雨宿り

(21)
ザーザーと雨が降る音がして、ヒカルは目を開けた。
懐かしい布団の感触に息が詰まる。起き上がろうとして身体に痛みがはしった。何があったか
すぐに把握することができない。部屋を見渡して、ようやく納得した。
(そうか……オレ、塔矢のバカにつれてこられたんだっけ……)
そしていいようにやられて、気を失ってしまったというわけだ。
窓の外はすでに暗く、月がぼんやりと光っている。雨は降っていない。雨の音だと思ったのは
シャワーの流れる音だった。
(だからあんな夢、見たのか……)
ヒカルはテーブルのうえの鍵に目をやった。二つ置かれている。一つは紫色の紐で結ばれた鈴
がついたもので、もう一つは――――
(オレのキーホルダーだ)
その半透明のスケルトンは、ヒカルが小学生のときに買ったものだった。行洋から渡された鍵
につけたのだ。ヒカルはそれを手に取ると、てのひらに包んで隙間からのぞき込んだ。塗料が
落ちてはいたが、それでも薄く発光した。
「進藤、起きたのか。キミも浴びてきたらどうだ?」
髪の毛を濡らしたアキラが部屋に入ってきた。それに激しく違和感を覚えてしまう。アキラが
この部屋にいるというだけなのに。
「なにを持って……ああ、それか」
アキラはヒカルの手のなかにある鍵を見てうなずいた。
「キミに渡すよ」
「……それってどういう意味だよ」
ヒカルは鍵を叩きつけるようにしてテーブルに置いた。アキラは眉一つ動かさない。
「キミがわからないはずないだろう。そういう意味だよ。ああ、はっきりと言ったほうがいい
か? ここでキミを抱くんだよ。ボクを好きなのなら、拒否はすまい?」
ヒカルはアキラを睨んだ。なにか言ってやりたかったが、結局やめた。黙ったまま脇を抜けて
風呂場に向かった。
あいかわらず広い。大人がらくらく手足を伸ばして寝転がれる。湯船もそうだ。湯は張られて
いなかったので、ヒカルはシャワーのノズルをひねった。熱くて勢いのある湯がはなたれて、
慌てて水量と温度を調節した。しばらく浴びていると身体がほぐれていった。

(22)
「進藤」
急に呼びかけられて、ヒカルは壁に背中をつけた。身体が一気に強ばっていく。アキラが戸を
開けて顔を出していた。
「なんの用だよ」
「お湯の温度の調節の仕方を教えておこうと思って」
「平気だよ。ちゃんとできた」
アキラは少し驚いたような顔をした。
「ここのお風呂、けっこうややこしくて、初めて使うときってうまくいかないのに」
言外にオマエによく出来たな、という感情が込められている気がした。手を振って追い払うと
ヒカルは心のなかで当たりまえだ、とつぶやいた。
自分は初めてではない。
心臓が痛いほど鳴っている。ヒカルは深呼吸を繰り返し、浴室から出た。ひんやりした空気に
あたると、気持ちがいくらかすっきりした。
ヒカルはアキラが畳んでくれた衣服を身につけた。引っ張られたせいか、少しよれていた。
戻ろうとして、奥の部屋が開いているのに気付いた。
このマンションの一室で一番大きいのは、ベッドが置いてある部屋ではない。この奥の部屋だ。
なかは本棚が占拠しており、あらゆる書籍が山ほど詰められている。
アキラはその部屋にいて、本を読んでいた。ヒカルが入ると少し笑った。
「父の蔵書だ。古今の囲碁に関する本が置いてある。ここは父の仕事部屋なんだ」
「……なのに、オマエはオレとここでしようっていうのか? 『父に恥じないことはしない』
って言ってなかったか?」
アキラは苦しげに顔を歪ませた。唇を噛み、押し殺した声を出した。
「悔しいが、ボクは自分の性欲をうまく扱えない」
「で、オレでそれを発散させようってのか」
「そうだ」
悪びれもなく肯定され、ヒカルはかえっておかしくなってしまった。
「いいけど、別に。その代わり、ここの本オレも見ていいか?」
アキラは承諾した。

(23)
ヒカルは暇さえあれば、マンションに通いつめた。
それはアキラに会うためではない。行洋の蔵書を読むためだ。さすがと言うべきか、そこには
様々な本があった。日本語でないものや、日本語でもかなり文体が古いものがあったが、棋譜
が書いてあればなんとか内容を理解することができた。
アキラはヒカルよりも忙しく、二人はそうしばしば会うことはできなかった。おかげでヒカル
は気を遣うことなく没頭することができた。だからアキラがいるときはひどく気落ちした。
ヒカルはベッドに寝そべりながら本を読んでいる。今日はアキラは来ていない。ついている。
行洋といるときヒカルは一切、碁関係のものに触れなかった。ただ行洋のそばで、いつまでも
眠っていたいと思っていた。
ヒカルは鍵を渡されてから、毎日行洋のもとに行った。行洋はいつもいた。引退したので暇に
なったのだろうと当時は思っていたが、今はヒカルのためにいてくれたのだとわかっている。
だがヒカルはすぐに行洋のもとに通わなくなった。
中学校にアキラが来たからだ。
もう碁を打たないと決意した。だがそれだけでは足りない。もう行洋にも会ってはいけない。
行洋はアイツのライバルなのだから。あれほど打ちたいと望んでいた相手の隣で、自分はただ
眠りこけている。こんなこと、許されるはずはないのに。
ヒカルは行くのをやめた。そしてまた、眠れぬ日が続くことになった。
ため息を吐き、ヒカルはベランダに出た。もう薄暗くなっている。あのときのことを思い出す
と、今でもどうしようもないほどの焦燥感を覚える。
ヒカルは会えないあいだ、行洋に会いたくてたまらなかった。これは裏切りだった。
「ごめんな……」
もういない人に向かって、ぽつりとつぶやく。
遠くからドアの閉まる音がした。ヒカルは振り向かなかった。背後に誰かが立った。
「なにをしている?」
「別に」
ヒカルは素っ気なく答えた。今日は来ないと思っていたのに。
腹に手をまわされ、抱きしめられた。手はスムーズにヒカルの衣服を脱がせにかかった。
「おいっ、やめろよ」
ヒカルは身体をねじって拒んだが、アキラの手の動きはやまなかった。

