幼かった自分が、必死に逃げていた。
迷路のような屋敷を必死に駆けて、でも、出口は見つからない。
警備の者達がすぐにやってくる。
ろくに抵抗もできないまま押さえつけられ、元の部屋に引っ張られていく。
必死に泣き喚くのが、彼の最後の抵抗のようだった。
だが、その声が誰にも届かない事を知っている。
窓も何もない、簡素な部屋に戻されると、その中で男が待っている。
部屋の床には、人間や様々な亜人の子供達が、死んだように転がっていた。
皆、娼婦のように男に奉仕した後だ。
これから自分の番なのだ。
口と、手と、尻と、足と…使える場所全てで、大人達の玩具になるように調教されていくんだ。
快楽なしでは生きられないように…。
高貴な血筋も、邸宅の風景も全部幻だったかのように、ただ手荒く犯される。

そこで、朝日の眩しさを感じてシクロは目が覚めた。
やらないで寝ると、まるで体が催促しているかのように見る夢。
遠い昔の記憶。
後孔の奥だけでなく、咬まれた首筋も疼いていた。
ルシュヴンの前では強がっていても本当は、日に日に強くなっている気がする。
いつか、正気を保っていられなくなる程、この感覚が襲ってくるのだろうか。

川の水で顔を洗うと、先へ進む事にした。
しばらく歩くと、林の隣に丁度良く、農村があるのが見える。
用事は無かったが、畑を見て思いついた事があった。
きっと、にんにくが丸ごとあるはずだ。
村人達は余所者に対する多少の警戒心は見せたが、余程田舎なのか、
ダークエルフという種族を知らないようで、自分の姿に対しては不思議な顔をされるだけだった。
適当な民家で、にんにくの球根を売ってもらい、コートのポケットに入れる。
村を後にして、朝中歩いてシクロが向かったのは、霧に覆われた渓谷だった。
木々が鬱蒼と茂り、昼でも薄暗い。
谷の壁に大きな入り口が見える。
そこに向かって進み、奥へと続いている洞窟へ向かった。
完全に陽の当たらない所まで進むと、シクロは立ち止まった。
「おい、起きろよ」
だが、反応はない。
「聞いてんのか」
今度は荷物を叩くと、ルシュヴンが目の前に現れる。
「……何だ」
睡眠を邪魔されて、不機嫌そうに答える。
「まだもう一つ、別の依頼があるんだ。財宝の門番をしている竜の屍を倒すのさ」
「そんなの一人でしてくれ。こんなじめじめした所に連れて来て……」
いつもなら、その代償に血を吸わせる事を求めてきそうなものなのに、昨日舐めて満足したのか、今日は面倒そうに、ぼそっと答える。
「お前な、ちょっと前まで散々寝てたんじゃないのか」
少し呆れたように、シクロが呟いた。
「来いよ、実際に見ないとわからん」
シクロはルシュヴンの背を、無理矢理押して、洞窟の奥へ連れて行った。
「何をする………何だ、この臭い」
奥に近づくにつれ、ルシュヴンもようやく気づいた。
洞窟の深くから漂う腐臭を感じると、真面目にシクロを見た。
「生きてるやつじゃ、アイツは倒せない。生き血を求めて、その臭いや体温を感じると襲い掛かってくる。
方法が見つからなかったら、この依頼は蹴ろうと思ってた。
でもお前に会って気が変わった。報酬はオレの血」
「そんな事を言って、本当は吸って欲しいんだろう?」
シクロの最後の言葉を聞くと、そこだけしか聞いてないかのように、ルシュヴンが答えた。
「お前だって吸いたいくせに」
今や、何度繰り返したかわからない口論をしながら、二人は奥に進んだ。
薄暗い洞窟の中を、シクロが炎の魔法で照らしながらしばらく進むと、今まで歩いてきた道より、広い空間になっている場所に着いた。
それが最奥だった。
巨大な竜がうずくまっているのが見える。
しかし、その体は腐り落ち、所々白骨が見えている。
「ああ、ひどい臭いだ。分かるか?
