その夜もルシュヴンは、餓えと渇きに満ちた、孤独な眠りを迎えようとしていた。
だが、彼は不意に閉じていた目を開けた。
ダークエルフの気配を。
同時に、人間の街をダークエルフがふらついているなんてありえない、とも思った。
その精気に餓えすぎていて、感覚が狂っているのに違いない。
だが、確かにダークエルフの血の匂いがする。
彼は、逆十字が彫られた蓋を開けると、漆黒の柩から身を起こした。
残された僅かな力を振り絞って、窓から夜の空に飛び立つ。
黒々と広がる森の上を駆けていると、絹のリボンで一つに束ねられたブロンドの髪が、優雅に夜風になびいた。

輝く満月が、地上の人影を照らし出す。
吸血鬼の深紅の瞳が、森の入り口と街の出口が繋がる場所に、確かに獲物を捉えた。
エルフ族特有の端整な容貌、人間とは違う尖った耳、銀の髪、そして…青灰色の肌。
本物のダークエルフ…
「………」
だが、そのダークエルフは男だった。
確かにエルフ族達は、当たり外れのある人間とは違い、男でも女でも全ての固体が美しい。
それでも、男の血を吸うなんて、今まで美女の血しか吸っていない自分には、とても考えられない。
「……」
だが、僅かに残された気力を振り絞ってここまで来たのだ。
ここで精気を得なければ、この場で動けないまま朝が来て、太陽の光に当たってしまう。
好みを選んでいる場合ではなかった。
ルシュヴンはダークエルフの首筋に狙いを定ると、地に降下した。
だが、羽織っていた黒いマントが闇夜に翻った時、同じくダークエルフの着ている黒コートも揺れた。
「ち……っ!」
普通の人間とは違い、ダークエルフはさすがに手強い。
そのまま噛み付こうとしたが、避けられてしまった。
「何だ貴様は」
ダークエルフは、軽やかに地に着地したルシュヴンに、邪悪な笑顔を向けた。
「お前には関係ない」
ルシュヴンも同じように、血のような色の唇に不適な笑みを浮かべる。
「ふぅん、貴様、ヴァンパイアだな。俺の血でも吸いたいのか?見た所、お前は少々弱っているようだな」
ダークエルフは普通の人間よりも、魔力を感知しやすい。
自分の魔力はそれ程残っていない事を、すぐに気づかれてしまった。
だからといってルシュヴンは、そこで弱気にはならなかった。
「僕はお前とおしゃべりに来た訳じゃない。その血をもらう」
微笑したまま、威嚇するようにルシュヴンは三白眼の瞳で睨んだ。
足を一歩前に踏み出して、もう一度首筋を狙う。
「ふん、俺は無意味な戦いはあまり好きではないんだ。俺のしもべになるなら、好きな時に血を与える事を考えてやってもいいぞ」
ダークエルフの方も、コートの裏からナイフを取り出した。
月の光を受けて、銀に輝く。
「……」
それを見てルシュヴンは僅かに眉をひそめた。
邪悪な屍鬼の種族にとって銀は、太陽光の次に注意しなければならないものだ。
太陽の光を浴びた時のように灰になる事はないが、それでも銀で傷つけられるとその痕は永遠に残るか、とてつもなく治癒が遅くなるだろう。
それにそんなものを持っているこの男は、相当慣れている事が伺える。
「俺の事はシクロ様とでも呼べ。お前は名乗る必要はない、下僕に名前なんて必要ないからな」
不敵な笑みを浮かべたまま、シクロも足を一歩前に踏み出した。
「貴様の指図など受けない」
吸血鬼である以前に、貴族であったルシュヴンにとって、ダークエルフのその言葉は許されざるものであった。
「なら力づくで奪ってみせな」
シクロはそう呟くと、突然ルシュヴンの目の前から消えた。
おそらくその動きは人間なら見切れなかっただろうが、魔物の赤い瞳なら、見切ることができた。
