烈が目覚めた時、自分達の布団に豪が自分を抱き締めたまま眠っていた。
そっと、自分の手足を動かしてみると、体中に活力が満ちている。
もう、自分は他の誰かを相手にすることはできないだろう。たとえどんなに餓えていたとしても。
けれど、と烈は思った。
豪は自分とは違う。人間なのだ。もしもこのまま豪だけを相手にしていたら、人間である豪の『精気』が減退し、その寿命すら削っていくだろう。
それだけは、嫌だった。元気の無い豪なんて、豪ではない。
長年見守って来た『兄』としての感情だけではないことに、気がついてしまったから。豪に「好きだ」と言われて、心底嬉しかった。
尚更、このままこの家にはいられない。
振り切るようにしてそっと起き上がると、身支度を整え、土間に下りた。
「…何処行く気だよ」
その声に振り返ると、いつの間に目を覚ましたのか、布団の上に座り込んだ豪が、自分を凝視つけていた。
その瞳に弱かった烈は、最後だからと真実を伝え始めた。
「俺は…お前の本当の兄貴じゃない。…人間ですらないんだ」
「うん。何となく知ってた」
「ええっ!?」
驚く烈に、豪は彼らしい笑みを浮かべ語った。
「夢かと思ってたけど、俺が烈兄貴を始めて見た時、今よりもう少し成長してる感じだっただろ?
それに時々薔薇枯らしてたの見たし。花を餌にしてる妖怪もいるってじいさんたちの昔話に聞いたことあったしさ。
父ちゃんと母ちゃんの顔は覚えてないけど、そん時の烈兄貴のことは覚えてたんだよなぁ。すっごく恐かったのに、烈兄貴を見たら全然恐くなくなって安心しちまってさ」
「…覚えてたのか…」
あの時、豪はまだ二歳くらいだったはず。
「なっ、これで全部バレたし、もう問題なしだぜっ」
嬉しそうに笑う豪に、烈は焦って言葉を続ける。
「で、でもっ、『精気』を吸い取られると動けないほど疲れるんだぞ? いつも元気に走り回ってるのが好きなくせに、そんなの嫌だろ?」
「別に、何ともないけど?」
ケロッとした顔をする豪に、烈は驚いた。確かに顔色も悪くないし、脱力感を感じているようにも見えない。
「んじゃ、俺達よっぽど体の相性がいいんだなっ♪」
露骨な言い草に、ボッと烈の顔から火が出る勢いで朱色が拡がる。
「へへ、烈兄貴、すっげ〜可愛いっ♪」
「ば、馬鹿っ! 調子に乗るなっ!」
豪は真紅に染まる顔を逸らそうとする烈を、そのまま抱き締める。
「俺のものだよな」
と笑う豪に、そんなわけあるかと烈が反論した。
「大体、魔物と人間じゃ寿命が違うんだ。お前が死んだら他の人間の『精気』を吸収するしかないのに、何が『俺のもの』だよ」
「誰が一人にするなんて言ったんだよ。一緒に連れてくぜ? 烈兄貴が他の奴に抱かれるなんて、ぜってーヤダからなっ」
「なっ!?」
絶句する烈に、豪は名案を思いついたように言った。
「それとも、俺も淫魔になるかな〜」
「駄目に決まってるだろっ!」
その理由は明確である。
「何だよ、烈兄貴だって俺と同じじゃん。他の奴を相手にしてほしくないんだろ?」
ますます顔を染める烈に、豪は優しく瞳を細めた。
「好きだぜ、烈兄貴」
「…馬鹿」
泣きそうな顔で呟く烈の言葉は、烈の返事(こころ)そのものだ。