私が静めてあげる」
 座り込んでいるからだろう。上目遣いで俺を見る。
 許可を待っているのか、それとも『俺に頷かせたい』だけなのか。
 とにかく頷くしかない。
 昨日のアレのせいで、ほのかを怒らせたらとんでもないことになることを体感したからだ。
 首を縦に振る。
 ほのかの片手は濡れている。何で濡れているのかは考えなくてもわかる。
 深雪の中を散々弄り回した手で俺のものを触る。
 ぬちゃ、とした感覚。
 そんな俺のものを躊躇の一つもなくほのかは俺のものを根元まで口に含んだ。
「んぁっ……んっ……」
「ちょ、ほのか」
 逃げようと腰を引く。やっとのことで身体が動いてくれた。それで一旦、ほのかは喋る為に口に含んでいたものから離れた。
「逃げないで」
 ほのかは俺の足を抱え上げる。
「ば、ばか」
 俺はバランスを崩し、倒れた。
「いって」
 痛がっている場合じゃない。
 だが、俺が行動に移す前に、ほのかは俺の上に四つんばいになる。なんで俺の顔の上にあるほのかのスカートを見つめていなければならないなんて、もう言わない。スカートの中が丸見えなのも気にしてはいけない。ほのかが俺の股間を凝視しているのも、気にしてはいけない。言っても無駄だし、ほのかを調子つかせるだけだろう。
「あっ!」
 ほのかは突然声を上げる。
「どうしたんだ」
 どうせろくなことじゃないだろう。
「スカート、脱ぎ忘れた」
 予想通りというか、予想を超えていた。
「脱がなくていい」
「折角、69(シックスナイン)なのに……。それとも着たままがいいの?」
 俺は答えなかった。
 理由はたくさんあるが、ひとつだけあげる。深雪が聞き逃すものかと真剣にこちらに耳を傾けているからだった。
 キーンコーンカーンコーン。
 しまいには本鈴のチャイムまでなってしまった。
 これで帰れると思ったのに、ほのかはやめようとしなかった。
「今からでも間に合うから、行かないと」
「だめ」
 結局、ほのかはスカートを脱いでしまった。ついでにぽいっと投げ捨てたほのかのショーツは、深雪の顔に当たって落ちた。
 その深雪は怒りによって体が震えている。
「ふ、ふ、ふふふ、ふふ」
 今度は不気味な笑いをしつづける深雪だったが、ほのかはたった一言で終わらせる。
「喋れないようにした方がいいかな」
 単に喋れなくするつもりはないらしい。
「何するつもりかな、ほのちゃん」
 絶対に屈しない、と意気込む深雪だが、ほのかを舐めない方がいい。常識では考えられないことを平気でしてくる。
 ほのかは俺から離れていく。
 それだけなのに、こんなに安心してしまうのは、なぜだろう。
 それにしても、下は何も身に着けていないのに、隠そうともしない。深雪もそんなことには気にもしていなかった。
 ほのかは投げ捨てたスカートから『どこかで』見たことのある入れ物を取り出した。
 投げ捨てた時、何も入ってなかったような落ち方をしたし、音だって布がひらっと落ちるような音だった。なのに、どうして今、スカートから取り出したのか。そこは四次元ポケットか。
「とっても気持ちよくなれる薬だから」
「まさか……ほのちゃん」
 深雪はその薬の正体に気づいた。
『媚薬』
 一度目はほのかが自ら使用し、二度目はあずさに使用した薬である。その薬のせいで、俺は散々な目に遭った。
「黙っていてくれるんだったら、何もしないんだけど」
 深雪は不条理なのだろう。悔しさが滲み出ている。しかし、ふと笑みがこぼれたのは深雪だった。
 俺と深雪の視線が交わる。
 深雪は誰にも負けないぐらい胸が大きい。背が低いくせにどうしてこんなに、といった具合だ。今の深雪は手を後ろで縛られている状態であり、胸を隠すことはできない。だから、いい。それに関して俺は何も言わない。だからといって、俺の視線を感じた途端、股を広げるのはやめてほしい。