シクロが手に持っていた銀のナイフを、ルシュヴンは素早くかわした。
標的をはずした背後の木に突き刺さる。
だが、ルシュヴンが一瞬バランスを崩してしまった拍子に、シクロは彼をそのまま押し倒した。
仰向けに倒れたルシュヴンの上に、シクロがそのまま跨る。
「そんなに俺の血が欲しいか、物好きなヴァンパイア。俺を満たしてみせたなら、分けてやっても構わないぞ」
青灰色の手で、青白い肌の吸血鬼の顎をつかむ。
「く………っ」
ルシュヴンは無言でその手首をつかみ、ダークエルフの整った指を咬んだ。
「俺を満たすまで、お預けだと言ってるだろう」
指に刺さったままの鋭い牙で、傷つく事も構わずに、シクロはすぐに咬まれた指を引き抜いた。
だがルシュヴンは、傷口から洩れだすダークエルフの血を、ほんの僅かだけでも舐める事ができた。
人間よりも遥かに高い魔力を持つダークエルフの精気は、一口だけでもすぐに力が溢れるのを感じる。
「黙れ、おとなしく僕にその血を捧げれば良い」
押し倒されたままの体勢だったルシュヴンは素早く起き上がり、自分の上にのしかかっているシクロの首を右手でつかんだ。
不意をつかれて、シクロは軽く呻いた。
「このまま絞め殺してやってもいいんだ、死体からでも血は吸える」
シクロの首にかけた手に力をこめる。
だが、彼の口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。
「…お前が相手にしているのは、ダークエルフだぞ」
苦しげにしながらもそう言って、彼はルシュヴンの背後の大木に突き刺さっているナイフを見た。
「エルフが魔法を使うのに、人間のように呪文の詠唱など必要ない…」
「普通の人間は、な。そのくらい僕も同じだ。だが、こんな至近距離で魔法を使えば、お互いにただでは済まない。
それに吸血鬼を完全に消滅させる事ができるのは、神聖魔法のみだと知っているだろう?
ダークエルフの貴様に、それが使えるのか?」
「そう慌てるな。何もお前に魔法を使うとは言っていない。さっきお前に向かって投げた銀のナイフが、丁度お前の背後にある。
風を操りさえすれば、一瞬でお前を突き刺すことだってできるんだ。銀はお前が苦手なものだろう?」
シクロは右手で自分の首にかけられている手首をつかみ、左手は前方に見えるナイフに向けた。
「…その前に、精気を吸い尽くしてやる」
ルシュヴンの形良い唇から、白い牙が月の光を受けて輝く。
「ふふ……お前は楽しませてくれそうだな」
首をつかんでいるルシュヴンの腕を強く握り、弾いた。
「ぐ…っ!」
そのまま、ルシュヴンの両腕を素早く押さえ込んだ。
「ヴァンパイアが何故、俺の血を狙っているのか知らんが、俺も貴様には分からんだろうが、快感を求めてる」
そう言いながらルシュヴンの下着を少し脱がせる。同時に自分も服を少し下ろす。
「な……っ!」
お互いに股間を顕わにする事になって、ルシュヴンは思わず叫んだ。
「俺を満足させたら、血をくれてやる。させられなかったら、分かるな?」
犯す気かとルシュヴンは思った。
遠い昔の傷跡を思い出して、抜けていた力をもう一度こめて抵抗した。
だが、シクロは後孔にルシュヴンの性器をあてがった。
「…僕は男を抱く趣味なんかない」
ルシュヴンは自分から男に抱かれようとするダークエルフを訝しげに見た。
理解できない…
陵辱されるのも嫌だが、男を抱くのも気分が悪すぎる。
「なら、逆でもいいぞ。初物を調教するならもっと時間をかけたいから、今は俺を使わせてやっているだけだからな。
それとも、自分のテクに自身がないのか?」
不敵に笑うシクロに、吸血鬼貴族としての矜持を傷つけられたルシュヴンは、少し苛立った。