いくら攻撃しても、屍だから死なないし、体がばらばらになってもまた破片が集まって、元に戻るんだ。
燃やすぐらいしか方法がないと言われているが、あの大きさをこんな洞窟内で燃やしたら、財宝を取るどころじゃない」
「いくら僕があれに気付かれないからと言って、どうするんだ」
不死者の厄介さは良く知っている。
「何だ、見てわかんないのか?あの額の黒い宝石、あれが屍を操っているんだ。
オレが引き付けておくから、お前はその隙にあれを、ひきはがすか壊すだけでいい」
「初めて聞いたな、そんな宝石」
少し悔しそうにルシュヴンはそっけなく答えた。
「ああ、そうだな、お前が何十年も寝てた間に、世界は進んでるのさ。あれは魔法石。
魔法を使えないヤツでも、魔力と呪文がこめられたあの石のおかげで、魔法と同じ効果を引き出せる。
あの宝石に刻まれているのは死霊術だな。高額で取引されているはずだ」
「はいはい、それは悪かったね」
不貞腐れてルシュヴンは軽く答えた。
シクロから視線を反らして、改めて竜を見た。
「それにしても、あんなのに触れるなんて、気持ちが悪いな」
皮や鱗はほとんど無くなっているようだった。
内臓がはみ出ている箇所もあり、、体の所々、蛆が湧いている。
ドラゴンは人間と同等か、それ以上の知能を持っているはずだ。
魂が残ることがあるかどうか知らないが、こんな状態になっても、動かされているなんて、さぞ屈辱だろう。
「お前も似たようなもんだろ、さっさと済ませるぞ。俺だってこの臭いは耐えられない」
そう言うと、シクロは慎重に進んでいった。
竜の屍が反応し、頭をもたげる。
口を開くと、それだけでシクロの身長と同じだった。
竜の首が完全にシクロを追っているのを確認すると、ルシュヴンも竜の頭の上まで飛んだ。
悪臭が刺すように苦しかったが、黒い宝石に手をかける。
「それを持ってくるのも依頼の内だからな!」
襲い掛かる竜の頭を避けながら、シクロが叫んだ。
「分かってる、が…思っていたより硬い…な」
それは強力な力で埋め込まれており、通常の生き物にははずせそうにない事がわかる。
吸血鬼になってから、ここまで力を込めたのは初めてだ。
魔法のかかったものを、本当にはずせるのかどうか疑問になったが、しばらく力を入れていると、
びきびきと死肉の裂ける音がして、めりこんでいた宝石が皮膚からはがれた。
宝石の魔力が解けた瞬間に、巨大な屍が崩れ始める。
「げっ!お前な、少しはタイミングを合わせろよ」
ルシュヴンが宝石をひき剥がしたのは、竜の頭がシクロの真上にある時だった。
ぼたぼたと落ちてくる屍の欠片から慌ててよける。
「そんな余裕があるか!」
崩れ落ちる体に巻き込まれない内に、二人は洞窟の入り口まで駆け抜けた。

「ご苦労だったな。ほら、それを寄越せよ」
宝石を持ったままのルシュヴンに、シクロが言う。
「先に吸わせないと渡さない」
ルシュヴンが意地悪く微笑んで答えた。
「夜まで待てないのかよ」
「血を吸う以外の事もして欲しいのかい?」
言いながら、いきなり肩をつかまれる。
「………!」
振りほどこうとしたが、首筋の疼きが急に鋭敏に感じられる気がした。
あの時の陶酔を思い出して。
「そんな顔をして、やっぱり吸って欲しかったんだろ?」
その言葉ではっとした。
気づいたら、洞窟の壁に押さえつけられて、抵抗する事さえ忘れてしまっていた。
血を吸われると思うと背筋がぞくりとすると同時に、以前咬まれた場所が期待で、確かに熱を帯び始めていた。
「隠さなくてもいいんだ、みんな、そうだった。前に咬んだ所が疼いて、期待してるんだろう?
