暗い夜の下、クルーヌの死体を焼却した。
黒い焔の魔法が、美しい体を跡形もなく消していった。
彼女がいなくなれば、おそらく自分が宮廷魔術師の長になるはずだ。
長い時間をかけて、信頼を築いてきたのだから。
暗黒の世界の者しか知らない裂け目の場所に行く。
そこをはなれてほんの20年なのに、何百年のように感じられた。
神殿に行く前に、黒いローブに着がえた。
白いローブを着たままなら、陰険なハウゼンやイグデュールが何を言ってくるかわからない。
しかし、ハウゼンはいなかった。
「ハウゼンは私を裏切った…」
神官が殺意に満ちた目で静かに言った。
「ある日、突然いなくなっていた…。探し出して始末しようと思ったが、どこに隠れているのか見つからない…」
声音に憎しみがこもる。
ハウゼンが裏切ったのは、暗黒神官に勝つことができるという自信がある証拠だ。
また面倒なことになりそうだ。
「それはそうと、聖騎士団に、聖剣が使えるのなら早く決着をつけるためにも、
直接こちらに来て私を倒すように、提案してみてくれないか。」
今度は悦楽の浮かんだ瞳で、神官がそう言った。
「しかし、それを提案しても、多分切り札の聖剣使いは来ないでしょう。団長が十分にこちらを偵察してから来るでしょう。
あの人は責任感が強いから自分がまず行くと言うでしょうね。
あんなに慕われている団長が死ねば、聖騎士団も、一刻も早く決着をつけたくもなるでしょうが」
怒りは冷静さを失わせる。
きっと団長が倒されたとなると、聖騎士団の雰囲気が、決着を急がせる。
フィルシスなら、信頼を置いている自分が少し言えば、平和の訪れを早めるために、絶対にこちらの世界に行くと言うだろう。
「そうか、まあいい、そろそろあの男は始末しなければ。魔法で自然に殺せないか?」
暗黒の魔法は、精神を、肉体を操るもの。
一瞬で命を奪うこともできるし、徐々に死に向かわせることもできる。
病気に見せて殺すことも、徐々に肉体を腐らせることもできる。
「向こうの人間もそれ程無能ではないですよ。たった一人、いきなり病死されては、何かおかしいと気づくでしょう」
それに病死よりも、殺されたという戦死の方が、士気は上がる。
「そうか…ではそろそろイグデュールに行ってもらおう…まだ今の代の騎士団は、幻術を味わってないからな。
幻術に混乱していれば、さすがの聖騎士団長も、いつも通りとはいかない」
そう暗黒神官が言った時、ラークが口をはさんだ。
「ちょっと待ってくれ、そいつは先代団長を殺したんだ、俺に仇をうたせてくれよ」
暗黒神官は少し考えこんだが、すまなさそうに答えた。
「…悪いがそれはあきらめてくれないか。
こっちだって、暗黒神様が復活した時、一気に向こうを襲うために、優秀な戦力は残しておきたい、わかるだろう?
幻術は後方から使うものだからいいが、お前が一対一で戦って、例え勝てたとしても、無傷で済むことはありえない」
「神官様…一つ、頼みがあるのですが…」
話の済んだ神官に切り出した。
「何だ?」
「もしも、聖剣使いを捕らえることができた暁には、例え1年でもいい、私に預けて頂けませんか。
何なら、私への報酬はそれだけでも構いません」
「何故だ?」
不思議そうに神官が尋ねた。
こちらの世界の信頼も失うわけにはいかない、慎重に答えた。
「聖剣使いは私のことを信じきっています。
最後まで信じきらせて、それが崩れる瞬間の、絶望する顔を見たく思います」
真意を悟られないように、暗黒神官と同じように、残酷な微笑みでそう言った。
「お前も本当に、ひどい男だな」
神官が楽しそうに、低く笑った。
「悪徳は暗黒神様の教義です。
それに、簡単に暗黒神様が復活するよりも、余興がある方が楽しめることでしょう。
まずは最後の頼みの聖剣使いが捕らえられたと、向こうの人間全てに知らしめて、彼らの見ている前で聖剣使いを殺しましょう」
「いいだろう!」
そう言うと、怪訝そうだった神官の表情も、悦楽の微笑みに変わった。
「もうすぐだ…もうすぐ暗黒神様はお目覚めになる…!」
暗黒神官の歓喜の笑いが部屋に響いた。

