「見つけたぞ、ダークエルフ」
人間の男が二人と、女が一人立っていた。
彼らは全員、立派な戦士のような風貌でいて、だが強い魔力も感じる。
剣も魔術も両方使いこなせる魔法剣士のようだった。
「あいつらも懲りないな」
シクロは小さくそう呟いた。
ルシュヴンは追手について問おうとしたがその間もなく、シクロは今度は彼らに向かって叫び始めていた。
「だが、今日は俺のしもべが相手をする」
「誰がしもべだ」
不満そうにルシュヴンはシクロを睨んだ。
「何だお前、ヴァンパイアのくせに一人で人間にも勝てないのか?」
シクロにそう挑発されて、ルシュヴンは無言のまま三人の前に向かっていった。
「じゃあ、俺は休ませてもらうよ」
小さく笑うとシクロは、側にあった大木の横に座り込み、そこにもたれた。
「な…!吸血鬼…!」
赤い三白眼の瞳を光らせて、ルシュヴンは彼らに向き合った。
夜風に金の髪と黒い外套がなびく。
相手はダークエルフ一人だけだと思っていた彼らは、ルシュヴンを見て動揺した。
特に女の方はそれだけで、吸血鬼の美貌に魅了されて、必死に妖気を払おうとしていた。
吸血鬼にもまた特殊な退治法があり、事前に準備が必要だ。
彼らが動揺し、退却するか迷っている間に、ルシュヴンは深紅の三輪の薔薇を取り出した。
「君達が、あまり美味しそうでなくて良かったよ」
彼らは何か呪文を唱えていたが、ルシュヴンが薔薇を投げる速度よりも遥かに遅い。
「くう……っ!」
吸血鬼の魔力のこもった薔薇が彼らの体に突き刺さると、茎や棘が体の内にも外にも伸び、筋肉や内臓をずたずたに引き裂いていく。
あまり美味しそうではない血の匂いも、華やかな薔薇の香りがかき消していった。
「これで邪魔者は片付いた」
茨に絡まれた死体から視線を外すと、ルシュヴンはシクロの歩いてきた道をそっと眺めた。
夜目の効く瞳に映る景色が、胸に広がる思い出と重なる。
「お前を殺す前に聞きたい事がある。どこに向かう気だったんだ、この先に何の用がある」
今度はシクロの方に向き直って尋ねる。
「知りたいか?」
ルシュヴンの声は、シクロからすると少し怒気を孕んでいるように聞こえた。
「俺だって、あてもなくさ迷っている訳じゃないさ。頼まれ事があるから、この近辺に来たんだ。そしたら昨日、お前に襲われた」
「なら、昨日の続きだ」
ルシュヴンはシクロの腕をつかんだ。
微笑む唇から、牙が覗く。
「またそれか」
嘲笑うようにシクロは微笑みを浮かべた。
「どういう意味だ」
「今度は男として俺を悦ばせてみろよ。吸血鬼としてでしか、快感を与えられないのか?」
ルシュヴンは、明らかに自分を挑発しているシクロをじっと睨んだ。
「何だ、出来ないのか?」
鋭い眼光にも怯まずに、シクロは嘲笑っている。
彼の言う事を無視して、血を啜ることもできた。
しかし、プライドの高いルシュヴンにはそれができなかった。
ただ、いくらプライドが高くとも、凡庸な人間なら、こんな挑発を受けても相手にはせず、すぐに血を啜ってやっただろう。
「……」
だが、シクロは美しかった。
顔の造作は勿論、闇の中できらめく薄い青灰色の肌と、月光の加減で銀にも金にも見える瞳。
そのダークエルフの美しさが、白い肌を持つ通常のエルフよりも一際妖しい。
自分の牙に絡めとり、完璧に敗けを認めさせて、吸血鬼の官能の世界に引きずり込みたいと思わせた。
「フン………」
ルシュヴンは掴んだままの腕を引っ張り、乱暴にシクロを後ろに向かせた。
「やる気になったのか?」
「そうだ、女みたいに鳴かせてやる」
目の前の大木に、細めの体を押し付ける。
そのまま下肢に手を回し、下着だけを脱がせる。
