吸魔2
(31)
「あ…あ……」
血を吸われ、代わって別の何かが注入される感触にヒカルは体の芯から酔う。
十分に熱が高められた部分に更に熱が注がれ、下腹部が溶け落ちるような切ない感覚に
支配された。
痛みによって一時勢いを失った局部も芹澤がそのまま口に含み慰撫することによって
回復する。
細腰を抱え込んでいた芹澤の片手が汗ばんだ皮膚の上をゆっくりと移動し、
ヒカルの腿と机の間に差し入れられ、柔らかな双丘の谷間の中心部を目指す。
熱く昂ったヒカルの中心部を口に含んだまま、指先はその根元の奥まった体内への入り口を
こじ開ける。その向こうの一層熱を帯びた粘膜が柔らかく芹澤の指先に絡み付く。
「…っ」
すっかり四肢を投げ出し芹澤にされるがままになっているヒカルは、じわりとした
鈍い痛みがその部分に広がっていくのにも無抵抗だった。
やがて芹澤の指先がすっかりヒカルの体内に埋められ、ある箇所を探し当てて一定の刺激を
与え始め、舌でヒカル自身を強く滑らかに刺激する。
「アッ…ハッ…あっ…んんっ…!!」
ほとんど感覚の頂点にいたヒカルは一瞬の内に限界に達するままに芹澤の口の中に
自分を放出した。
「んっ…んっ…っ」
感電したような衝撃の後ほとんど全裸に近い状態で机にぐったりと体を広げて横たわったまま
ヒカルはうっとりと快楽の余韻に浸っていた。
ヒカルの体内の深くに指を挿れたまま、芹澤がそんなヒカルの恍惚とした表情を満足げに
見下ろし観察する。
そしてヒカルの唇に自分の唇を深く重ね、唾液を流し込む。
ゴクリとヒカルの喉が何度か音をたてる。
(32)
「んっ…」
唇を離されると、ヒカルは舌で自分の唇の周囲を舐め、芹澤の顔を両手で抑え込んで
甘えるように「もっと欲しい」という意思表示をした。
が、それには芹澤は応えずヒカルの手から振払うように顔を離し、芹澤は身を起こした。
「最初は僅かに“交換”しただけでも消化不良を起こしてひどく辛そうだったが、かなり
慣れてきたようだね…。それに、こっちの方もだいぶ慣れたようだ…」
芹澤はヒカルの内部から指をゆっくりと引き抜きかけ、指を増やし、汗ばんで熱く脈打つ
狭門を更に押し広げる。
ビクリと腰を跳ね上げて「くウ…ん」とヒカルがくぐもった声で呻く。
「そろそろかな…今日こそは…」
もう片方の手で優しくヒカルの髪を撫でながら、一方のその部分が十分に熟し軟度を
持っていることを確認すると、芹澤は自分のズボンのベルトをカチャリと外しにかかった。
そうしてヒカルの顔に自分の顔を近付け、ヒカルの耳元で囁くように問う。
「もう一度聞くよ、進藤くん。…君の全てを、私だけのものにしていいかい?…」
ぼんやりと天井を眺めていたヒカルの瞳が一瞬大きく見開かれる。
「私のものになりたいかい?…」
するとヒカルの唇がふわふわと動き、何かを答えようとするが、必死に強く閉じると、
かろうじて聞き取れる声で答える。
「…だ」
体内で曖昧に動く芹澤の指の感触による呼気の合間にかろうじて言葉を綴る。
「い…やだ…、それだけ…は、ダ…メ…なんだ…」
答えるとヒカルはそのまま疲労しきったようにがくりと首を横に倒し目を閉じてしまった。
(33)
問いかけに対してほとんど本能的に答えたのであって、熱に浮かされ自我意識は
未だ朦朧としているようだった。
それだけにヒカルの最後の精神の砦はまだ崩されてはいない事を示していた。
芹澤は小さく舌打ちをするとヒカルから手を離し、ハンカチで指やヒカルの体に残った
体液の汚れを拭い、自分の着衣や髪を整える。
抱きかかえるようにヒカルの上半身を起こして服を着せて、手櫛で髪も梳き、
上着のシャツもきっちり首元のボタンまで止めた。
ヒカルは眠りに落ちる寸前のように脱力していたが、芹澤の手で顎を掴まれ、強く