普段はあんなに偉そうな君も、快感には勝てないようだね」
「違……っ」
全部、言い切る前に、ルシュヴンが唇を近づけてきた。
これから咬まれると思うだけで、息が止まりそうになって、鼓動が速くなる。
あの夜から幾度となく、咬まれた首筋が疼いていたのだから。
どうしてこんなに体が熱くなるのか分からないぐらいだ。
そう思いながら、咬まれる瞬間を待ち望んでいるのに、ルシュヴンはまだ咬んでいなかった。
疼きを追い払ってよく見ると、上着のシャツに手をかけられて、脱がしている。
「君のもの欲しそうな顔はとても良いと思う」
「お前……っ」
上着を脱がせながら、自分の表情を見ていたのかと思うと、悔しくなった。
「でも、今日は別の場所だ」
そう言うと、ルシュヴンは、じわじわと疼く首筋ではなくて、はだけた胸元を見た。
「な……!」
次の瞬間、牙が見える唇は鎖骨を吸った。
「く…あ……っ」
走る鋭い痛み。
同時にそこから広がる新しい快感。
待ち望んでいた、全てを包みこむような感覚。
喉を反らせて、荒い息が吐き出されるのが、自分でも分かる。
こんなにも、感じてしまうなんて…
「…ん……ぅ………」
一度目に咬まれた時よりも、危機感が麻痺したようだった。
中毒のように、周りの何もかもが消えて、ただ一つ体の奥で感じる快感だけに肌が震える。
立っていられなくてシクロは、背を押し付けられている冷たい岩肌に沿って、ずるずると座り込んでしまった。
血が抜き取られて、冷めていくはずの体なのに、何故か熱く火照っていく。
ずっとこうされていたいと思う程……
「ぁ、う……!」
だが、不意に牙を抜かれた。
血を吸われていたのは、以前よりもずっと短い時間だったように感じた。
実際にルシュヴンが咬んだのは以前より短時間だったのか、それとも自分が求めすぎていて、刹那にしか感じられなかったのかは分からないが。
薄れていく体の火照りと引いていく快楽の波に、シクロは思わずねだりそうになった。
「く…ぅ……」
それなのに、短時間だったと思うのに、余韻にしばらく息を整えるので精一杯だった。
しかし、それで終わりではなかった。
「新しい傷跡が増えるたびに、こうして疼く場所が増えていくんだ」
ルシュヴンは、顔を赤らめているシクロの耳元で囁いた。
首筋と今咬んだ鎖骨付近をそっと指でなぞると、その体がびくりと震える。
今度はかがんで、脇腹に深く深く牙を突き立てた。
一緒にいても何も思う事はないと、自分にも、イノベルクにも、そう証明するように、この体を痛め付けるために。
「ん……ッ」
二人分の荒い息遣いが重なり、混ざる。
次は脇腹に与えられる快感。
今度は先程より、少しずつ血を吸われる。
それは焦れったくてたまらなかったが、一気に吸われて何も考えられなくなるような快感よりも、
他の場所の快感も同時に、より鮮明に、そして長時間感じてしまう。
首筋と鎖骨の疼きを。
内側を抉る牙の感触が、肌を舐める舌の動きが、快楽に鋭敏になった体を刺激していく。
ただ血を吸われているだけなのに、上り詰めていく。
茨に絡みつかれたように、快感から逃れられない。
「は……ぁ………」
何かに縋っていないと、体を支えられなくなりそうになって、無意識の内に、ルシュヴンの外套を握ってしまった。
それに気づいたルシュヴンは、勝ち誇ったように顔をあげた。
「気持ち良いか?じゃあ、今度は…」
「ん………っ」
牙を抜かれると、先程のように、醒めていく陶酔が鈍い疼きだけを残していく。
その煩わしさが、時間と空間を思い出させてくれた。
ルシュヴンはまた別の場所を咬もうとしている。
あの快感に飲まれる前に、余裕のできた今、シクロはそっと、半分脱げかかっていたコートのポケットに手を入れた。
「今日はもう終わりだ…っ!」
中からにんにくを素早く取り出して、爪をたて、皮を剥いた。
その匂いが僅かに漂い始める。
「な……ッ!こ…この匂い……」
微量な臭気でも動きの止まったルシュヴンを見て、シクロは微笑した。
そのまま手の中でにんにくを潰すと、強烈な臭いが漂った。
「う…ぐ……ッ!」
苦手な臭いに、ルシュヴンはその場に座りこんでしまった。
「……君は本当に油断も隙もないな」
咳き込みながら、ルシュヴンが睨む。
だが、口元には挑発的な笑みを浮かべたままだった。
「お前こそな。まあ、これはオレでも臭いから、あまり良くないな」
にやっとしてシクロはにんにくを洞窟の奥に捨てると、ルシュヴンが床に落としてしまっていた黒い宝石を拾った。



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