お江戸幻想異聞録・神無月夜(かんなづきよ)
(其の弐)
(6)
淡いはしばみ色の乳首を吸うと、光は細く声を上げた。
深川に近い船宿の一間は狭苦しく、少しでも布団の上から這い出そうものなら、
板でできた壁に頭をぶつけそうなほどだった。
「なー、明…はやくじいちゃんの家に帰らないとじいちゃん、また心配するぜ。」
明は布団の上に転がった光の両脇に手をつき、上からとっくりと見下ろした。
西日が差し込む古びた部屋の中で薄桃色の体が花開き、雄蕊が脈打ってい
るのが見えた。
祖父が一刀流の師範だというわりに、光の体はひどく華奢だ。肩から腕にか
けては細くなだらかに、腰はゆっくりとした曲線を描いている。いつもは裏庭の
隅にある暗い蔵の中でそそくさと終わらせてしまうから、雑然とした船宿の中
であっても、こうして光の肢体を眺め回すのははじめてのような気がした。
船宿の小窓から差し込んだ陽が細い体を黄金色に染めている。膝立ちになっ
て角帯に手をかけながら、視線を光から離すことはない。光は恥ずかしげに目
を伏せ、うぶな娘のように両手で体を覆っていた。
着物を脱ぎ捨て、その手を掴んで布団に押し付ける。そうしていちぶの隙もな
いほどに体をくっつけると、じっとりと熱をもてあました肌が吸い付いてきた。だが、
その腕はだらりと布団の上におかれたままで、光の目は明を見ることもなく、そっ
ぽを向くように逸らされていた。そんな光を見ながら、明はなんとなく苛だたしい
ような気になってしまうのだ。
「昨日、倉田さんと何を話してたんだ?」
「え…別に…。」
いきり立ったものを光の小ぶりな魔羅にこすり付ける。光はいやいやと首を振り
ながら腰をひねった。
「きみ、倉田さんと話すときはやけにべたべたくっつくじゃないか。――倉田さん
と寝たのか?」
「ばか、ちがうよ。倉田さんはそういう趣味ねェよ!」
(7)
そういう答えが返ってくるのは百も承知だ。それに、光がでっぷりと太った倉
田と寝るなどありえないのもわかっている。だが、そう聞くたびにむきになる
光が面白かった。
「フン…。じゃあ、碁会所の河合とか云う人とはどうなんだい?」
「なんで河合さんのことが出てくるんだよ!」
光が舌打ちをしながら明の体にしがみついてきた。追い詰められると、光は何
とかして明をなだめようとする。
「きみはいきなりぼくを襲うほどの淫乱だからね…ぼくがきみにたぶらかされ
たと知ったら父上は…。」
極めつけは父・行洋に暴露するという脅し文句であった。おびえた光の目が
やっと明に向けられ、明の腕に指が絡められる。
「厭だ!それだけは…。」
光は破門にされるのを、追い出されるのを死ぬほど恐れている。実は行洋に知
れるのが一番怖いのは明自身なのだが、今、目の前でぶるぶる震えている光は
そんなことはつゆほども知らず、目に涙を溜めて明に懇願する。
「いやだ…追い出さないで…オレは明だけだから…。」
上目遣いに明を見上げるその瞳がびいどろのように輝き、そのはかないまなざし
に思わず抱きしめる。この瞳をいつまでも自分ひとりのものにしておきたかった。
顎を持ち上げて唇を重ねると、光が口を開けて、明の舌を待ち構えている。
ぴちゃぴちゃと舌がもつれ合う音が響き、濡れた雄蕊同士がこすれる。裏から
先にかけてすりあげるようにすると、甘い呻き声が漏れた。
(8)
唇を離して光を見下ろすと、光は恥ずかしげにまぶたを閉じた。腰をすりつ
けるようにして体を揺する。
「う…ん…ダメだよ…」
息を高まらせて体をよじる。もう一度、胸の蕾を舌先で弄ぶと、切なげな声を
漏らして明の肩を掴んだ。
甘い香りのする体につぎつぎと口付けていく。光は上ずった声を上げつづけた。
胸から腹へ、それから膝を割ってもちあがったものへと、徐々に唇を這わせて
いく。せわしない蔵の中での情事とは違い、光は明の一挙一動に体を紅に染め
て跳ねた。
いちぶのりを舌の上で溶かしつつ両膝を抱え上げると、光は素直に従った。な
