今を盛りとばかりに咲き誇る真紅の薔薇の群れ。
その中でも一際大きな花を一輪手折り、そっと口付ける。すると、烈が手にした薔薇は、時間の流れが一気に押し寄せたかのように、急速にその鮮やかさを失い、乾物のようになった花弁を地に落とした。
「…ふぅ。失敗したな、まさか豪に気付かれるほど弱ってたなんて…」
鮮やかに咲き誇る花の命を身に移したかのように、人形のように真っ白だった肌にほんのりと血の気が戻った。
「大輪の薔薇も美しいけど、やっぱり君の美しさには及ばないね」
突然掛けられた声に振り向くと、そこには一人の異人が立っていた。黒い西洋の服を身につけ、褐色の肌をした翠の瞳の青年。
「…ジェイくん」
「久しぶり、烈くん。本当にこんな極東の国に暮らしていたんだね」
ジェイと呼ばれた者は、姿こそ人間の青年くらいの体躯をしていたが、その見事な金髪の隙間から伸びる角のような物が、人間ではないことを物語っている。どうやら、烈の顔見知りらしい。
「久しぶりに城に上がったら、君が居なくて。君が城を出たと聞いたこと事体には驚かなかったけど、この場所を使い魔たちに聞いた時は、さすがに驚いたよ」
「…ここは僕の生まれた国だから、体質に合うんだよ」
「…そのわりには、酷い顔色してるね。ずいぶん、餓えてるみたいだけど、ちゃんと精気を吸ってるの?」
そう、烈は本当は人間ではないのだ。
人間の生きて行くためのエネルギー、『精気』を吸って生きる魔物。
その中でも性的な力を好ましく摂取する『淫魔』と呼ばれる者。
かつては闇に属する人外の王に気に入られ、王からの性交だけを受けていたが、元々烈はその行為自体が好きではなかった為、隙を見て城から抜け出してしまったのだ。
「吸ってるでしょ、今」
「…僕が言ってるのは、花じゃなくて人間の精気だけど」
「…ここ半月ほどは吸ってない…かな?」
「…やっぱり」
人間に例えれば、半月もの間絶食していた事になる。それでは、如何な魔物とはいえ、弱って当然だろう。
城に戻れば王侯貴族から引く手数多な身なのに、何故戻らないのかと、何度も帰城を促す魔物達が来訪しては問い掛けた。
けれど、烈の答えはいつも同じ。…あそこは好きじゃない。
全身を舐めるような不快な視線しか感じないあの場所は、決して心が休まらないから。
「僕でよければ、お相手しようか?」
ジェイは、烈が抱かれた者の中では比較的体質に合っていた為、何度も床を共にしている。もしかしたら、主である王よりも頻繁だったかもしれない。
それが王の気に障ったらしく、貴族であるにも拘わらず、ジェイは城の常務から外されてしまった。
けれども、やっぱり違うのだ。今まで烈の体質に完全に合った者は無く、唯一合っているのは真紅の薔薇だけ。
「遠慮しておくよ。あんまり好きじゃないんだ、あれ」
「淫魔のくせに性交が好きじゃないなんて、君くらいのものだよ」