「エルフは人間よりも回復が早いのだったな。昨日の傷も治ってる」
後孔をそっとなぞった。
そのまま自身を無理矢理挿入する。
「ん、く……っ!」
孔の切れる痛みに呻く声。
生暖かい血の筋が伝う。
「いくらすぐ治るからって、随分手荒いんだな」
「痛くても感じさせてやる」
先程の平凡な人間達のものとは違い、きれいな血の匂いを愛しく思いながら、ルシュヴンは今度はシクロの胸に手をまわした。
「ここも、女みたいに触れられれば気持ち良いのか?」
服の上から、先端をつまむ。
「上手なやつが触ればな…」
からかうようにシクロが呟いた。
「君は本当に可愛げがないな」
「お前がもう少し紳士的なら、あったかもしれないな」
「まあ、いいさ…反抗的な女が、自分から足を開いて僕に請いすがる様も良かったからな」
そう呟くと、ルシュヴンはシクロの腰を掴んで、きつい後孔の中で抽挿を繰り返した。
片手は胸をなでたままでいると、徐々にシクロの体が熱くなっていくのを感じる。
だが、どんなに息が荒くなっても、彼は唇を固く閉ざしたままだった。
夜の空気の中にただ、血と精液が混ざり合った水音だけが響く。
黒衣を纏った二人が繋がっていると、闇に溶け込んでいるように見える。
「……っ」
上昇していく自分の体温、後孔の中でどくどくと大きく脈打つ塊をシクロは感じた。
木の幹に置いていた手が、無意識の内にその表面を引っかいて、傷を作っていた。
互いの息が荒くなる。
吐き出された吸血鬼の息が一つ一つ、耳に触れていく。
「勃ってきたよ…」
不意に後ろから、吸血鬼の冷たい指先が、熱い股間に絡められる。
内股がびくりと震えた。
「く……っ」
「でもまだイかせてあげない」
ルシュヴンはそう耳元で囁くと、薔薇を一輪取り出した。
真っ赤な花をちぎって地に花びらを撒くと、残った茎でシクロの性器を縛った。
「ぐう……!」
ルシュヴンは、痛みで反射的にその茨に手を向けかけたシクロの両腕をつかみ、後ろ手にさせて押さえ込んだ。
「そういうご趣味か…」
棘が傷つけていく痛みをこらえながら、シクロは強がるように嘲笑った。
「血が勿体ないけれど…」
片手で薔薇の棘を絡ませながら、耳元で囁く。
散らばった花弁の色と同じ鮮やかな血が、完全な三角錐形の棘や、吸血鬼の優美な指を汚す。
「君が僕を焦らすなら、僕も君を焦らしてやろう」
美しい肌につけられた咬み痕に唇を近づける。
すべらかな肌が震えた。
「く、う……」
柔らかな舌が肌を這う感触に、シクロは小さく喘いだ。
昨夜咬まれた場所が、熱を帯びて疼く。
あの永遠のような甘美の刹那を思い出して。
股間に絡められた茨の、棘の刺さる痛みなど、吹き飛ぶ程の激しい痛み、そしてそれを超える快感。
たった一度でも、吸血鬼の虜になった者の宿命。
「このまま咬んで欲しいだろ?血を啜って欲しいだろう?」
シクロのすぐ耳元で囁いた。
あの味を思い出しながら、空想の中でもう一度味わう。
今まで、華奢な首筋に咬み付いて、血を啜ってきた者達は皆、何度でもあの交わりを求め出してきた事を思い出した。
その苦痛と悦楽の混ざった快感を忘れられずに、その甘美な瞬間に取り憑かれる。
「次は別の場所を咬んでやる。胸がいいか?太股がいいか?」
長く尖った耳を、そっと噛む。
ぴくりと僅かに動く。
快感のあまり、体を支えられなくなりそうになったシクロは、無意識の内にルシュヴンの黒衣を握り締めていた。
それに気づいたルシュヴンは小さく笑った。
シクロの両腕を押さえていない方の左手で、彼の体を抱いて支えた。
「そうすれば首筋と同じように、あの快感が欲しくなるだろう、咬まれた場所が増える程、疼く場所も増えるんだ」
