雨宿り

(31)
あれほど優しいキスをヒカルは知らない。
行洋が正直、自分に対してどう思っていたのかわからない。だがヒカルは離れたくなかった。
それでも離れなければならなかったことが、淋しいと今でも思う。
だがそうなったことに後悔はなかった。あの終わり方に未練はない。
そう考えて、ヒカルは薄く笑った。自分たちはなにが始まっていたと言うのだろうか?
「……う……ん……」
横で寝ているアキラが小さくうなった。目が覚めたのかと思ったが、穏やかな息を吐くと眠り
つづけた。眠るアキラは子供っぽく見える。覇気のある瞳は今は見えない。
じっと見ていると、行洋に顔が重なってくる。目の辺りがやはり似ている気がする。
ヒカルが行洋の寝顔を見たのは一度だけだった。それは決別した日のことだ。もう頼らないと
あのとき決意した。もう大丈夫だと、思った。
だが実際は大丈夫ではなかった。雨が降るたびに心はわけもなく乱れ、そしてそれにアキラを
巻き込んでしまった。ヒカルは少しアキラに申し訳ないと思った。
素直にそう思えるのも、アキラが寝ているときのみなのだが。
ヒカルはアキラのそばでは眠れなかった。身体のどこかがいつも張りつめていた。アキラの前
で気を抜くなど考えられなかった。だからアキラがこうして眠っているのを見ると、おかしな
気がしてしまう。アキラは自分をどう思っているのだろうか。
嫌悪しているのは確かだろう。それなのに自分を抱かなくてはならないのは、どのような心地
がするのだろうか。きっと自分自身をも嫌悪しているに違いない。
「コイツもたまってて、大変だよなあ……」
ヒカルも身体がわけもなくうずき、息苦しくなることがある。だがそれは毎日というわけでは
ない。しかしアキラは、時間さえあればヒカルを抱きたがった。昨日したのに、今日も求めて
くることなど何度もあった。
若いなあ、と老成した気分でつぶやいて、苦笑した。違う、自分だってそうだったではないか。
行洋に触れてもらっても、いつも足りないと思っていた。
ヒカルは眠るアキラに口付けた。唇の形もそっくりだ。だが行洋のはもっと乾いていた。その
唇はいつも自分に潤いを与えてくれた。
まぶたを震わせて、アキラは目を開いた。ヒカルを見ると厳しく細めた。

(32)
「寝ているボクになにをした?」
鋭い声音だ。ヒカルはため息をついた。どうしてこう、きつい顔ばかりするのだろうか。
「キスしただけだよ」
「勝手にするな」
ハイハイ、とうなずくといきなり手を引っ張られ、アキラにのしかかられた。そのまま唇を舌
で舐められた。抵抗する間もなく、深く差し入れられた。肌を撫でられると気持ちよくなって
しまう。ヒカルもアキラも服を身につけていない。
「……まだ、すんのかよ」
「嫌なのか?」
少し考えて、ヒカルはイヤじゃない、と答えた。するとアキラは腰に手をまわしてきた。もう
アキラのモノはいきりたっている。相変わらず早い。
「あっ……ふぅ……」
ついばむように舐められた乳首から快感が溢れ出てくる。アキラはもう一方の手でヒカルのを
やんわりと握りこんできた。軽い刺激だったがヒカルは肩をひきつらせた。
「んんっ!」
勃ちあがったモノに、アキラが自分のモノを絡ませてくる。ヒカルの手がそこに導かれた。熱
の塊が二つ、てのひらのなかにあった。
「はぁっ……あ、とぉ……」
アキラは上から手を重ねてきた。そしてそのままゆっくりとしごきだした。熱が身体のなかに
広がる。熱で溶けていきそうな気がした。アキラのまなざしが熱っぽく潤んでいる。
そんなふうに見つめられると、自分を――――身体だけでなくヒカル自身を求められていると
錯覚してしまいそうになる。
「と、や……好きだ」
浮かされたようにヒカルは口にした。するとアキラは聞こえるほどの音で舌打ちをし、乱暴に
上下に手を動かしはじめた。わずかに痛んだがかまわなかった。アキラから優しくされたり、
丁寧に愛撫されたりするのは嫌だった。アキラの心など、かけらもいらない。
自分の心も渡さない。
「……ボクは嫌いだ。もう黙ってろ」
その冷たい声はヒカルのなかに沈み、安らぎを与えた。