 ゆっくりと開かれていく。
 何を凝視しているんだ。視線を外せ、と命令しているのに、目は瞬きもせず、深雪のそこを見ていた。
「ぎゃっ」
 突然、深雪の悲鳴があがる。
 ほのかが深雪の股間を蹴ったからだった。
 ほのかは暴力的なまでに攻撃的だった。
「ほのちゃん。女の子には優しくしましょうって習わなかったの?」
「『女には暴力で平伏し、男には媚びる』それが私のモットーなんだけど」
 嫌なモットーだった。
 しかもほのかの『正体』がどんどん明らかになっていくのが嫌だった。どうせなら知らない方がよかったことが多い。
「それにしては奈津美さんには抵抗らしい抵抗をしなかったじゃない」
「ん? ああ。それね」
 ほのかは『頭悪いんじゃないの?』という顔つきで言い返す。
「殴り合いで勝てるわけないじゃない」
「は、い?」
 言っていることが深雪はわからなかったようだ。だが俺はどういうことなのか、何となくだが理解できてしまった。
「『暴力』と言っても、殴り合いなんかじゃなくて、こうして痛みつけるのが私は好きなの」
 試しにやってみよう、という感じで、拘束されている深雪を蹴る。軽く蹴ったのか、深雪は声も上げず、痛みで顔を歪めることもなく、ただ深雪は鋭い視線でほのかを見るだけだった。
 それが気に入らないほのかは無抵抗な深雪の胸を鷲掴む。
「いっ、っぁ」
 絶対に声は上げないと、深雪は必死に抑え込んだ。
 それだけでは我慢できないとほのかはさらに乳首を捻り潰す。
 今度は逆に声すら出ない。
 太刀が悪すぎる。
 そんな程度では絶対に平伏さないと視線に力を込める。
 あずさの言っていたことが身に染みてきた。
『絶対に幸せなんてなりませんから』
 ……もうちょっと早く言ってくれ。もう逃げられないんだけど。
 そんなことを考えている間に、ほのかは深雪の中を爪で引っ掻くようにかき回す。
「安心して。怪我はさせない。それが私の信条だから」
「……っぁ、ほのちゃん、それって、あぁっ……怪我させたら、くぅっ……面倒だからじゃないの?」
「それ以外何があるの?」
 俺と深雪は沈黙した。
 もう崩れないと思っていたものが、がたがたと崩れていく。
『絶対に幸せなんてなりませんから』
 あずさの言っていたことは正しかったかもしれない。あの時、『そうだな』と手を握り締めてあげればよかった。そうすると、今度はあずさに両手両足を縛られて、やられるわけだ。
 ……どっちもどっちだった。
 ほのかは元よりやめるつもりなんてないらしい。逆に深雪を痛みつけることによって、燃え上がってしまっている。
「ほのか。そろそろやめた方が……」
「みゆちゃんの味方をするんだ」
 ほのかは真顔だった。
 それがかなり怖い。
「そんなことはない」
 とっさに答えてしまった。
 なんか、ほのかに反論することができない自分が嫌になってきそうだった。
「そう。ならいい」
「彰人!!」
 これに怒ったのは言うまでもなく、深雪だった。
「すまん。そんなところでしていた有坂が悪い」
「それは認めるけど」
 あっさりと認めた深雪だった。
「でも、ほのちゃん。そんなことをすると後悔するよ」
「私はしないから」
 俺は深雪に見られていることに気づいた。
「彰人は押しに弱いからね」
 深雪は微笑み、なぜかほのかも微笑む。
「やれるものなら、やってみればいいでしょ」
 ほのかは両手で深雪の胸を力強く握り締める。
「いっ」
 小さく漏れる深雪の声が聞こえた。
 俺の頭痛は今週も収まりそうになかった。

 ほのかを痛めつけるのに飽きたのか、俺の方へ歩いてくる。そのほのかから一歩だけあとずさる。
「私がしてあげるから」
 それに俺の拒否権はないのかな、と言いたい。
 ゆっくりと近づいてくるほのかから逃げたかった。
 俺に覆いかぶさるようにほのかは俺に倒れ込む。
