お江戸幻想異聞録・神無月夜(かんなづきよ)
(23)
「あの…!云っときますけど、伊角さまとは昨日知り合ったばかりで…。」
「なに!?」
今度は門脇が目を剥いてその場に棒立ちになる番だった。門脇は首をかしげな
がら、もう一度、袴姿の光を上から下まで眺め回した。
「ほんとか?昨日、知り合ったって…。」
「ええ、そうです!手、離して。」
だが、門脇は手を離すどころかさらに力を込めて光の右手を握ると、ぐっと顔を
近づけてきた。
「――じゃ、俺にもまだ一縷の望みは残ってるってことか…。」
「え!?」
両手をぐいとひっぱられ、光の体がポスンと門脇の体に包みこまれた。わずかに
白粉の香が立ち上る。たぶん、どこぞの色茶屋で夜な夜な遊んでいるに違いない。
「や…離して…!」
「あ?先生、男に抱かれるのは初めてか?いいぞォ、男も。」
おまえごときに教わらなくてもこちとら厭になるほど抱かれた、と思いながら光は
身じろいだ。すると奥まった離れの障子が激しい音を立てて開いた。
「門脇殿っ!なにをしているっ!?」
藍色の着流しを身につけた伊角が障子を握り締めて仁王立ちになっている。
(24)
門脇は光を両腕で抱きかかえたまま、のんびりといい放った。
「おう、慎之介殿!光の君を送り届けようとしてたところだ。」
「ひ、光の君だと…?門脇殿ッ!早く光之丞どのを離せッ!厭がっているじゃ
ないかッ!」
昨日の物静かな様子とは打って変わって、伊角は怒髪天を射抜く勢いで顔を
真っ赤にしていた。
「可愛い先生をちょっとからかってみただけだ。そう怒るなって。」
「この方はいかに年若といえど、大事な先生なるぞ!無礼にもほどがある。」
伊角のあまりの剣幕に、門脇はようやく名残惜しげに光を離した。
「…い、伊角さま。門脇さまは右も左もわからないオレを連れてきてくださって
…ええと…洒落がお好きな方…なのですね…。」
光を前にいきすぎたとでも思ったのか、伊角は不服そうに唸りながらも、しぶ
しぶに光に合わせ、門脇がやっと手を離した。
「光之丞どのがお怒りでなければそれで結構ですが。」
「はい…。」
横で門脇がニヤリと笑い、片目を光に瞑ってみせた。
「ほら見ろ、光の君もまんざらでもないらしいぞ。」
「門脇殿!」
「わかったわかった。さて、お殿様はたいそうお怒りのようだ。俺はもう退散するよ。
じゃな、光の君。」
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門脇は光の頬に手を置くと、額に小さく口吻けた。伊角が慌てたのは云うまで
もなく、だが、門脇は風のようにいなくなってしまった。
「あ、あの――伊角さま。」
光はその額を押さえたまま、伊角を見上げた。黒い瞳がうろたえ、さまよって
いる。こんなに激情するとは思ってもみなかった。
「申し訳ございませんでした、光之丞殿。門脇殿は気さくで面白い者なのですが、
いかんせん冗談がきつすぎる。」
「いえ…オレ、気にしてませんから。」
促されるまま、草履を脱いで座敷にあがる。伊角はいまだ怒りおさまらぬといった
様子で、肩をわななかせている。その後姿に光はそっと呼びかけてみた。
「えっと…実は塔矢先生から書状の預かりものが…。」
そう云いかけた刹那、伊角の青い着物の袖がぎゅっと光を抱きすくめた。
「…伊角さま?」
「御免!」
伊角は上ずった声でそう呟くと、荒々しく光の唇を吸い上げた。伊角の唇が
しっとりと包み込む。髪にでもつけているのだろう、丁子油の匂いがほのかに
香った。どこか懐かしい香だった。
「…それがしのほうが門脇殿より余程不躾ですね。」
唇が離れ、伊角が顔を赤らめて呟く。光は小さく首を振り、そっと伊角の胸に頭
をもたせる。細い肩が伊角にぎゅうと抱きしめられ、今度は熱く熟れた舌が唇を
割って入ってきた。
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胸がズキズキと甘く痺れる。つかず離れずにいた金剛の身代わりにしようとし
ているのかもしれず、一抹の後ろめたさを引きずるも伊角のしっかりとした胸
の中はあまりに居心地がよくて、拒むことなどできそうにもなかった。
「お恥ずかしい話ですが、光之丞どのに一目惚れをしてしまって…それに、門
脇殿があんなことをするからつい…。」
顔を赤らめてそう呟く伊角の首に腕をまわした。伊角の大きな手が髪からうな
じ、そして背中をすべりおり、最後に尻を撫で上げられる。唇の間から詰めて
いた息が漏れた。
「ねえ、光って呼んでよ。」
伊角が息を飲む音が聞こえ、耳元で葉擦れのごとき小さな音がした。
「…それがしのことも慎之介と。」
「慎之介…さま…。」
ふたたび唇を強く吸われ、袴の結び目がほどかれる。衣擦れの音とともに袴が、
そしてその下の帯がパラパラと音を立てて足元に落とされた。
「光――抱きたい…。」
思いが堰を切って溢れ出したのだろうか。息を短く切らしながら、伊角は畳の
上に光もろとも転がると、荒々しく紬の衿を開いた。
「…う…ぅん…」
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首の筋を往復していく舌と唇の感触に頭の中が朦朧としていく。固くなった蕾
がためらいがちに転がされ、久しくそんな甘い弄られ方をしていない光の体か
ら力が抜け落ちていった。
「んっ…ふ…だめ…だめだよ…」
伊角の湿った舌が右の乳首を捕らえた。
「あっ…あ…あん…。」
片方が指で執拗にこね回され、もう片方を音を立てて吸い上げられると、もう
どうにかなってしまいそうだ。伊角は息を荒くして光の肩を甘噛みをしながら、
襦袢のすそに手を割りいれた。膝から足の間にツッと指がなぞった。
「や…そこは…」
「男に抱かれるのは――初めてですか、光。」
伊角は光がうぶだと思っているらしかった。一抹のうしろめたさを隠して、光
はあいまいに頷きながら恥らうように目を伏せた。
「光の肌、すべすべで柔らかい――でもここは…。」
歯が胸の蕾をやさしく噛み、舌先がからかうが如くチラチラと蠢いた。
「ァ――!」
閃く快感が体中を走り抜ける。背中を反らした拍子に腰を抱かれ、すでに立ち
上がっているであろう雄蕊を伊角の手が包み込んだ。
「もうここがこんなに…ぐしょぐしょに濡れている…。」
「……や…だ…。」