かば手探りで裏筋から秘孔をさぐりあて、ゆっくりとそこを解きほぐした。
「うっ…う…ううん…」
指を二本差し込んで往復させる。ここに入りさえすれば、光は誰にも聞かせない
甘く淫らな声をあげて明に懇願してくるのだ。その刹那だけは光は明だけのもの
になる。いきりたったものをそこに押し付けると、肩にかけられた両脚が急かす
ようにぐいと明の体を締め付けた。
「ねえ、欲しい?」
唇のはじに意地悪い笑みを浮かべて聞くと、光が歯を噛みしめて胡乱な目つき
で明を見詰めていた。
(9)
本当は、欲しくてたまらないのは明のほうだ。だが、答えない光に明はふのり
で濡らされた入り口に切先を押し付けたり引いたりした。
光は短く息を詰めながら、腰をゆすりあげ、小さく呟いた。
「…ん…欲し…い…。」
目をとじて、解されたそこに押し入る。その刹那はいつも背筋がぞくっとして、
魂まで溶けてしまいそうだった。
「うん…。明ァ…。」
小さな唇をついばみながら、夢中で動く。熱を持った襞が明を締め付け、そし
て飲み込む。
だが、光を抱くたびに胸のうちにどす黒くたちのぼるものはなんだろう。光を
強く抱きしめるたびに、その心がどこかへ飛んでいっているような気がして、
明はますます不安になり、ときに光を意地悪く責めてしまうのだ。
「きみはぼくのほかに誰がいるんだい?」
「い、いねぇよそんなもん――。明だけだってば。」
「本当だね?――ぼく以外とはしないね?」
必死でうなづく光を前に、明は耳元で囁いた。
「もし、ほかの男に抱かれたいなんて思ったら…ぼくはきみを絞め殺すかも
しれないよ?」
(10)
自分でもばからしいと思った。細い髪、びいどろ玉のような瞳、やわらかく
ふっくらとした肌、光は愛らしい。迂闊なところもあるが、なぜか誰の心にも
スウッと入ってしまうような、あぶなっかしさがかえって助けたくなるような、
不思議な魅力をかもしている。弟子たちはもとより、己の両親ですら、このと
び色をした大きな瞳の輝きにやられている。
縁側で光が弟子や師範たちとなごやかに談笑しているのを見るにつけ、明は
たまらない嫉妬を感じる。
光の前ではみんながあっさりと警戒を解くし、光もすぐに溶け込んでいける。
体面を重んじる自分とは大違いだった。己をぐいぐいと押してくるような底力を
持ちながら、あまりに天真な光に誘い込まれるように明もはじめて赤の他人
に心を開いてしまったが、そうなればそうなったで、縁側のあたたかい風景か
ら光を切り離してしまいたくなる。
光を抱き起こし、膝の上にちいさな尻を乗せる。体重がかかって奥深くまで
えぐられ、光が苦しげに声をあげた。
光はもがくように明の背中に腕をまわしてくる。ちょうど目の前にきれいな鎖
骨があって、そこに舌先を当てると、わずかに光の背中が反った。
「あ…あっ…。」
「ほら、光――。自分で動いてみて。」
ぐっと腰を引き寄せると、熱をもったままだらりと萎えた光のものが腹に当たる。
光の指がきつく明の肩に食い込み、頭のすぐ上でハーハーと短く息を吐くのが
聞こえた。
「んはぁっ…んっ…んっ…」
光が小刻みに動くたびに、中もきりきりと明を締め付ける。
(11)
そうして揺れる小さい魔羅が生暖かい液を吐き出しながら、腹に擦り上げら
れている。
そっとそれを握りこむと、光の唇から息が漏れて、菊がキュウッと締まった。
「気持ちいいかい?」
「うん…ん…。」
「片腕で腰をひきよせ、片手でふっくらとした光のものを握り、そして首をか
がめて茜色に染まった乳首をぺろりとなめあげる。
「あ…んん…明…。」
「――好きだよ…光…誰にも渡さない…好きだ…。」
熱にうかされたがごとく、明はつぎつぎと甘い言葉を吐き続け、光はただ首を
縦に振るばかり、やがて二人は唇を吸いあい、荒い息を吐きながら布団に転
がりだしたのであった。
「あ…明…。」
西日が赤く染まっていくのが小窓から見えた。