神殿の中庭で一人、昼でも薄暗い空を眺めていると、知らないうちにため息が出た。
それを、ついてきていたラークが聞いた。
「どうしたんだよ、ため息なんかついて」
隣に来て、庭園の柵に寄りかかる。
ラークなら何と言うだろうか。
「本当は好きなんだ…聖剣使いが」
「…お前」
ラークが少し吹き出して、言葉につまった。
「本当か…?」
疑って当然だ、今までどんな女も適当に利用しては捨てていったのだから。
「笑うことないだろう、冗談ならもっとましな冗談にする」
「そんなにそいつが好きか。」
「そうだ」
ラークには分からない。
自分がどんなにラークの事を想っていても、自分にとってはラークだけでも、彼には自分以外にも部下や多くの友達がいて、ラークにとって自分は自分だけではなかったんだ。
だが、フィルシスは、幼い頃から自分だけがずっと一緒にいた。
団長も他の友人も知らないフィルシスの事を知っているのは、自分だけだ。
「…恋か…それは困ったもんだな」
少し真剣な口調でラークが呟いた。
「向こうの世界で、駆け落ちしようとか、思わなかったのか?」
「それはない…演技の自分を好きになってもらえるより、本当の自分を嫌いになってもらう方がましだ…」
このまま優しさだけを見せるなんて耐えられない。
本当の自分も好きになってもらえたら、それはそれでいいけれど。
フィルシスは善いことが好きだろうが、自分はそうではない。
「泣いて悲しんで、私のことしか考えられなくなるのでも、
恨んで憎んで、私のことしか考えられなくなるのでも、どちらでもいい…」
「何だそれは…。まあ、形はどうあれ、お前にしては珍しいな。そうか、聖剣使いは女の騎士なのか…」
ラークが、苦笑しながらも嬉しそうに呟いた。
「いや、男だ」
「え…?…ああ…そうなのか…」
ラークはとても何か言いたそうだったが、言及せずに話を続けた。
「…で、そいつの何が好きなんだ?」
「何がって、聞かれても…。ただ、純粋だからかもしれない」
いつでも無邪気に笑う。
誰かのために動く。
例えどんな悪を見て、どれ程自分が傷ついても。
周りを照らし続ける光のように。
「でも、お前のしようとしていることは、それを傷つけることになるんじゃないか?」
「そうだ…。大切にしたいさ、本当に。愛してる。…だが時々、一緒にいるのが辛くなって汚したくなるんだ、きれいすぎて」
本当に大切だ。
だが、きれいな心を傷つけて、自分のせいで憎悪で汚したくなる時がある。
フィルシスなら、人の心を照らし出せる。
恋人の苦悩を、誰かの悲しみを、怒りを、輝きで照らして溶かしてあげられる。
そんな風に誰かを優しく愛する。
自分は違う。
そのようなきれいさを、触れないでいたいと思いながらも、この手で汚してみたくなる。
完璧なものに、美しいものに、醜くつけられた傷跡は、忘れられないものになるから。
そんな傷跡を見て、傷をつけた自分のことだけを、いつまでも思い出していて欲しい。
「お前はやっと誰かを好きになったらなったで、無茶苦茶だな」
ラークが苦笑して、呟いた。
そうじゃない、ラークのことも好きだよ…
部下の暗黒騎士達に囲まれて、信頼されて屈託なく笑う。
そんなに部下がたくさんいるのに、私を一番頼ってくれた、そんな君が。
一人遠くから、部下や他の友達と笑う君を見る度に、その笑顔を自分だけのものにしたいと、何度も思った。
だから、向こうの世界に行って良かった。ラークを傷つける前に、離れて良かった。
「でも、じゃあやっぱり、こっちに連れて来るんだな」
そう、フィルシスを一人にすれば、ためらいなく…
あんなに部下に慕われて、先行き明るいラークに、自分の欲望を見せられなかったのは、きっと最後の良心。
「ああ。向こうでは、ただ触れるだけでも一苦労だからな。死ぬ前に、抱けるならそれでいい」
本当は、それで終わらせるつもりはなかった。
ラークにも全てが終わるまで、決して教えないけれど。
いくら暗黒神官でも、聖剣を使うフィルシスと戦いながら、自分が隠れて魔法を使えば、それを避けるのは難しいはずだ。
どんな卑怯な手を使ってでも、何もかもを裏切ってでも、暗黒神官を殺す。
