お江戸幻想異聞録・五月雨(さみだれ)
(其の六)
(34)
「雨、しばらく止みそうにもないなあ…。」
季節はずれの火鉢を横に、光は碁石を持つ手を止めて小さな庭を見た。庭の隅
にある紫陽花は青い大きな花をつけ、その葉が大粒の雨に叩かれ揺れている。
そういえば、目の覚めるような藍色の紫陽花は凛としたたたずまいが明之丞に似
ているような気がする。あの日以来、明はちっとも口を聞いてくれなくなり、すれ違
っても目を逸らす。
(当たり前だよな――。)
無理やり、巻き込んでしまったのだから。
ふぅ、と一つ溜息をつく。
「なんじゃ、長考かえ?」
平八郎がニヤリと笑って手に持った扇子をばらりと開いた。
「ちがうよ!雨が降ってきたからさあ…大丈夫かなって。」
「大丈夫?――洗濯物ならさっき取り込んだだろう。」
「――うん…そうだけど…。」
この雨で明の陰鬱な気持ちがふくれあがってなければいいけれど、と光はまたも
息をつく。
と、不意に表の戸口をどんどんと激しく叩く音。剣術の弟子でも来たのかと、
平八郎が腰を上げかけた。
「あ――いいよじいちゃん。俺が出るから。」
下駄をつっかけ、濡れないように傘をさして木戸を開ける。
「――どなたですかァ。」
「進藤っ!」
(35)
藍と白の細い縞紋を着た明が仁王立ちになって息を切らしていた。
「え…明!?お、おまえ、何しに来たの?」
「…。」
「とにかく、早く入れよ!おまえ、濡れてびしょびしょじゃねえか。」
手をひっぱって中に引き入れ、そのまま家に上げる。
「なんじゃ、光?――あ…!明殿、どうなさいました?」
おろおろしだす祖父を尻目に、光は明を部屋に押し込むと、手ぬぐいと黒の袷
を手渡した。
「とりあえず、着替えろよ。」
細い指がかすかに触れた。――冷たい。
「…ちょっと待ってろ。お湯沸かしてくるから。」
そう云って背を向けると、冷たくなった両手が背中から絡んできた。
「――え?明…おまえ…」
後ろから抱きかかえられ、光は手ぬぐいを手に身じろぎをした。
「…進藤…。」
うなじにつめたい唇が押し付けられ、光はぶるっと身震いした。
「あれから君のことで頭がいっぱいなんだ。ほら、今だって…」
腰をぐいとひきよせられて、足の間に硬いものが押し付けられた。
(36)
「や…離せよ…っ…今、お湯沸かしてくるから…」
「お湯なんかなくったって、きみを抱いているうちに熱くなるよ」
明は耳朶をやわらかく噛んだ。
「はぁんっ…!だめ…こんなところで…じいちゃんに聞こえる…。」
明の手がするりと合わせ目から中に入れられ、さまようようにすべらかな胸を
撫で上げる。ちいさな蕾をさぐりあてられ、冷えた指先がそれに触れただけで
体がヒクッと揺れた。
「あ…!」
膝ががくがくと震えるのを見て、明は光の手を取り、壁に両手をつかせた。
「明っ!ま…待ってよッ!」
だが、明は荒く息をつきながら光の着ている小袖をたくしあげていた。
「待て…待てってば!こんなんじゃ入らないってば!」
じたばたと暴れる光を前に、明はハァハァと息をしながら光を羽交い絞めにした。
「じゃあ、どうすればいいんだ?え?」
「……。箪笥の中に印籠があるから…。」
「印籠…?」
かげまの時についた癖で、印籠にはいちぶのりを入れている。もっとも、近ごろ
ではそれは自分で慰めるときに使っているが。
印籠の中から小さく切ったふのりを取り出し、舌の上にのせる。明はそれを物
珍しそうに見ていた。
「いちぶのり、って云うんだよ。これを使わないと切れて血が出る。おまえだって
相当痛い目にあうぜ。」
(37)
光は明を牽制するように睨みつけながら、口の中でふのりをふやかし、それを
人差し指の上に取り、ざっと黒絣の着物をたくしあげて下帯の間から菊座に塗
りこんだ。
明はほうと息をつきながら一部始終を見ていたが、急に光の下帯をぐいと掴
むと、乱暴にそれを解いてしまった。
「なにすんだよ!」
「ね、もっとよく見せて。」
明は光の着物の裾を持ち上げたまま、そこに正座して光を見上げるとうっとり
とした目をする。普段では考えられぬほどのその表情に、光は舌打ちしながら
ふのりを塗り付け、指先を菊座に押し込んで慣らした。
「ふぅん…進藤って、こんないやらしいことしてたんだ…。」
その言葉に身の毛がざわりと逆立ち、明が光の細い腰を抱きかかえてぐいと
引き寄せた。
「な、なにすんだよ!」
尻を突き出すような格好になって、思わず菊座にはまりこんだ指を抜こうとす
るが、その手はがっちりと明に掴まれていた。
「暴れるとここに火箸を入れちまうよ。」
ぞっとするような低い声で囁かれ、光は凍りついた。明は光の手首をつかむと、
無理やり菊座に入れた二本指を出し入れさせる。
「あぁ…ん…」
(38)
思わず、声が漏れてしまった。明がくすくす笑う。
「かわいいね…進藤って…。」
「や…やだ…見ないで…」
カァッと体が火照り、声が小さく震えた。かげまの頃は大店の旦那や老猾そう
な僧侶相手に股を開いても屁とも思わなかったのが、女を抱いたことすらない
ような同じ年頃相手に煽られている。明の低い声は徐々に喜色がかっていた。
「ふふ…。ね、光って呼んでもいい?」
「う…うん…。」
「ひ…かる…すごく綺麗だよ…ここ…」
「あ…あァ…!ダメだってば…」
「初めて見た時は女の子だと思った――。色白でかわいくて…でも、こんなこと
してたなんて…。」
「や…やだっ…。」
明に掴まれた手首が痛い。もはやその指先は自分のものであって自分のもので
はないような気がした。二本指が奥まで入れられるとやわらかい肉襞が締め上げ
る。
「ふうん…こんなに入っちゃったよ。」
手をつかまれ、強引に出し入れを繰り返される。菊座をこすりあげていく感触が
背骨に響いた。
「あ…ああっ…。」