雨宿り
(11)
手合いが終わり、ヒカルはためていたものを吐き出すように息をした。
低段者の手合いはつまらない。もっともっと上にいきたい。高みに登りたい。誰もたどりつく
ことのできなかったところへ、まっすぐに進んでいきたい。
手合い後の興奮のなかにヒカルはいた。
ヒカルは靴を履こうとして、誰かが立っているのに気付いた。アキラだ。なぜこんなところに
いるのだろうか。今日は手合いの日ではないはずだ。
「……なんだよ……」
「時間はあるか?」
相変わらず険しい瞳で自分を見てくる。ヒカルはこの目が嫌いではなかった。
だが今日はいつもとどこか違うような気がした。
「碁会所には行かねェよ」
今日の棋譜が見たいのだろうか。だがヒカルは絶対に碁会所に行くつもりはなかった。
アキラはかたい表情のまま首を振った。
「碁会所ではない」
「って、おい! 引っ張るなよ!」
非難の声をあげたが、アキラは強く手を握りしめたまま離さない。階段をおり、そのまま外に
向かう。そして棋院のまえに停めてあったタクシーに乗り込んだ。
「出してください」
行き先を告げないということは、このタクシーはアキラが呼んだものなのだろう。つまり始め
から自分をどこかに連れていくつもりだったのだ。どこに?
「おい、塔矢!」
「静かにしろ。ボクはキミと口をききたくないんだ」
「オレだって!」
「じゃあ黙ってろ」
ヒカルは思い切り顔をしかめて口をつぐんだ。いつも塔矢アキラは突拍子もなくて、自分勝手
に物事を進める。自分の主張も曲げたりしない。
アキラの顔を見ていたくなくて、ヒカルは窓の外に顔を向けた。
最初はただ流れる景色を見ているだけだった。だが次第にヒカルの表情は変わっていった。
うっすらと窓ガラスに映る自分の顔は、明らかに怯えの色を浮かべていた。
(12)
「イヤだ! 放せよ塔矢!」
車から降りたヒカルはわめきつづけていた。だがアキラはほとんどひきずるようにして、目の
まえにそびえるマンションにヒカルを連れ込んだ。
その部屋に入ったときは、二人ともこの寒いのに汗びっしょりだった。
「きれいだろう。定期的に業者の人に入ってもらってるんだ」
「オレ、帰る!」
「帰さない」
玄関に押し倒された。アキラの瞳が暗く光っている。ヒカルは息を飲んだ。
「とう……んんっ、んん!!」
無理やり唇をふさがれた。逃げようとするヒカルの腰をしっかりと抱えてくる。アキラが何の
目的でこの部屋に連れてきたのか、わかった。
ヒカルは自分がどこかでアキラを侮っていたことに気付かされた。絶対にアキラからしてくる
ことはないと、いつも自分が有利な立場にいると思っていた。たとえしたいと思っても、行動
に起こす度胸がアキラにあるとは思わなかった。
父、行洋に恥ずかしいことはしないと言っていたアキラが、自分を――――
「イヤだ! 絶対にイヤだ!! ここではしない!」
アキラが嗤うのがわかった。自分が動揺しているのがおかしいのだ。頬が紅潮した。力の限り
ヒカルは暴れたが、下になっているため、分が悪かった。
いつのまにかジーンズをはぎ取られ、下着も剥かれてしまった。
「塔矢!! やめろよ! や、うぁっ!」
ヒカルの足の間にアキラが顔をうずめてきた。止めようとした手がひきつった。ヒカルは背筋
をそらせて、身体のなかをはしっていくものを堪えた。
初めてアキラに口淫された。それはつたないものではあったが、舌で嬲られ、吸われると膝が
どうしようもなく震えた。声が高くうわずる。
「はぁ、あっ、は、ぁあ、いぁ……っ」
目尻に涙がたまり、流れていく。ヒカルは何度も首を振った。限界が近い。
「と、や、はなせっ……ん、ふぅ、んんぁっ!」
熱い奔流がほとばしるのがわかった。だがアキラは咥えたまま放さなかった。
(13)
射精後の脱力感にヒカルは息を弾ませていた。
しかしアキラはそんなヒカルを容赦なく引き起こすとうつぶせにした。頬に床が強く当たって
痛かったが、ヒカルは逆らう力が残っていなかった。
アキラが尻をつかむのがわかった。入れるのか、と思った。だが違った。
「あ、あ、いやだ、とうやっ!」
後孔に口をつけると、アキラはヒカルの出したものでそこをほぐし始めたのだ。
こんなことをしないでほしい。痛くてもいいから、無理やり突っ込まれたほうがマシだった。
指が入ってきて、中を掻き回す。自分でするのとは全く違う。
ヒカルの懇願の声は喘ぎへと変わっていく。顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「もう、いいか……?」
アキラの問いかけにヒカルは首を横に振った。だが耳にベルトを外す音が大きく響いた。
身体のなかに異物がめり込んでくる感触に、ヒカルは喉を詰まらせた。手を握りしめて耐える。
アキラが息を吐きながら、少しずつ埋め込んでくる。
「ふっ、……ンッ」