残り僅かな今のままの体力では、とても性交をする気にはなれなかったが、侮辱されて引き下がるのはもっと嫌だ。
見た目よりも細いシクロの腰を荒っぽくつかんで、慣らしもしていないそのきつい後孔を突いた。
「フ……っ」
中が切れたのか、血が流れ出す。
夜の空気に広がるその匂いが、甘く誘っていく。
体の上で低く笑っているシクロを睨みながら、ルシュヴンはさらに奥へ無理矢理ねじこんだ。
余程慣れているのか、後孔が適度に締め付けてくる。
それは思っていたよりも、快感だった。
唇を噛み締めて、声をあげてしまわないようにする必要さえあった。
「もっと腰を使え、この下手くそが」
シクロの嘲笑が響く。
だが、その声がどこか遠くに離れていくような気がした。
万全の状態なら、シクロと渡り合えたかもしれない。
だが、例え相手が男でも、久しぶりの性交の快感に、ルシュヴンは理性が飛びかけていた。
「く……っ」
流れ出した血のおかげで、徐々に滑りがよくなっていく。
目を閉じていれば、女と変わらないような気さえする。
今まで処女達を何人もよがらせてきたのに、男に、しかも騎乗位で翻弄されるなんて。
悔しいが、このままでは本当に、男に絶頂まで追い込まれてしまいそうだ。
シクロの腰に回している手で、無意識の内に彼の黒いコートを握り締めていた。
「さっきの威勢はどうした?何も言い返せない程、俺の中は気持ち良いか?」
再び聞こえるシクロの嘲笑と共に、今度はからかっているのか何なのか、頭までなでられる。
だが長い間、棺の中で眠り、何も感じずに過ごしてきたルシュヴンには、その快感は刺激を与えすぎた。
幾度もの夜を孤独に埋もれていた彼には、シクロの体温は熱すぎた…
ルシュヴンはいきなりシクロの腰から、背に手を回して、腕の中にぐいっと引き寄せた。
「何……!」
突然抱き寄せられて、シクロは思わずルシュヴンを見た。
月の光を受けた血のような瞳が、燦然と輝いている。
男女の性別を問わず、見た者を誘惑して堕としていく吸血鬼の美貌。
妖しく笑う口元に、二本の純白の牙が覗いていた。
「もう待てない」
半ば快感に朦朧としながら、そっとシクロの耳元で囁く。
その声は、最初の切羽詰った様子とは違って、余裕があり、妖艶な響きを含んでいた。
「堪え性のないやつ…後で仕置きが必要だ……」
ルシュヴンの声に少しぞくりとしてシクロは、後ろで括られている金髪を引っ張って、引き離そうとした。
だがルシュヴンは構わずに本能のままに、素早くダークエルフの肩に顎を乗せた。
「おい……」
シクロの抑止も聞かず、首にかかっていた銀の髪をそっとかきあげ、肌を晒す。
首筋に紅い唇を這わせたかと思うと、純白の牙をその肌に突き立てた。
「あ…っく………!」
思わず漏らしてしまった喘ぎ。
吸血鬼の牙がもたらす快感は噂には聞いていたが、想像以上だった。
肉に深く突き刺さる牙が痛い。
だが、その痛みは苦痛だけではない。痛みの中から、快感が生まれ始める。
肌がその快感に震え、慄いているのが分かる。
唇を血が滲む程に噛み締めていなければ、嬌声が漏れ出してしまいそうだ。
耳元に乱れた吐息が聞こえる。
自分のものと、相手のものが混ざり合った荒い呼吸の音。
後孔の中で、びくびくと脈打っている性器。
吸血鬼が自分の血を味わいながら、同時に背に回した腕に一層力を入れて、体の方も味わっているのが分かる。
「く…ぁ……っ!」
快楽が体中を隅から隅まで駆け巡っていくような感覚の中、シクロは絶頂に達してしまった。
だが、なおも吸血鬼の唇が肌を這い、舌がぴちゃぴちゃと血を舐めて味わうのを感じる。