 ほのかはさっき同様、俺のものを根元まで一気に口に含む。
 ほのかの舌が動いているのはわかる。
 だが、それ以上の高揚はない。
「そんなんじゃ、だめだよ。ほのちゃん」
 不敵に微笑む深雪は挑発的にほのかを見ていた。
「なんだって」
「ただしゃぶるだけでは気持ちよくなんかならないから」
 なんか、怖い。
 2人とも怖い。
「みゆちゃんだったら、どうするの?」
 にこりと微笑むほのかだったが、内心は腸が煮えくり返っているに違いない。
「見せてあげましょうか」
「……そこまで言うなら、見せて」
 ほのかにしては珍しく長考してから、答えた。
「なら、これをほどいてくれる?」
「だめ。そう言って、逃げるでしょう」
「ちぃ」
 舌打ちした深雪だった。
 どうやら本気で逃げるつもりだったらしい。
「みゆちゃん。早く見せてよ」
 腹を括ったのか、深雪はこちらに来る。
「彰人」
 今の深雪を止めて欲しかった。唯一止められるほのかが傍観している。
 深雪は手を後ろに縛られたまま、俺に迫ってくる。
「ちょっと待て。有坂、冷静になれって」
「私は冷静だけど。彰人にこういうことをしてあげたい、と思っていたことは本当だし、してもらいたい、と思っていたことも本当だし」
 淡々と話している深雪だった。
 俺は目をそらせない。深雪の裸身を魅入ってしまっていた。
 ほのかや奈津美のを散々見ていたのに、本能には逆らえなかった。
「無理やりなんて、私はしないから」
 深雪は俺の股間に顔を蹲らせる。
 そして上目遣いで俺を見る。
 胸の鼓動が早くなる。
 何度もやられていた深雪の誘惑に今回は乗せられていた。今までは散々、あしらってきたのにこの状況ではどうすることもできない。
「有坂。やめてくれ」
「だめ。それじゃあ、ほのちゃんが許してくれないから」
 全くなんでこんなことに……、と思うのだが、そんなことなど考える暇など与えてくれなかった。
「ちぅ……」
 ま、まずい。
 背筋がゾクゾクする。
 ほのかとなんか比べ物にならないぐらい気持ちよかった。
「ほのちゃんより気持ちいいでしょ」
 それを理解したのか、わざわざ口に出してくれた。
 ぷっつん、しそうなほのかが怖い。
 頼むから、今のほのかを見てくれ。
 今まではほのかにとって、まだ冗談ですむレベルだった。それが俺にもわかったから、本当に止めようとはしなかったのだが、これは完全に怒り狂う前兆だった。
 目の前で散々、奈津美が怒り狂う前兆を見てきたのだから、すぐにわかった。
 深雪は俺の反応が気に入らないらしく、もっと強引にフェラを始めた。
「んぁっ」
 ま、まずい。快楽に流されるのに必死に耐えてきたのだが、ここが限界だった。
 一旦、波が来てしまうと抑えることなんてできない。
 フェラをしながら、俺の表情を確認した深雪は俺の初々しい反応が嬉しいらしい。
 だが、俺はそんなことより完全に目が据わっているほのかが気になって仕方がなかった。そのおかげなのか、ぎりぎりのところで耐えていた。
 それにほのかの目は何か『危ないこと』をすることを覚悟したものだ。
「ほ、ほのか。お、落ち着け。いいから、落ち着け」
 何とかほのかの怒りを納めようと声を出したが、今度は深雪が気に食わなかったらしい。
「私がしてあげてるんだから『他の女』のことなんて忘れて」
 あ。
 ほのかが切れた。
 ぶちっ。じゃなくて、ぶちぶちぶちぶちっと血管がいくつも切れている音がここからでも聞こえそうだ。
 深雪はそれに気づかず、未だにほのかの目の前で俺のものをしゃぶり続ける。
 ほのかはついに攻撃を開始する。
 完全に寝そべっている深雪の股間を思いっきり蹴った。これが男だったら致命的な打撃だ。
「っぁ!!」
 深雪は苦痛で顔を歪める。
「いっ!」