(33)
ヒカルが好きだと口にすると、アキラはいつも途端に無機的な扱いをするようになる。
先ほどまでのねっとりとした熱い空気はすでに消えていた。どこか冷めた雰囲気が流れる。
それとは対照的に身体は熱さを増していく。手のなかはもう精液でぐじゅぐじゅである。
「あ! やっ! んんっ、ぁあっ……はぁッ……!」
ヒカルは細い喘ぎ声をあげつづけた。
二人のモノはお互いを擦りあいながら追い上げられていく。ヒカルは快感だけを追いかけた。
足の指先がひきつりそうだ。ヒカルはたまらずアキラを引き寄せ、頭を右肩にもたせかけた。
そこには歯形のかさぶたが残っていた。いつのものか思い出せない。
「ん……う、ぁ……っ」
激しく脈うっているのがどちらのものかわからなくなってくる。強く先端を押さえられ、衝撃
が身体のなかを走りぬけた。飛沫が二人のあいだに飛び散っていた。
「とぉ、や」
アキラは脱力し、自分によりかかってきた。荒く息を吐くアキラは、まだ余韻のためか朦朧と
しているように思えた。思わずその背中に両手をまわす。
背中の狭さにため息が出た。ちがう、と小さく呟いて腕を解く。
息が収まると、アキラはヒカルの上からどいて横に寝ころがった。
「進藤、北斗杯の予選はいつだ」
「来週だよ。知らねェのかよ」
「予選にたいした意味はないからな。進藤、キミにとってもそうだろう?」
自分を食い殺そうとするかのような眼の光だった。昔は怯えたこの瞳を、今は揺るぐことなく
見据えることができる。そうだ、アキラの相手は自分だ。誰にもこの視線を渡さない。
新たな闘志が湧き起こってくる。
「……楽しみにしてろよ」
ヒカルは言い捨てるとベッドから下り、風呂場に行った。あらかじめ湯を張っておいたので、
身体の汗やその他もろもろを洗い流して湯船に浸かる。
目をつむり、まぶたの裏に棋譜を描いた。一手目は天元――――
(初手天元……どんなヤツなんだろう)
ヒカルにとって北斗杯予選は、意味のないものではなかった。

(34)
ヒカルは2回戦に社の名を見つけて、ひそかに心のなかで気合の声をあげた。
打ってみたくてたまらなかった相手だ。対局室に入ったとき、その姿を探した。見知らぬ人物
が二人いる。だがヒカルは社ではないと思った。
「6人しかいないね?」
和谷が尋ねると、関西棋院の二人が来ていないと言う。そうか、社はまだか。ヒカルは戸口を
睨んだ。なかなか来ない。まるで焦らされているかのようだ。とうとう時間となり、席を指示
されている最中、急に騒がしく人が入ってきた。
背の高い、薄い髪の色をした少年に目をすぐにひかれた。
(アイツが社だ)
探していた人を見つけたことに、ヒカルは喜びに似たものを感じた。だがすぐ対局は始まり、
ヒカルは意識の外に社を追い出した。だが午後の対局は、社のことで頭がいっぱいになった。


社は予想を遥かに超えた人物だった。こんなに対局がわくわくするのは久しぶりだ。
ヒカルは社の三手目、5の五を見、それから社自身を見た。社も自分を見ていた。気の強そう
な顔をしている。挑発するかのようなまなざしに、知らずに笑みが浮かぶ。
気を引き締め、ヒカルは石を盤上に放った。音が響く。相手に切り込もうと一手一手が激しく
交差する。周りには何も存在しない。社と自分だけがこの場にいる。
身体の底から熱くなってくる。相手を飲み込んでしまいたいという欲求が生まれる。社の一手
が自分をからめとろうとしてくる。だがそうはさせない。
危うく、きわどい局面を二人は戦っていた。
ヒカルは誰よりも社の深いところにいた。そして社もまた、自分の深いところにいた。
アキラと打っていないこの四ヶ月間、自分がひどく渇いていたことを知った。いや、アキラと
対局しても渇いていた。碁会所で打つのは、公式戦とは比べものにはならない。こんなふうに
せりあがる緊張感と興奮は、味わうことはできないのだ。
「くっ……」
ヒカルの放った手に、社が顔を歪めてうめいた。だがヒカルもまた、厳しい表情をしていた。
社の一手だけをヒカルは感じていた。そのためアキラが入ってきたことに気付かなかった。

(35)
越智と社の予選が決定した。勝ったほうが北斗杯の代表選手だ。
(オレは社と出たい)
このまま対局できなくなるのは嫌だ。社が選手に選ばれれば、また打つ機会ができるはずだ。
社との対局の検討は長引いた。明日があるので休めばいいという意見を社は突っぱねた。その
意気込みにヒカルは好感を抱いた。
ようやく解散するころには、外は暗くなっていた。
「進藤」
アキラの声に足を止める。アキラは自分の腕を取ると有無を言わさず階段にむかった。前にも
同じことがあったなと他人事のように思い出す。またマンションに連れ込む気だろうか。
だがアキラは数階降りて踊り場に立つと、そのまま壁にヒカルを押し付けた。
「んぅっ」
唇をふさがれた。しびれたように動かなくなる。嫌だと思うのに、身体はアキラを欲していた。
いや、アキラでなくても良かったのかもしれない。この熱を冷ましてくれる者なら、誰でも。
「こんなところで、するのかよ……っ」
「みんな帰った。誰も階段なんて使わないさ。守衛さんが見回る時間でもないしね」
そう言うとアキラは刺激するように膝を足のあいだに入れてきた。ヒカルは隙間を埋めようと
アキラの背中に手をまわした。お互いのベルトを外しあう。
「う……ん、んぁ」
唇のはしから声が漏れる。前をにぎりこまれ、膝が抜けそうになる。ヒカルは気を奮い立てて
アキラのモノを下着の上から触った。それはすでにガチガチに固まっていた。
首筋を舌ですくうように舐められ、むずがゆいような感覚が広がる。
「んぅぅッ」
指を入れられ、ヒカルは身体を強ばらせた。息を吐きながら力を抜く。アキラは二人の精液を
塗りこんでいる。その指はヒカルのなかを知り尽くしている。
「はっ、ぁあ、んくぅ……っ」
出したら汚れてしまう。ヒカルはアキラにしがみついて快感に耐える。だがすでににじみでて
いるものによって服は染みを作っている。
薄暗い階段の踊り場はどこか陰湿で、秘密めいていた。

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