うなじを舌先でつつきながら、片手でダークエルフの体をまさぐった。
「さあ、僕にねだれ。そうすればすぐに、咬んでやる」
「誰が…」
シクロは声を振り絞った。
首筋に絡み付く舌。
それだけで、ぞくりと肌が震える。
もう一度、あの快楽に交わりたい…
牙の刺さる痛みも、血を啜られる恐怖も、全てを超越した先にあるあの快感。
心地よい目眩に、この月の光の中に、融けてしまいそうになるあの快感。
肌をまさぐる舌の感触が、あの夜の官能を思い出させる。
だからこそ、あの快感が終わってしまった後は、寂しくてたまらなくなるだろう。
今こうして、焦らされて、あの瞬間を思い出している方が、快感なのかもしれない。
一人だけでは快感にならない。
もしも今ねだってしまえば、もうそれで今度こそ、血は吸われ尽くして終わりのような気がする。
「お前こそ…俺の血が欲しいくせに、跪いてねだるのはお前の方だ…」
再びシクロは嘲った微笑を見せた。
汗ばむ額に乱れた繊細な銀の髪が、月の光に照らされ、輝いて、美しかった。
「く……ッ」
急に後孔をきつく締め付けられて、ルシュヴンは思わずかすれた喘ぎをあげた。
「…なら、ねだるまでこっちもおあずけだ」
シクロの前を戒めたまま、後孔の中をかきまわした。
そのまま彼の中に吐き出すと、余計に締め付けてくる。
「…ん……っ」
抜かないで、そのまま突くと、片手で抱いて支えているシクロの体がびくりと震えた。
それから、彼の中に何度吐き出したかわからない。
彼のものも解放を求めて、先走りがあふれ出し、乾いて固まってはその上を、また新しい液が汚していった。
透明な液と、棘の間から滲んだ血が混ざっていく。
胸の先端も、服の上から触れても分かるほど、快感に尖っていた。
吸血鬼は人間の男よりも遥かに精力はある。
シクロもそれを知っているに決まっている。
月はもう消えようとしているのに、彼は未だ口を閉ざしたままだ。
「僕に感じているくせに、お前も達したいくせに」
腰が震えているのに、それでも彼は唇を噛み締めて、何も言おうとしない。
美しい上に、これだけ強情とあっては、ますます口を開かせたくなった。
強く噛み締めた唇と、性器からあふれだす新しい血の雫が、ぽたりと地面に落ちる。
傷つけられて快楽を見い出す彼と、ただの快楽とは違う何か同じものを求めているような気がした。
「何故男に抱かれたがるんだ」
初めの日も、今日も、危険だと知っていて抱かれようとした。
「…関係ないだろ」
切れ切れの荒い呼吸の間から、たったそれだけを答える。
確かに関係ないはずなのに、その返答に何故か少し苛立ったルシュヴンは、今度は先程戒めた前にも触れて、焦らしてやろうと思った。
「………!」
だが、空の端がほんの少し明るくなり始めているのを見て、はっとした。
シクロの中から自身を抜くと、その後孔から白い筋がだらだらと伝う。
「く……っ」
敏感な部分を埋めていたものが急に消え、代わりに冷たい朝の空気が触れていくと、シクロは小さく呻いた。
「明日の晩こそはねだってもらうよ」
それだけ言うと、自分の後始末を終えたルシュヴンは、姿を消して元いた小さな棺の中に戻っていった。
「はあ…はぁ……ッこの野郎……」
ルシュヴンの棺の方を向いてそう言うと、シクロはその場に座りこんだ。
陰茎に絡められた薔薇の茎をそっと外す。
「く、う……」
血と先走りで汚れたその場所を、自分で始末した。
先程の快感を思い出しながら。
後孔の中にはまだ、吸血鬼が残していったものの生暖かい感触がしっかりとある。
「………」
後孔も前も白濁液で、どろどろに汚れていた。
