天の花

(11)

「キミの事ばかり」
「え?」
「考えていると。言ったことがあるね。覚えているか」
「う、うん。覚えてる。中一の、四月だったっけ」
「そうだ。 そして今もそれは変わらない」
「……」
「あの時のままだ。ボクは…キミのことばかり、考えてしまう。どんな時も。
考えるまいと自分に言い聞かせても。ずっと、ずっと、ずっとだ!」
何か堪えきれない激情を吐き出すように、小さくだが鋭く叫んだアキラにヒカルは竦んだ。
「ごめん。…自分でも理解できなかったんだ。訳が解らず苦しんだよ。
でもやっと、答が出た」

やめて。
佐為は直感的に次の言葉を拒絶した。やめて、やめて、ヒカル、ここから出ましょう!

「これは、恋だった」

「キミが好きだ」

「ボクは、キミが好きなんだ。 やっとそれがわかった」


アキラが紡いだ三つの言葉は、きっととても美しく響いたのだろう。
だが佐為には、悪夢の始まりを告げる声だった。

(12)

自分の耳が拾った音の意味がわからない。アキラの顔も緊張で白いが
ヒカルの頭はもっと真っ白になってしまった。

「塔矢? おまえそれ何? 冗談?」
「…覚悟していたつもりだけど。実際にキミの口から否定されると辛いな。
冗談なんかにされちゃあ困る。本気だよ」
「あのーおまえ、だからそれ何だってば。何言ってんの?」
「好きだと言ったんだ。それだけだよ」
「………訳わかんね」
「初めての告白なのに、返事がそれか。落ち込むな。もっと言うなら、初めての恋なんだよ」
「………わかんねえよ」
「好きだよ。嘘じゃない。信じて欲しい」

ヒカルはその時、アキラの手に目をとめた。
長い指。真白い綺麗な手だ。その手が放つ石の強さを知っている。
アキラがその力を発揮する時、彼の手は怖いほどに力強く、輝いて見えた。

その手がはっきりと震えていた。
アキラの瞳も揺れていた。 
緊張、不安、恐怖。あの塔矢アキラが、そんなものを抱えて震えながらヒカルに
話しかけている。
彼は何を言っていた?

『好きだ』

「――――――!」

好きだと。
自分を好きだと、そう言ったのだ。
ヒカルの頬が一瞬で真っ赤に染まった。

(13)

「…わかってくれた?」
「え、え、ちょ、ちょっと待ってくれる?」
「いいよ、ゆっくりどうぞ」
「オレが、好きだって?」
「うん」
「あの、それが、恋だって?」
「そうだよ」
「やっぱわかんない。何でそれがオレ? おまえ緊張しすぎて言う相手間違えてない?」
アキラは悲しげに眉を寄せた。
「そんなわけないだろう」
「ご、ごめん…」
ヒカルは激しく動転していた。
言われたことの意味は、壊れかけの回路を何とか通過してようやく頭に入った。
が、入ったら入ったで、今度は頭がぐちゃぐちゃにかき回されたうえ火でも
つけられたようになって、もういっそ倒れたいとさえ思う。
アキラが、あのアキラが自分に恋をしたと、そんなことがありえるのか。
だってヒカルはアキラに思い切り嫌われている。見下されてさえいたのに。

「なんでオレが?」
まずは一番の疑問から解決しよう。でないと、煮えたぎった頭が噴きこぼれそうだ。

「何でかな。それはボクにも疑問だった。考えても考えても、どうして・どこがって
答は出てこない。ただ好きだって気持ちが溢れてくるんだ。
ボクはもう何故かと問うのをやめたよ。だってキミが目の前にいて、
信じられないくらい胸が苦しい。他の誰といてもこうはならない。キミだけが、
特別なんだ。今、自分の心臓の音を聞きながら、キミがそこにいるってことだけで
好きになる理由なんか全部事足りる、それでいいと思ってる。 納得できる説明が
欲しいキミには、悪いけど」

(14)

余計にくらくらした。
「オレってお前に嫌われてなかった?」
「嫌おうとしてもできなかった」
「オレのことなんか見下してたろ?」
「でも、諦められなかった」
「なんでオレを…って、あ、今訊いたんだっけ… えっと、じゃあ、なんで、
じゃなかった、えっと…」
もう ろくな会話もできやしない。頭を抱えて泣いてしまおうか。

「混乱させたね。悪かった」
見るとアキラは少し困ったように微笑んで。ヒカルとは逆に、言いたいことを全部
言ってしまってすっきりしたように、声からも余裕が出てきている。
「!」
手を熱く柔らかいもので包み込まれた。
「と、とう、や…」
雪の色と思ったアキラの手は溶かされそうに熱く、思わず振り払おうとした。
そうさせなかったのは握ってくる力の強さ。
「覚えておいて欲しい。今日のボクの告白を。キミに触れるだけで熱くなる手を。」
不安に揺れていた瞳はもう揺るぎない心を表すように力強く、そして燃える焔の
ようだった。
「好きだ、進藤。これがボクの全てだ。」

静かに手が離れた。

(15)

「今がどういう時か、わかってる。心を乱すことを言って済まないと思ってるよ」
「………」
「ボクはキミを酷く怒鳴りつけたことがあったね。キミの碁についてだ」
「…忘れるかよ」
「キミは傷ついたろうね。あの時は、ボクは碁のことだけでキミを見ていた。
勝手に憧れて、勝手に失望したんだ。だからキミがどう思おうと、慮る気もなかった。
でも本当の気持ちはそうじゃなかった。キミを求める意味は碁のほかにあった。
碁よりももうひとつの意味の方がずっと、ずっと強い。…それがどういうことかは、
もうわかってくれるね」

ヒカルは顔を火のようにして頷いた。
「ありがとう」
ふわりとした微笑に心臓が高鳴る。

「この気持ちは碁から離れたところでどんどん大きくなってるんだ。キミの碁は正直
気になって仕方が無い。でもボクは……もうキミが話にならないほど弱かったとしても
嫌えないし、強かったから恋したわけでもないんだよ」
「……塔矢…」
「だから試験の結果が出る前に言っておきたかった。話したいのはこれだけだ。
時間をとらせたね」
背を向けてドアノブに手を掛けるアキラをヒカルは呆然と見ていた。

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