今までは、こんなに大切だと思えるものがなかったから、ただなんとなく彼に従っていたけれど、もう今は違うから…

そう、暗黒神官さえいなくなれば良かったんだ、簡単な事だったんだ……
その後は、あんなに嫌いだった魔法で、本当に欲しいものを手に入れられる。
幻獣と組み合わせる、誰にもできるわけではない魔法で。
暗黒魔法は先天的な才能が必要だった。
こんなにも自分が最高位の魔術師で良かったと思ったことはない。
幻獣は、契約者が死んで契りの束縛が消えない限り、年を取ることはなく、寿命もないから。
それに…そうすれば自分を殺した瞬間に、フィルシスも死ぬことになる。
生きていくために、自分の血が必要になる。
どんなに恨んでも、自分がいなければ、生きていけない体になる。
だが、この世界で自害しようものなら、暗黒神は蘇る。
それでも皮肉なことに、フィルシスの大切な一番の願いは、自分がいなかったとすれば、叶えられないのだ。
ずっと一緒にいられる…
フィルシスの心が、哀しみと憎しみで埋まる事になっても、それが自分だけに向けられる気持ちなら、それでいい。

再びレンドラントに戻った朝、案の定すぐに団長室に呼ばれた。
「帰った所、悪いが…凶報だ…」
「一体何が…」
何が起こったか知っているが、不安そうな声で返事をした。
「クルーヌが行方不明になった…」
この国を出たのは大体2週間程前だ。
彼女を殺したのはその夜だ、もう2週間も彼女はいないことになる。
「…!」
もちろん自分がやったのだが、わざと驚く。
「本当に、全く行方がわからないんだ…何か重大なことに気づいたのか…私に相談もせずに…」
悔しそうに、悲しそうにする団長を前に、あまり冷静でいるべきではないと思った。
「彼女は…責任感がある…行動力もあった…」
沈黙が降りる。
「…少し、一人にしてもらえませんか…」
少し俯いて、静かに言った。
ただ合理的にみせるためだけの演技。
「ああ…」
低く呟く団長の返事を後に、そっと部屋を後にする。
テラスの側を通ると、窓の外が視界に入る。
差し込む明るい光が、広い大地が、果てしない空が続いている。
そんなものはいらなかった。
世界を支配しても、本当に欲しいものは手に入らない。
「シャーレン…おかえり…」
後ろから、聖剣使いの声がした。
これから、騎士訓練場に行くようだ。
「フィルシス…」
哀しそうな顔をしていた。
理由はわかりきっている。
戦争で、全く面識のない者の死まで悲しむような人間だ。
無言で寄り添ってきた。
「……」
自分も悲しそうな素振りを見せて、他の全てを踏み躙って、手に入れたいものを、腕に抱いた。
頭をなでてやると、フィルシスはしがみついてきた。
真実を伝えたら、どんな顔をするだろう?
その時こそは、憎しみに染まるだろうか。
その剣を、自分に向けて、貫くだろうか。
それもまた、良いかもしれない。
こんな、純粋な心の持ち主が、自分の大切な人をその手で殺したことを、永久に忘れることなどないから。
どんな時もその罪の意識に苛まれるだろう。
いつでも思い出すんだ、自分を。
「おはよう、フィルシス」
自分にしがみつくフィルシスと、彼を抱いてなでる自分を、部屋から出てきた団長が見ていた。
微笑した団長に気付いたフィルシスが、甘えている所を見られたと知って、恥ずかしそうに体を離した。
「おはようございます…団長…」
騎士訓練の時間はとっくに始まっている。
気まずそうにフィルシスが挨拶した。
「今日だけは特別に、レヴィンに叱られないように、一緒に訓練場に行ってやろう」
「はい、ありがとうございます…」
フィルシスが、恥ずかしそうに返事した。
「ああ、そうだ、シャーレン…」
「何でしょう?」
「今度は君が、宮廷魔術師長に就いてくれないか」
「私がですか…?」
思った通りだ、これで随分事が進めやすくなる。
笑顔になりそうな所を、控えめに驚いて返事した。
「シャーレン…おめでとう…!」
団長が側にいることを忘れて、またフィルシスが抱きついてきたので、頭をなでてやった。