(24)
息が白くなる。空気は肌を刺すかのような冷たさだ。
だが触れてくるアキラの手は熱く、ヒカルは火傷をするのではないかと思った。
全裸のヒカルはベランダの手すりにつかまりながら、声を噛み殺していた。目のまえに浮かぶ
ビルの灯りがにじんでいる。車の行き交う音が絶え間なく続く。
「ふっ……ん、んんっ、ぁ……ぅんっ……」
アキラのモノと一緒に自分のモノも弄られ、ヒカルは苦しげにうめいた。アキラのモノはすで
にはちきれそうで、主張するかのように擦りつけてくる。
挿入されているときはアキラのほうが早いが、前をこんなふうにされるとヒカルのほうが先に
達してしまう。ヒカルの精液が溢れ出て、ベトベトに濡らす。
「あ……いやだ……っ」
アキラはふとももをつかむと、開かせようと持ち上げてきた。片足だけの心許なさに、ヒカル
は嫌だと首を振りつづけたが無駄だった。
測るようにアキラの先端が押し付けられる。そこはすでにほぐされ、ヒカルの意志とは反対に
満たされるのを今か今かと待っていた。
「ぁあっ」
耳の後ろを舐められ、ヒカルは頓狂な声をあげた。出したばかりのモノが、また熱を持ち始め
ようとしている。アキラは音を出しながら、耳たぶや首筋に舌を遊ばせている。
射精後の身体は素直になり、自然とアキラを乞うように腰が突き出された。
「……いくよ……?」
ヒカルの返事を待たずに、アキラは身体のうちを開いてきた。この挿入感をヒカルは耐える。
すべてを収めると、アキラが息を吐くのがわかった。
「あっ、あ、あ、う、はぁっ、ぁあ……っ、っ……ぁっ」
アキラが動き出すとヒカルはもう思考を飛ばし、ただ断続的に声をあげて腰を振った。なかの
敏感なところをこすられ、ヒカルはかすれた悲鳴を漏らす。
片足がしびれてくるが、それよりもアキラが内襞を荒らすのに意識を奪われる。
「あぁっ! も、んんっ、はぁっ、ぁ、く……!」
「声を出すと、聞かれるよ……」
アキラが左手の人差し指を口のなかに挿れてきた。

(25)
まるでおしゃぶりを与えられたかのように、ヒカルは大人しく指を咥えたままだった。
それどころか、舌が無意識のうちに指を舐めまわしていた。
「んっ!」
強く突き上げられ、ヒカルは思わず指を噛んだ。血の味がわずかにした。接合部は先ほどから
ぬめった音を暗闇に響かせている。頭のなかもぐちゃぐちゃだった。
「しんど……もう……!」
ヒカルはきつく抱きしめられた。その腕の強さに、ヒカルは錯覚してしまった。
「あ、出して……オレのなかに……と、やせ……っ」
もつれた舌は言葉にならなかった。ヒカルのなかに熱くたぎったものが迸った。下肢を震わせ
それを受け止める。同時にヒカルの太ももにも熱い液体は流れていった。
力が抜けてしまったヒカルをアキラは部屋に引っ張った。ベッドの上に投げると、すぐにその
上にのしかかってきた。半開きの唇をむさぼられる。
「進藤の足、すごく濡れている」
アキラはそう言うとヒカルの下半身に移動し、ゆっくりと舐め取りはじめた。ひざの裏までも
丹念にアキラは吸い付いてくる。ヒカルは押し上げられた足の先を見た。白い靴下はそのまま
直にベランダにいたため、薄汚れていた。
「とうや、もういい」
ひどく惨めな気分だった。ヒカルは大儀そうに足を振り、寝返りをうった。しかし相変わらず
アキラはヒカルを舐めるのをやめようとしない。まるで意地になっているかのようだ。
「いいって言ってんだろ! 今日のオマエ、おかしいぞっ」
そうだ、今さら気付いた。今日のアキラはいつもと違う。アキラは初日以外、自分をベッドの
ほかで抱いたことはないし、こんなふうに舐めてきたりもしない。
出すものを出したら、ヒカルなど放ってすぐに身体を洗いにいくのに。
「……今、父が家に帰ってきている」
暗く沈んだ声だった。だがその言葉はヒカルのなかにも落ちてきた。
「ボクはこんなことをしている自分が情けない」
苦しそうにアキラは言う。ヒカルは鉛のように重たい感情を飲み込んだ。
自分だって、情けなかった。

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