 ちょっと歯が当たったが、痛いというほどじゃない。俺自身の心配より、深雪の方が心配だった。
 いい加減、深雪も気づいただろう。
 今更になって、深雪は後ろで縛られている手を何とか解こうと暴れだす。
 だが、すでに手遅れ。
「私ね。ひとつ、決めていることがあるんだよ」
 もう一度、蹴る。しかも同じ場所を。もしかしたら、足を穴の中に入れるつもりなのかもしれない。
「っぁ」
 声が出せないのか、深雪は漏れた声しか出ていない。
「こういうことがあった時、私は埼君を責めることはしないんだよ」
 自分からやらせたことなどほのかは忘れているに違いない。そんな態度だった。
 俺ですら寒気がしたのだから、それを真っ向に受けている深雪は空恐ろしいものを感じているに違いない。
「でも、女は別」
 深雪は仰向けになったまま動かない。顔を見ればわかるのだが、痛みのあまり、他の事を考えていられないだけのようだ。
「ほのか。暴力反対」
 攻撃的ではすまされないことをしようとしているほのかを止めにかかる。
「埼君は黙ってて!」
「は、はい」
 鋭い目で睨まれてしまった。
「ほのちゃん。悔しいからって、八つ当たりは見苦しいよ」
 深雪だって負けてなかった。
 拘束されているのに、挑発的な科白を言った。
 ……だから、なんでみんな攻撃的なのさ。
 図星だったのか、ほのかは強く両手を握り締めていた。
「や、八つ当たり?」
「そうじゃない。悔しいんでしょう。自分じゃ、できないから」
 深雪が別人に見えてきた。
 ほのかは何も言わない。
 黙りこんだままだった。
「どうしたの? ほのちゃん」
 深雪は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「埼君。トイレに行きたくなっちゃった」
 完全に場違いな科白を言い放ったほのかは笑った。
「すぐに終わるから、待っててね」
 トイレに行くと言っておきながら、深雪に近づくほのかに、当の本人である深雪は理解した。
「あ、彰人。ほのちゃんを止めて!」
 それで俺にもようやくわかった。
 倒れたままの深雪に跨ろうとしたほのかを俺は抱き寄せた。
「こんなところでするなって」
「こんなところ?」
 ほのかは微笑む。
「大丈夫。全部、みゆちゃんが飲み込んでくれるから」
「なんで、ほのちゃんのなんか飲まなきゃいけないの」
 まずい。
 爆弾でも落としそうだ。
「でも、彰人のなら、何度だって飲んであげるんだけどね」
 口を開き、舌を動かす。
 深雪がやると物凄く生々しい。
 深雪は俺を見る。
 頼むから、そんな男を誘うような目で俺を見ないでくれ。
 居たたまれないから。
「埼君。離して」
「酷いことをしようとしているのに、離すわけない」
 いくらなんでも、今のほのかは何をしでかすかわからない。
 下手をするととりかえしがつかないことをするかもしれない。
「もし止めたら、今度頭の上でするよ」
 俺はすぐに離した。
「彰人のばか!」
 深雪は嘆いた。
「ごめん。ほのかはすると言ったら、する人だから」
「なら、今度をしなければいいじゃない!」
 多分、というか、絶対それは無理だろう。
 そうなったら、ほのかは意地でも俺とするために手を尽くすに違いない。
「埼君の了解も得たし、準備はいいかな」
「ほ、本気なの」
 ほのかは何も言わずに、深雪の上に跨る。
 深雪はそれから逃げようと身体をくねくねと動かすが、ほのかは深雪の左肩の上に足を乗せた。
「逃げたら、踏むよ」

 その後のことはあまり語りたくない。
 思いっきり抵抗した深雪だったが、最後はほのかに捻じ伏せられる。そもそも手を後ろで縛られている時点で、深雪の負けは決定していた。
 そして、最後は用を足したほのかは満足して、外に出て行った。
 俺を置いていって。
 ……俺まで悪人にされたのか?