自分だって、初めは好きで抱かれたわけではないのだ。
今も別に抱かれたいわけではないのに、偽りの他人の感触で満足しているだけだった。
誰かに全てを話しても、ただでさえ忌み嫌われているダークエルフなのに、さらにはぐれ者の自分を理解できる存在がいるとは思えない。
「明日、か…」
それは、思い出せない程昔に聞いたきりの言葉だった。
水の魔法で始末をした後、完全に夜が明けるまで、シクロはそのまま木の下で少し眠った。
目覚めてから草原を少し進むと、目的地にすぐに到着した。
林や草原の中、そこだけが荒れた土地。
随分昔の建造物の跡。
その時、全身を悪寒が包んだ。
「…昨日から、何をそんなに怒っているんだ?」
犯人は明白だった。
悪寒の中に、かすかに薔薇のような香りが混じっているのを感じる。
昨日も自分がこの先に進もうとしている事を知って、ルシュヴンが鋭くこちらを睨んだのを思い出した。
だが、その彼の怒りのような冷たい空気の感触は、突然静まった。
視線を前方に移すと、黒々とした人影が見えた。
「またあんたか」
黒髪のおかげで、肌の青白さの際立つ。
昨日城で出会ったばかりの真祖の吸血鬼。
微笑だけは親しげだったが、その青ざめた唇では意味がないように思えた。
「今度は何の用だ」
吸血鬼を鋭く睨んでシクロは尋ねた。
「私が君の側に居れば、彼は大人しくなるだろう?君の目当てのものは、日光の届かない地下にあるのだ。これで君は楽に目的を達成できるわけだ」
「俺が邪魔だったんじゃなかったのか?何故、ご親切に俺の探索を手伝ってくれるんだ」
飄々とした態度の吸血鬼にシクロも、同じように明らかに作りものだとわかる笑顔を向けた。
「ただのちょっとした嗜みさ」
笑みを浮かべたまま、真意を隠している彼に、シクロは小さくため息をついた。
「あんたに真っ当な答えを期待した俺が馬鹿だったよ」
シクロは目の前の吸血鬼を無視して、跡地の先へ進んだ。
吸血鬼は後ろを音も無くついてきたが、シクロは無視を続けた。
瓦礫の散乱する中、屋敷があったらしい場所の一点に地下への階段があった。
かび臭いその奥へ進んでいくと、美しい彫刻や衣装棚の並んだ部屋があった。
シクロは無造作に引き出しを開けていると、金銀の装飾に縁取られた小箱を見つけた。
中を見ると、美しい緑の宝石が入れられている。
「それが君の探していたものかい?”カサンドラの血星石”だね」
無言でついてくるだけだった吸血鬼が、笑みを浮かべながら尋ねてきた。
碧玉に、美しい赤の斑点が埋まっている宝石は、血飛沫が散るブラッドストーンとも呼ばれ、太陽の光が赤く輝くヘリオトロープとも呼ばれる。
その色合いは、青々とした緑の茨に咲き乱れる薔薇をも連想させた。
「お前はいちいち白々しいんだよ」
苛立たしくシクロが答えても、吸血鬼は親しげな笑みを崩さなかった。
目的のものを手に入れたシクロは、彼を相手にせずに、足早にかび臭い地下から立ち去ろうとした。
「その宝石について、依頼主から何か聞いていたかい?」
階段を上っていると、背後から再び吸血鬼が尋ねてくる。
「いや、場所を聞いただけだ」
依頼主がすでに場所を特定している事は珍しかった。
依頼品の場所すら分からないため、調査から始めなければならない事も多い。
「それが何なんだ」
答えに期待せずに、シクロは一応尋ねた。
「折角手に入れたものを盗られないように、夜道に気をつけるんだね」
地上に戻ると、やはり吸血鬼はシクロの予想通り、質問には答えないまま、姿を消した。
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