その舌の動き一つ一つにさえも、甘美な疼きが波紋のように全身に広がっていく。
「ぐ…う……ッ」
通常の交わりでは決して味わうことのない快感…
しかし、このまま吸血鬼に血を吸われる事は非常に危険だ。
血を吸い尽くされて死ぬか、精神の弱い者なら、そのまま印をつけられ、彼らの眷属になってしまう。
並みの人間なら、とっくにそうなっているだろう。
「ふ…っ気持ち良いよ、シクロ…。このままお前も僕の眷属になるか?お前こそ、僕をご主人様と呼ばせてやる」
ルシュヴンの方も快楽を感じるまま、夢中で血を貪った。
華奢な首筋から細く流れ落ちる滴り。
鮮やかな赤薔薇の色、煌く紅玉の色。
その生命の雫を一滴も残さないように、肌を丁寧に舐める。
シクロの血は、人間の可憐な処女のようにさらさらとしているのでもなく、艶かしい美女の熟したワインのような舌触りでもなかった。
まるで凝縮された蜜のように、濃密に感じられる。
失われていた魔力が回復し、力がみなぎるのを感じた。
先程までは、満足に動かせなかったが、今度は後孔の中もかき回す。
「う……っ!」
ぴちゃぴちゃと、後孔の中で水音が響く。
先走りと、切れたせいで流れた血が混ざり合っている。
首筋に吸い付いたままルシュヴンも、シクロの中に吐き出した。
「き…さま……っ!」
後孔の中に迸る熱に、シクロははっと我に返った。
快感に溺れてしまう寸前に、僅かに残った理性を震えたたせ、自身の鋭く尖った青黒い爪を、ルシュヴンの背に深々と突き立てた。
毒を持つダークエルフの爪が、牙で傷つけられたお礼にと、吸血鬼の白い肌を裂いた。
「う……っ!?」
背に走る痛みにルシュヴンは思わず牙を抜いた。
その隙にシクロは彼を突き飛ばし、上から退けた。
「はあ…はぁ……ッ!」
シクロはしばらく肩を上下させて、乱れた呼吸を整えた。
膝が震えている。
危うく快楽に負けてしまうところだった。
「……お前に口で清めさせたら、噛み千切られそうだな」
ようやく落ち着いて、後孔から滴る精液をかきだして拭うと、シクロは乱れていた自身の着衣を整えた。
「ぐ……」
そうしている間にも、ルシュヴンの背から流れていた血はすでに止まり、抉られた傷が回復し始めている所だった。
彼の方も乱れた衣服を整えて、同時に立ち上がる。
だが、シクロの放った精液がまだ残っていた。
「血をくれた事には感謝する。だが、僕に無礼を働いた事は許さない」
澄んだ赤い瞳でルシュヴンは目の前のダークエルフを見据えた。
「それはこちらのセリフだ」
邪悪な笑みを返しながら、シクロも銀の瞳で睨み返した。
冷たい空気が二人の間を満たす。
今は出会った時の力関係ではない。
精気を吸った事で本来の魔力が戻りつつあるルシュヴンを、シクロは少し警戒した。
「………」
しかし、空はもう漆黒ではなかった。
満月は徐々に薄れていく。
闇が消えていくのを感じながら、ルシュヴンはシクロをちらりと見た。
思えば今まで獲物を見つけた時は、誘惑に負けて自分の思うがままになる人間ばかりだったが、こんな風に会話をするのは久々なのだ。
何故かそんな事を思ってしまった。
家族さえも犠牲にした自分が、獲物との会話に対して何も思うわけはないのに。
「…残念ながらもう夜明けのようだ」
気持ちを押しつぶすように、ルシュヴンは優雅に微笑むと、霧に化けてシクロの前から消えた。

一人残されたシクロは、まだ痛む首筋の傷をなぞった。
「…いい獲物だ」
明るくなり始めた空の元、縦に割れた瞳孔を細めて、森の奥の丘にそびえ立つ古城を眺めた。



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