 ひとまず落ち着いたと思う深雪に声をかける。
「有坂」
 全身凄まじい状態になっている。
「こっちも言いたいことはたくさんあるけど、今は何も言わないで」
「わかった」
 立ち上がる深雪は素っ裸で廊下に出る。
「おい。どうするんだ」
「このまま教室に戻るわけにも行かないじゃない。後片付けだってしないといけないし、あと、シャワー浴びたいし」
 挑発的な視線で俺を見る。
「一緒に浴びにいく?」
「遠慮しておく」
「大丈夫。こんなことで私はへこたれないし、逆にやりかえしてやろうって気になるから」
「やめてくれ」
「それはできないかな」
 しばらく呆けていた。
 ここであったことは悪夢としておきたい。そんな気分だった。

 教室に戻る、いや、向こうからしてみれば、今登校か。
 そんな俺に声をかけたのは健二だった。
「珍しいな、遅刻なんて」
「ああ。たまには、な」
「俺はてっきり今まで結城さんとよろしくしていたのかと思った。結城さんも今さっき来たばかりだから」
 あまりにも事実を的確に言われてしまったので、言葉が暫く出なかった。
 それにしても『よろしく』って深雪と同じようなことを言う。
 その深雪はあんな状態になってしまったが、2時間目はしっかりと出るから、とだけ言っていた。
「ところで深雪知らないか?」
「え?」
 少し動揺してしまった。
「深雪、まだ来てないんだよ。携帯にかけても、出ないし」
「そうなんだ」
 あまりにも白々しい科白だったが、健二は気づかない。
「何、話してるの?」
「深雪!」
「どうしたの?」
「遅刻なんかして何かあったのか?」
「健二も女の子になればわかるよ。結構、辛いんだから」
 深雪は少し微笑む。
 言い訳にしてはかなり上手くできていると思うが、だからこそ心配だった。
「だって、いつも平気そうにしてるじゃないか」
「今回は珍しく辛かったから」
 と、俺のことを見た深雪は、
「前、ゲーセンに行かないなんて言うから」
 と、責任を俺に押し付ける始末だ。
「おい。俺のせいか」
「そうだよ。私の生理はそういうことでも悪くなるんだから」
 いくら深雪でも生理とか言わないで欲しい。わざと言葉を外しているように見えたのだが、ただ単に偶然だったらしい。
 しかし、嘘だということがばれないのか、心配になってくるのだが、健二は全く気づかなかった。
 2時間目のチャイムが鳴る。
「深雪。大丈夫か?」
 あまりにも心配そうに見る健二に深雪は悲しそうにしていた。
「うん。大丈夫だから」
 それだけを言って、席に戻った。
 そんな深雪を睨んでいたのは、ほのかだった。……まだ怒っているようだ。

 2時限目の授業が終わった。
 体のあちこちが痛い。どうやら床でことを及んだのが、原因に違いない。
 俺は大きな息を吐く。
 何か疲れきってしまった。
「彰人」
「なんだ?」
 深雪は普段と変わらない。
 それもそうか。
 土曜日はあんな痴態を晒したとしても、平気な顔をしていた。というより、自ら進んで俺に見せたんだろう。
 ほのかをあれほど怒らせて、さらにあれほどのことをやられたのに、意に介せず俺に話しかけてくるんだから、深雪の精神は図太い。
「携帯の番号を聞くのを忘れてたから、教えてよ」
「ほのかに聞いたらいいだろうが」
「今、聞きにいったんだけど、なぜか『教える気ないから。知りたいなら、埼君に聞いて』って言われちゃったし」
 今、この瞬間、その精神を称えてあげたかったが、そんなことなんてしたら余計調子に乗ってしまう。ほのかを怒らせておいて『携帯番号を教えて』なんだから。
 その時のほのかの反応を見たかったのだが、今、教室にはいないようだ。
 少し唸った深雪は、
「私、何か悪いことしたっけ? 悪いことされた記憶はあるんだけど」
 と、首をかしげた。
「されたけど、しただろう、散々」
「どれが原因で、どうして怒っているのか、全然わからないんだけど」
「すべてが原因で、すべてに怒っているとは思わないのか」
