ベイス=ロスティ、一年ぶりの故郷にて。
この村も久しぶりだ。一年前この村を出てから一回も来てないし。
一年前、か。……リックスさんが死んでから今日でちょうど一年だな。
命日にはリッツと一緒に墓参りに行くつもりだったけど、リッツのおじさんが俺だけ来いっていうんだもんな。
実の息子のリッツならともかく、赤の…ってほどじゃないけどどうして他人の俺なんだろ。
疑問はいっぱいあるけど……とりあえず、孤児院に向かうか。
孤児院までの道、リックスさんのことを思い出していた。
俺はあの人を恋愛感情って意味で好きだった。リッツはたぶん憧れてるだけだと思ってただろうけどな。
元々実の父親みたいに接してくれるリックスさんは好きだったけど、それは単なる憧れみたいなもんだった。
そんな俺が彼に恋するきっかけになったのは……ノービスの時ロッカーの群れに襲われたときだった。
リッツが助けを呼びに行って、リックスさんが駆けつけてくれた。
リックスさんがロッカーの群れと、それを引き連れるボーカルを倒す所を朦朧としながら見ていた。
ボロボロになった俺を抱きしめてヒールで癒してくれたリックスさんの胸の温かさを、今でも覚えてる。
それからあの人を見るたび、優しくされるたび胸が痛くなって。
それまで女の子しか好きにならなかったのに、俺はあの人に恋してしまった。
気持ち悪がられるだろうと思って、憧れてるだけってふりをしてリックスさんに近づいた。
でも抑えきれなくなって、剣士に転職した日……転職祝いをくれるというあの人に、俺は最初で最後のお願いをした。
『一回だけでいいんです。俺を抱いてください』
だめ元だった。どうせ断られるだろうと思ったし、嫌われる覚悟もできていた。
なのに、あの人は俺のバカみたいな頼みを受けた。
もう亡くなったとはいえ奥さんがいて、リッツっていう息子もいるってのに、男である俺を抱いたんだ。
幸せだった。想像してたよりずっと痛かったけど、リックスさんに抱かれてるんだって思うとすごく気持ちよかった。
それに、すごくあの人は優しかった。痛がる俺を気遣ってくれた。元々俺の無理な頼みなのに。
リックスさんの腕の中で俺は喘いだ。体中が熱くて、声を止めることなんてできなかった。
親友の親とそんな関係を持つなんて悪い事だってわかってた。でも……耐え切れなかったんだ。
リックスさんが亡くなった今でも、俺は彼のことが忘れられない。
喘ぎながら好きだと告白した俺に、私もだ、と返してくれたあの人の言葉を信じ続けている……。
「ベイス=ロスティくん、かい?」
「はい」
孤児院で待っていたリッツのおじさんは、弟というだけあってリックスさんに少し似ていた。
リックスさんと同じ銀色の髪、優しげな目元……。
胸が少し痛んだ。この人はリックスさんじゃないのにな。バカみたいだ。
「遠くからすまなかったね。君だけを呼んだのは……兄から託された君宛の手紙を渡すためだ」
「手紙……?」
「死ぬ前に手紙を書くから、それを渡してくれと言われていた。本当に死ぬ直前までそれを書いていたみたいだ」
死ぬ直前に俺宛の手紙を……。リックスさん、まるで死ぬときがわかってたみたいだ。
プリーストになると、なんとなく残された命ってものがわかるのかもしれない。
「どうして一年もたって、と思うかもしれないが、それも兄が言ったことでな。すまんな、ベイスくん」
「いえ……」
一年後に渡せって言った理由は何なんだろう。何か、嫌な予感がする。
「え…と、用件はこれだけですか?」
「ああ。わざわざすまなかった。帰りに兄の墓参りでもしていってくれ。きっと兄も喜ぶ」
「……はい」
この手紙は、まわりに誰もいないところで読みたかった。
なんだかとても大事なもので、他人に見せてはいけないものなような気がしたから。
リックスさんの墓の前で、俺は手紙を開けた。
『ベイスくんへ
今日のうちに死ぬだろう私から、君にどうしても伝えたいことがある。
許してくれとは言わないが謝らせてほしい。真実を伝えぬままに君を抱いてしまったことを。
真実を伝えて、君を傷つけたくなかったんだ。でももう時間がない。これが最期の言葉だ。
私が3年間君に隠し続けてきたことを、今伝えたいと思う。
3年前……
……え?
思考が止まる。手紙に書かれたたった一行の文章から目が離せない。
『3年前君の両親が死んだのは、私が殺したからだ』
大好きだった親父とおふくろの顔と、リックスさんの顔が重なる。
そしてそれが、血まみれの両親と、その前で返り血を浴びて笑っているリックスさんの姿に変わる―――
違う!! そんなはずないだろ。あんなに俺に優しかったあの人が、俺の両親を殺しただなんて。
そうだ、冗談に違いない。続きを読めばきっと、冗談だって書いてあるんだ。
『私は許されないことをした。これは消せない罪だ。
伝えないほうがいいことなのかもしれない。だが隠し続けて死ぬことは私にはできない。
私を恨んでくれてかまわない。いや、恨んでくれ。君はそうするべきだ。
君の最愛の両親を殺し、君自身をも3年間騙してきたのだからな。恨まれるのが当然だ。
最期に君に伝える言葉が、こんなものなのが心苦しいが……
これが、私が君に伝えるすべてだ。
リックス=アルベール』
……本当に、本当に、そうなのか。俺の両親を殺したのは……
なんで殺した? 何も悪いことなんてしてないだろうあの優しい親父とおふくろを。
それに、リックスさん――いや、リックス。あんたは俺を罪滅ぼしで抱いたのか?
俺を好きだって言ってくれたのは嘘だったのかよ。俺はそれを信じて生きてきたのに。
親父とおふくろを殺して、俺を騙して……あんたは何なんだよ!?
恨んでくれ、だって? ああ、恨んでやろうじゃないか。
だけどな。この恨みをどこにぶつけりゃいいんだ、俺は?
教えろよリックス。なぁ、恨まれたいんだろ、あんたは。教えろよ!!
「ちくしょおおぉぉぉ!!」
思い切り墓石を蹴飛ばす。衝撃を喰らった足よりも、胸が、頭が痛い。
剣を抜き、手紙を切り裂いた。白い紙が風に舞い散る。
散ってしまえ。あいつとの思い出も、何もかも。