そんなフィルシスを微笑して見ながら、団長が続けた。
「後で皆にも知らせよう」
その声で、フィルシスがまた恥ずかしそうに自分から離れた。
「そろそろ、行こう、フィルシス。あまり遅れると、私まで怒られるからな」
「はい」
二人で歩いて行く、聖騎士達の後姿を見送った。
近い未来に、二度と見ることがなくなるであろう姿を。
自分では気づかないうちに、いつの間にか自分はフィルシスだけでなく、この国を少し気にいっていたのかもしれない。
もしも、最初からこの世界に生まれていたら…。
「……」
少しだけそう考えてみたが、仮想なんて無駄なものだと、自分らしくない考えに自嘲した。
それでも、中にはクルーヌが失踪した理由は自分にあるのではないかと、疑う者もいた。
それはクルーヌに片思いをしている者達に多かった。
彼女は明らかに自分に好意を抱いていたし、出かけた時を目撃した者もいるのだから。
だが、彼女の死体は見つかる事はない。死に場所さえもわからない。
それでも詳しく調べようとする者は、秘密裏に暗黒の魔術で病気にした。
体が徐々に弱まって、調査する事ができなくなり、そのまま死に至るように。

そのような事もあったが1年程経つと、暗黒神官の言葉は実行に移された。
この代の聖騎士団は幻術を知らない。
郊外だけで、中心部までの侵入を食い止めることはできたが、
初めて味わう四天王の幻術に、聖騎士団は非常に混乱した。
戦場では、聖騎士達の、後援に当たる宮廷魔術師達や僧侶達も、今までと桁違いの幻術を、防ぎきることはできなかった。
同じ四天王の自分ならできたが、もちろん手を抜いて、適度に傷を負った。
聖騎士達の中には、何を見たか知らないが、あまりに真に迫った幻覚に、正気を失った者もいた。
そんな中、暗黒騎士の副団長が、鮮烈な幻術に動揺した聖騎士団長を襲ったようだ。
だが、やはり名高い聖騎士団長は、最後の力で相打ちに終わらせたようだ。
団長を含む、前線で戦った聖騎士達は、ほとんどが死に、生き残った者も正気を失ってしまっていた。
幻術の射程範囲は、前線だけであった。
フィルシスは聖剣を使えると言えど、まだ実戦経験は少なく、それに失うわけにはいかないため、それを考慮した団長が後方に行かせていた。
聖騎士の団長も副団長も重傷の場合、指揮権は宮廷魔術師長の自分に移る。
「まだ、幻術師が潜んでいるかもしれない、まず私が行こう。他の者は生き残った者達の救助を」
団長の死を確認しなければならない。
もしもまだ、生きていれば、この手でとどめをささなければならない。
それを、見られるわけにはいかない。
フィルシス達、若い聖騎士は、すぐにまだ息のある犠牲者の救助に入った。
各々の任務に散っていく生き残った聖騎士達を後に、戦場の中心部に向かった。
やはり一人では危ないからと、何人かの聖騎士達と、傷を負っていた団長に治癒の術を施そうとした僧侶達はついてきたが、
そこで無理に止めるのもまた怪しまれるかもしれないため、そのまま進んだ。
緋色の夕暮れの空、血の匂いと魔法の残光の中、地に転がったままの聖騎士と暗黒騎士の躯の山の中を、用心しながら歩いていく。
聖騎士団長はまだ生きていた。
だが、地面を汚す血の海が、きっと助からないであろうことを物語っていた。
いくら僧侶が治癒の術を使えるとは言え、所詮人間の力には限度がある。
「……団長!」
ついてきた数人の騎士達が、致命傷を負い、地に倒れたままの聖騎士団長に近づく。
団長が最後の力で上半身を起き上がらせ、振り向いた。
表情は張り詰めていた。声を振り絞るのがわかった。
「対峙した時…あの幻術師が…言っていた…シャーレン…君は…」
自分と同じ四天王で、暗黒の魔術師だと。
掠れる声が静かに響いた。
きっとこの人は、幻術よりも、何よりも、その言葉に一番動揺しただろう。
「何を…団長…」
聖騎士達の表情が止まった。
いつか来るとわかっていた瞬間が来ただけだ。
信頼が崩れ落ちていく瞬間、築き上げてきた絆を踏み潰す瞬間、そんな人の心の儚さが美しいとさえ思えた。
これから死んでいく者に、もう隠すことはない。