「思わないよ。ほのちゃん、そんなことを気にする人じゃないみたいだし。それに私がしていても気にしている様子はなかった」
「初めだけな」
「そうなの?」
「ああ。途中から、怒り狂っていたぞ」
 あさっての方向を見る深雪。
 今、振り返っていることだろう。
「ごめん。てっきりほのちゃんの地かと思ってた。それで、何が原因?」
 あれが地だと思っていたらしい。
 地で人の頭の上で、するのはどうかと思うぞ。
「アレだろう」
 仕方がないので、俺が教えることにした。だが、しっかりと教えない。
「アレ?」
「ああ。アレだ。あれからほのかの様子が少し変わった」
「ごめん。わからない」
「それがわかったら、携帯の番号を教えてあげる」
「彰人ぉ」
 妙に甘えた声を出す。一瞬、ドキっとしてしまった自分が嫌になってしまう。
「何してるんだ?」
 やっと来た助け舟。健二がこっちに来た。
「有坂には首輪でもつけておけ。ちょろちょろするな、ってな」
「考えておく」
 俺はそそくさと逃げようとした。
「健二」
 深雪は予想を越える凄みで健二を睨みつけた。
「邪魔しないで。今から携帯番号を聞きだすんだから」
 そんな目で睨まれても、健二はケロっとしていた。
「携帯持ったのか。いらない、って言っていたくせに」
「彰人。教えてくれないと、あのことを言っちゃうから」
 あのこととは多分、俺が持っている携帯はほのかが払っていることを言っているのだろう。
「い・え・ば」
 深雪はカチンときたようだ。
 言ってから思ったが、俺も大人気ない。しかし、深雪だって言うことはできないだろう。最後の手をここで使うわけにはいかないし、もし言ってしまえば、携帯の番号を知ることができなくなるかもしれないからだ。
「健二。『少し前』のことなんだけど、私」
 深雪は腹というより、その下の部分に手を置く。つまりあそこを意識させるように。
「な、な、な」
 あのことってそっちか。
 まさかここで朝のこと、それとも土曜日のことなのかわからないが、そのことを言い出すとは思いもしなかった。
 深雪は俺が冷静になるまで少し様子を見ている。
「わかった。わかった」
 何とか声に出せたことにほっとした。
「教える気になってくれて、嬉しいよ」
「何の弱みを握られてるんだ」
 健二は面白そうだ。
 俺がこんな状況になるなんて、相当な弱みだな、と言いたいようだ。携帯の代金をほのかが払っていることでさえ、言えばの一言で片付けたのに、今回だけはそれはできなかった。
「言えるか」
「ひとつ言うが……多分、それを俺が聞いたとしても、大丈夫だ。安心しろ」
 だからと言って、本当のことを聞かせるわけにはいかない。
「そうか。なら、安心した。有坂、残念だったな」
 冗談だったのだが、深雪はそれを本気と受け取ってしまった。
「健二」
 なぜか知らないが本気で怒っている。
「こ、怖いな。深雪、どうせ……。俺の口から言うことじゃないな」
 勝手に自己完結してしまった。
「絶対に教えてもらうから」
 さすがに今のことを言うつもりなんてないのだろう。
 捨て台詞と一緒に教室を出て行った。
 もうすぐチャイムも鳴るし、次もこの教室なんだが。そう思っていたら、チャイムが鳴った。
 その10秒後に深雪は戻ってきた。
 俺は少し笑ってしまった。

 放課毎に携帯番号を聞いてくる深雪をあしらっていた。
 そんなことをしていたら、あっという間に放課後になってしまった。
 いつものように俺のクラスの教室に集まる面々。
 クラスメートであるほのか、深雪、健二はすでにいる。そして奈津美、千夏、さやかも『デン』っと俺の前に立っている。
 なぜか席に座っている俺の周りを囲んでいるように立っている(立ちはだかっているように見えるのは気のせいだ)。
 そんな中、深雪が一番目に喋りだす。
「彰人が携帯を持ったって知ってます?」
 深雪は千夏とさやかを味方につけるつもりらしい。
 ここまでして、知りたいものなのか。
「奈津美から聞いたから」
 と、さやか。
「まだかけてないけど」
 と、千夏。