慣らされてはいても、やはり痛みはあった。だがそれ以上に、思考を焼くような強烈な感覚が
押し寄せてくる。それを逃がすまいとするかのように、ヒカルの身体は揺れはじめた。
アキラは己の存在を主張するかのように、柔らかな肉壁をえぐってくる。
「ッあ、ぁはぁ、んん、くぅっ……あ、と、やぁっ……」
酸素が足りない。頭のなかが朦朧としてくる。血が沸騰するのではないかと思われた。
アキラは抜けそうなくらい退いては、突き刺すような勢いでヒカルの内部を犯してくる。
下半身がちぎられるのではないかと思えた。
ヒカルのペニスはまた勃ちあがり、床でこすられていた。その刺激から逃れたくて、ヒカルは
手を添えた。だがそれに気付いたのか、アキラもそれを包んできた。
「んんっ……!」
アキラはヒカルのなかを荒らしながら、それをしごき出した。すでにそれはぬめっており、手
の動きを速めるのを助けている。ヒカルは身体をびくつかせた。急にアキラの動きが止まった
かと思うと、勢いよく中に放たれた。ヒカルも引きずられるようにして、声をあげずに達した。
(14)
太ももが精液で濡れている。
ヒカルはアキラが抜け出ていく感触にふるえた。だがこれでもう解放されるのだと、ヒカルは
安堵の息をついた。だが頭上から嗤い声が降ってきた。
身体をねじって、アキラを見上げた。アキラの目はまだ欲望をたたえていた。
「とうや……」
初めてヒカルはアキラが怖いと思った。
だがヒカルは腹に力を込めて笑った。弱みを見せるなんて冗談じゃない。絶対に負けたくない。
「おまえさぁ、そんなに溜まってたのかよ」
「まあね。キミはそうでもないようだな」
表情を変えずにアキラは肯定した。以前のアキラなら、怒って赤くなっただろうに。アキラの
言うとおり、ヒカルは特に性欲に悩まされていなかった。それよりも北斗杯に向けて日々精進
することのほうが重要だった。
それに最近、雨が降っていない。
「進藤」
ぼんやりしたヒカルを呼び戻すかのような、強い口調だった。どんなに拒んでも、結果は同じ
だろうとアキラを見て思った。ならば苦痛の少ないほうがいい。
「キミはボクのことが好きなんだろう」
「……ああ、好きだよ塔矢」
口にしたとたん、心臓がぞわりとした。この場所で、この言葉を言うことになるとは。
ひどい裏切りをしているとヒカルは感じた。しかし裏切る相手は、アキラではない。
「ボクはキミなんて好きじゃない」
不快そうにアキラは返した。それがヒカルの心を少しだけ軽くした。
「ふ、んぁあっ……」
トレーナーをめくられ、アキラは胸のうえに舌を這わせてきた。ヒカルは身悶えし、アキラの
髪をさぐって、手を差し入れた。髪のなかは温かかった。お互いの身体をまさぐりあっている
うちに、二人はなにも見に付けていない状態になった。そばには衣服が散乱している。
「っあ、あ、あッ!!」
もう一度アキラが乱暴に押し入ってきた。
(15)
下から見上げるのは初めてだ。
いつもヒカルがアキラを勃起させ、自分で入れて動いていた。そのあいだアキラが、なんとか
反応しないように気を張っているのがわかっていた。
それを感じるのが楽しかった。全部ヒカルの思いのままだった。しかし今日のアキラは今まで
と違って、積極的にヒカルを求めてくる。それがヒカルを落ち着かなくさせる。
アキラに翻弄される。
「く、そっぉ……! とぉ、やのっ、ばかやろっ……」
悪態をつくが、アキラの耳には入っていないようだった。ヒカルは両手で抱きつくと、右肩に
噛み千切る勢いで歯を立てた。アキラはわずかにうめいたが、動きを止めなかった。
「はっ、ぁ……うっ、ん、ん……」
ヒカルはアキラにしがみついたまま喘ぎをもらした。奥の奥まで突き上げられるたびに、悲鳴
があがりそうになる。だがここは玄関で、大声を出せば聞こえてしまうかもしれない。わずか
に残った理性で、ヒカルは声を殺していた。
悦楽の波が身の内をうずまいている。左足を持ち上げられ、腰が浮いた。するとさらにアキラ
が深く入り込んでくるような気がした。
「だ、ゃだ……も、それ以上は…………!」
このままではおかしくなってしまう。悔しいがヒカルは音をあげた。しかしアキラの動きは、
内側から押し広げるかのように大きくなった。
ヒカルのモノはアキラの腹でこすられ、すっかり勃ちあがって先端から雫を垂らしている。
全身から汗が噴き出し、アキラをつかんでいる手が何度も滑りそうになる。
ふいに耳元で「進藤」と呼ばれた。腰を抱えられ、身体が密着した。
アキラの動きは止まったが、ヒカルの内部にいるモノはまだ暴れている気がした。放出される
感覚にヒカルはのけぞった。
息を吐くと、アキラは身体を離した。抜かれる瞬間、ヒカルは短く声をあげた。
白濁した液が溢れ出て、二人の腹部を濡らした。
「あ…………」
急に視界が暗くなった。どこからか自分を呼ぶ懐かしい声がした。
それを聞いていたくて、ヒカルは落ちていく感覚に身を任せた。