「…見せてあげましょうか?」
今まで見せたことのない程冷たく微笑んで、あまりの動揺に動きの止まった聖騎士や僧侶達に向けて、すぐに死の呪文を唱えた。
「……!」
ついてきていた聖騎士が地に伏せて動かなくなった。
周りに倒れていた何人かの、生きているが幻術で正気を失った聖騎士達が死んでいく。
傷を負っていたが、まだ息のある暗黒騎士達が一瞬で死んでいく。
屍の山の中、気味の悪い風が通り抜けた。
「シャーレン…お前は…!」
団長が驚いてこちらを見上げた。
その目からは涙がこぼれていた。
「まだ四天王になる前、随分昔に聖騎士と戦った時は、彼らの肉体を操って同士討ちさせたものですよ」
未だに信じられないという様な表情に向けて、真実を語りかけた。
「でも操ったのは肉体だけで、精神は正常なままだった。泣きながら、仲間を殺していましたよ」
冷たく微笑んでそう言うと、聖騎士団長の表情は悲しみから怒りに変わっていった。
聖騎士は暗黒の魔法を忌み嫌う。
本来創造神だけが行なう領域である、生命の操作を行なう背徳の魔法だから。
「今、彼らで見せて差し上げれば良かったですね」
今度は、初めて会った時に見せた、今までずっと見せてきた、優しい微笑で言った。
「それとも、ネクロマンシーの呪文でもお見せしましょうか。彼らの死体と戦ってみますか?」
死にゆく聖騎士が地に伏したまま怒りで、こちらを鋭く睨み続ける。
親愛が一瞬で憎悪に変わる。
だがその表情がやがて哀しそうな表情に変わった。
「君は…あんなに…あんなに…」
言葉は続かない。
離れた距離の間に、思い出だけが駆け巡る。
「…私はもうできないが…いつか神が…君に罰を下す…」
最後の力を振り絞った団長に、それでもどこかで思い出を振り切れないでいる、涙を流す瞳で見据えられた。
「必ず…必ずだ…!」
敬虔な信者のその宣告も、虚しく響いた。
これ以上、何が罰になるというのだろう、こんな運命を用意して。
「ふふっ…」
笑うしかなかった。
肩を震わせて小さく嘲笑う自分を、ただ聖騎士が驚いた目で見た。
「最初から、闇に生まれたこの私が、これ以上どこに堕とされると仰るのか」
これからも神に背き続ける。
どちらの神にも。
創造神の認めた高潔な人間を奪って、彼を愛するために暗黒神を裏切って。
「心配しなくても私はずっと、フィルシスと一緒にいますよ、これからもずっと………」
「なに……!」
団長は、言葉を出す力も尽きて、怒りと悲しみで、涙で霞む目で、ただこちらを見ていた。
自分が一瞬だけ哀しみの表情を見せても、恐らく逆光で見えなかっただろう。
太陽が沈んだ瞬間と同時に、聖騎士団長は二度と動かなくなった。


数日後、聖騎士も暗黒騎士も両方、死んでいった者達の葬儀が行なわれた。
鎮魂歌の合唱の中、あちこちですすり泣く声が聞こえた。
昼間、葬儀中では涙を堪え、他の騎士達や恋人を慰めていたフィルシスは、夜には一人で、団長の墓の前にたたずんでいた。
「風邪をひくよ」
「シャーレン…」
こちらにそっと寄り添ってきた彼を抱きよせて、ただなでた。
冷えきっている体を温めるように。
「未来のこと、考えたら恐くなる…戦争で、みんな死んでしまうから…」
しばらくなでているとフィルシスが、落とすようにぽつりと呟いた。
「みんな…団長は…一緒にこの世界を救おうって…言ってた…」
呟く声が、泣き声に変わる。
「シャーレンも、いつか…いつか…」
その先を言い切れずに、言葉が消えていった。
腕の中で、こちらにしがみつくフィルシスの、すすり泣く声だけが聞こえる。
「行かないよ」
強く抱きしめて、頭をなでたまま、ささやいた。
泣いている顔を上げてこちらを見つめるフィルシスの瞳に、優しく微笑みかけた。
「シャーレン…」
墓の前で、今も団長は見ているだろうか。
ただ、他の全てが嘘でも、この気持ちだけは本当なこと、伝えたい。
「行かないから、絶対に…」
待ってて、もうすぐ離れられないようにしてあげる……



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