 味方にならなかったことにほっとした。
「彰人。教えなさい!!」
 ついに実力行使に出た。
 深雪は俺のポケットに手を突っ込もうとするが、簡単にそれをよけた。それでもしつこく、俺に迫ってくる。
「何? 教えてないの?」
 さやかは面白そうに笑っている。
「全員知っているのに、どうして私だけ」
 一旦、動きを止めた深雪だが、すぐに飛び掛ってきた。
 もちろん予測済みなので、すぐに立ち上がり、簡単に避けることができた。
「俺は知らないぞ」
 健二が茶々を入れてくれた。
 その茶々に感謝した。
「そうだ。彰人」
 さやかは手招きする。
 飛び掛ってきた深雪をよけた俺はさやかの側に近づく。
「なに?」
「これ、私の番号。あとで登録をしておいて」
 いつ用意したのか、すでに紙切れに携帯番号がかかれていた。
「私も」
 千夏はさやかの携帯がかかれている紙を奪った。
 鞄からシャーペンを取り出し、自分の携帯番号を付け加えていく。
 それにしても初めの3桁は覚えられるとして、その下の8桁を暗記しているらしい。俺には到底無理な気がした。
「はい。彰人君」
「ああ」
 それがまずかった。
 完全に深雪のことを頭に隅っこに追いやっていた。
「捕まえた!」
 後ろから抱きつかれる。
 その瞬間、今日の朝のことを思い出してしまった。
 それに気づかない深雪じゃない。
「ねえ、教えて」
 胸を押し付ける。
 わかった。わかったから、離れてくれ。
 声に出したくても、声が出ない。
 人って混乱すると声なんて出せなくなるんだ、と体感することができてしまった。ここ最近、嫌な体験しかしていない。
『有坂』
 ビクッと身体を震えた深雪だった。
 それもそのはずで、上級生の3人が怒っているのだから。
「これ以上やったら、許さないよ」
 これはさやか。
「彰人君には手を出さないでね」
 これは千夏。
「殴られたい?」
 最後は奈津美だった。
 奈津美だけすでに戦闘態勢だった。
 しかし、俺はそれより黙りこくったままのほのかが怖い。
 深雪が俺に何かする度に、空気が重くなっていっている。
 さすがにすべてを敵に回すわけにはいかないのか、さっと俺から離れた。


次回予告!
千 夏「なに、これ?」
さやか「濡れ場担当:有坂深雪だってさ」
千 夏「それより、ほのかの異常性癖がどんどんわかっていくんだけど、いいの?」
さやか「いいんじゃない。これってもともとそういうものなんだし」
千 夏「え?」
さやか「……ウソ」
千 夏「怒るよ」
さやか「ごめん。でも、ほのかは元々、清純なプリンセスっていう設定だったらしいよ」
千 夏「はぁ? どこが? ただのエロエロ大魔神じゃない」
さやか「エロいのは確かだけど、エロエロ大魔神は……」
千 夏「だって今回、ついにスカトロまでしたんだよ。相手は女だけど」
さやか「じゃあ、次辺りにSMじゃない」
千 夏「……」
さやか「……」
千 夏「……」
さやか「ということで、次回予告」

さやか「『みゆちゃんのって気持ちよかった?』」
千 夏「ついにこんなことまで聞き出した結城ほのか」
さやか「これって姉小説じゃなかったのか」
千 夏「上級生の出番が影も形もなくなりだしたこの頃」
さやか「どこまでも暴走するほのかに、ついに彰人の姉である奈津美は行動に出る」
千 夏「次回、10話『同朋の仲間はたったの二人 結』」
さやか「姉弟で恋をしたって、悲しみしか生まない」
千 夏「こうご期待」

さやか「わざわざ突っ込まなかったのに、結って」
千 夏「2つに分けましたよってバレバレじゃない」
さやか「タイトルを変更しないってこういうことだったのね……」
千 夏「ひとつだけ気になったんだけど」
さやか「なに?」
千 夏「私の出番は?」
さやか「今更じゃない」
千 夏「……」
さやか「……」
千 夏「お後がよろしいようで」
さやか「ようで〜」




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