賭け碁
(6)
オレ何でこんなことしてるんだろう。
カーテンは閉めているけど合わせ目からは細い光が見えて、外が青空だという
ことを忘れさせてはくれない。
こんなにも普通の空間で、なのにヒカル一人が下半身剥き出しで脚を開いている。
周りは何もおかしくないだけに、一層自分の格好の情けなさが際立った。
この部屋の全てのものがヒカルの姿を見ているような気がして恥ずかしくてたまらない。
頬どころか、肩の辺りまでお湯に浸かったように熱くなってきた。
きっと今、自分は真っ赤だ。
その時急に性器を撫でられ、ヒカルは危うく声を挙げそうになった。
一通り切り終ったアキラがそこに積もった残骸を払い落としたのだ。
びっくりした。やばかった…もうちょっとでオレ…
こんな時に声など出せば、この変態男は嬉しそうに笑って『感じちゃったの?』なんて
ふざけたことをのたまうに違いない。バカヤロ、んなわけあるか!
…そんなわけ、ねえもん…バカヤロ…ウ。
そう、そんな訳無い。その筈が無い。
こんな恥かしいことをされて感じたり、興奮したり、その気になったり……
そんなことある筈ないんだから。
だからこれは気のせいだ、錯覚だ。
皮膚という皮膚が燃え上がりそうに熱いのも。
心臓が暴れているのも、息が上手く吐けないのもこめかみから汗が伝うのも。
身体の奥の奥、一番弱い処が蕩け出して切なく疼くのも――…
錯覚なんだから、何も怖くない…
―――オレ、どうなっちゃうんだろう?
こんなことも、考えてるのは自分じゃない!
(7)
首まで染めて唇を噛み締めるヒカルをどう思ったのか。アキラが僅かに唇を舐めた
ような気がした。
「ジェル塗るから…冷たいかも知れないけど、ごめんね…」
「―――!」
かも知れないじゃなく、本当に冷たい。腰が浮き上がりそうだ。
ここの皮膚は結構弱いと、要らぬ知識が増えてしまった。
「剃るよ。動かないで…」
「あ、ちょ、ちょっと待て!」
「動かないでってば。」
「だって、こえーよ。」
鋭い刃がそこに押し当てられるのは、かなり恐ろしかった。
「大丈夫。ガード付きだから、肌を切ったりしないよ。ちゃんとジェルも塗ったし、
丁寧にするから。」
「絶対な?切ったら怒るぞ。」
「任せといて。」
何でこんなところでそんなに自信満々なんだと密かに毒吐いたが、よく考えれば
コイツのおどおどしたところなど見たことが無い。コイツはこれで自然なのだった。
そっと皮膚の上に固い物が乗って、ついと滑った。
「ね、痛くないだろ?」
確かに皮膚は切れていない。ただ、永らくそこにあったものが引き剥がされていく
感覚は痛みに似ていた。
それでいて何とも言えないむず痒さも生まれて、冷たいものを塗られたばかりの
そこがなんだか熱い。
刃が滑る。下りきって離れる際、透き通ったジェルが糸を引く。
そしてまた頂上に戻る。刃が滑る。どこまでも無慈悲に刃が滑る。
じょりじょりと音立てて、弱い地面を守っていた森は冷たい刃に刈り取られる。
あらわになったそこは視線の凶器で傷がつく。傷から熱が生まれる。
熱が全身に回って中から焼け付いてしまいそうだ。
(8)
熱いよ、どうしよう。こんなに恥ずかしいのに、イヤなのに!
見上げれば己を苛む灯り、俯けばみっともない自分の局部とそこを凝視して丹念に
手を動かすアキラ。さりとて眼を閉じるのも恐ろしく。
この熱が何処へも行けずに血中を狂ったように廻り続けるのと同じに、瞳の逃げ場も
何処にも無かった。ただ何かに縋りたくて虚しく瞬きを繰り返すだけ。
もう隠せなかった。ヒカルは昂ぶってしまっている、どうしようもなく。
悔しい。こんないやらしい行為で興奮するなんて、まるで変態じゃないか。
早く終わってくれ、このままじゃおかしくなる。
「ひっ…!」
もういっそ勃ち上がってしまいそうなそこを、剃りざま小指で掠められて
とうとう声が漏れた。
「バ、バカ!何すんだよ!」
「え?剃ってるだけだけど、ボク何かした?」
「〜〜〜〜〜〜!」
この男、絶対ヒカルの窮状に気付いている。そのくせすっとぼけやがって。
顔を引きつらせたヒカルに構わず、最後の芝が剃り落とされてそこには何にも無くなった。
「よし、綺麗に剃れた。」
ティッシュでジェルと細かい毛を拭き取りながらアキラは満足げに頷いた。
「ねえ進藤、訊きたい事があるんだけど。」
「答えねえ。」
勿論アキラは無視して続けた。
「どうしてキミのここ、こんなに熱いのかな?」
(9)
「…う、嘘。熱くねえもん。」
「それに耳まで真っ赤だし。」
「お前が変態プレイするから。」
「こんなに汗かいてる。息も…乱れてるね…?」
「………」
「ねえ、どうして?」
「…もう終わったんだろ?!どけよ!」
ヒカルはアキラを振り払って逃げようとしたが、ほんの少し横にずれるしか
できなかった。脚に力が入らない。つまり立てなかったのだ。
「くそぉ…」
「進藤。」
アキラが顔を覗きこんできた。ぷいと逸らすと耳に唇が押し当てられる。
そのまま直に囁かれた。
「興奮しちゃった?」
「し、て、ねえ!」
「ふうん?まあ、いいけどね。」
「! あっ、あ…」
いつもより更に過敏になった先端を突つかれて全身が震えあがる。
「なら、ちょっと突ついただけでボクの指がこうなった理由を教えてくれるかな?」
顔を戻され、目の前に突き出された人差し指には光るものが付着していた。
(10)
アキラはそれをヒカルのふっくらした唇にそっと塗りつけた。
下にひと塗り、上にひと塗り。健康的な色だった唇が妖しい艶に濡れていく。
アキラは瞳を開けたまま唇を寄せ、舌を出して先程の指と同じような動きで艶を舐め取った。
耐え切れずに瞳を瞑ったヒカルに軽くキスをして、もう一度囁く。
「してもいい?」
ヒカルは答えない。けれど否と言えるわけが無いのは解っていた。
その言葉にぴくりと下が反応したのも見逃さない。
首筋に顔を埋めて、大きく鼻で息を吸った。
「いい匂い。」
「えっ…」
「気付いてる?進藤、火照ると全身が匂ってくるんだよ。」
「………!!」
「ボクもキミのいい匂い嗅ぎながら剃ってて、すごく興奮してた…」
「バ、バカ…」
ヒカルは唇の色に劣らず真っ赤になってしまった。自分の匂いを指摘されるのは
とんでもなく羞恥を煽る。
「ちょっと腰浮かせてくれる?」
「えっ、何で…や、ヤダよ。」
「変な意味はないよ。新聞どかすだけだから。」
何をするために新聞を抜くのか考えれば、これでもかという程『変な意味』ありありな訳だが。
それでもヒカルは手を着いておずおずと尻を上げた。だってもう一人じゃどうしようもない。