揺さぶられると重そうに目蓋を上げた。
そのヒカルの額や目蓋に優しくキスをすると、芹澤はヒカルを床に立たせた。
「しっかりしなさい…進藤くん、今日の分はこれで終わりだ」
ヒカルはまだとろんとした視線だった。
その頬を軽く手の平でぴしゃぴしゃ叩き、肩を揺さぶって芹澤は言葉を続ける。
「この後私の自宅でゆっくり君と碁を打ちたいところだが…急用があってね。
続きはまた明日にしよう」
ヒカルはまだ手を離せばすぐに机の上に倒れ込んでしまいそうだった。
芹澤は多少乱雑にヒカルの唇を深く重ね合わせ唾液を流し込み、ヒカルは激しく
咽せ込んだ。
そして強い口調で呼び掛けられた。
「目を覚ましなさい。まだ完全ではないが、十分君は私と“交換”している。
かなりの“力”を得たはずなのだ」
(34)
咳き込みながらようやく眠りの淵から引き戻ってきたように、ヒカルの目に
意識が宿り、芹澤の言葉に反応した。
「…“力”…?」
「そう…そしてこれからも私が他から得た“力”を君に与え続ける…私も君から
“力”を受け取る。間違いなく君は――我々は最強の棋士となるだろう…」
「…最強の…」
芹澤の言葉をなぞるようにヒカルが口の中で繰り返す。
「そう…今の君はあの塔矢アキラよりも強い。自信を持ちなさい」
「…塔矢アキラより…強い…」
「そうだ、進藤くん。実は彼は“我々”にとっていろいろと厄介な存在でね…かなり
用心をしてきたのだが、でももう大丈夫だ。君はこの一週間でかなり強化されたはずだ。
もう塔矢くんを怖れる必要はないだろう」
芹澤の言葉を聞くに従って、ヒカルの目付きが段階を経て硬質なものに変化し
芹澤を鋭く見つめ返す。
「オレは…塔矢アキラより…強い…」
先刻までの甘い泣き声を吐き漏らしていた弱々しい幼な子のようだった顔はすっかり
大人びた別人のようなものに変質していた。
そしてその瞳は氷のように冷ややかで無機質なものだった。
棋院会館のエントランスの柱の影に立って、アキラはヒカルが出て来るのを待っていた。
エレベータが一階に到着し扉が開く度に出て来る人物の中にヒカルの姿を探した。
どうしてもさっきのヒカルの様子が腑に落ちなくてこのまま帰ることが出来なかったのだ。
そこに芹澤が一人で下りて来たのを見て、アキラは慌てて身を隠した。
(35)
芹澤は棋院の職員と二〜三言葉を交わすと何か鍵のようなものを返し、ロビーを横切って
駐車場への通用口へ消えていった。
「進藤は…?」
アキラはまだ棋院の建物内にいるはずのヒカルを捜しに行こうか一瞬迷ったが、間もなく
エレベーター脇の階段をゆっくりと下りて来たヒカルを見つけた。
ヒカルはアキラのいる正面玄関の方に向かって真直ぐに歩いて来る。
その途中で向こうもアキラの姿に気付いた。
手合いの後で話し掛けた時に逃げるような態度をとられただけに、アキラはまたヒカルが
自分から逃げ出すのではないかと緊張した顔つきになった。
だが、ヒカルの方も若干身構えるような様子だったが、そのまま進んで来るとガラスの
自動ドアをくぐり、何事もなかったかのようにアキラの脇を素通りして表に出ようとした。
「待ってくれ、進藤…」
なるべく静かにアキラは声を掛けた。
ただ進藤と落ち着いてゆっくり話をしたい、それだけだった。
すぐにヒカルが足を止めてくれたのでアキラはホッとした。
「進藤、さっきの話なんだが…」
アキラがそう言いかけた時、ヒカルは大袈裟にうんざりとするように肩で溜め息をついた。
「…相変わらずしつこいなあ…、ストーカーかよ、マジでさ…」
「えっ?」
そして振り向いたヒカルの顔を見て、アキラは驚いた。
かつて見た事がないほどに冷たくアキラに対し敵意と悪意を込めた目だったのだ。
「進藤…?」
「あーーっ、わかったわかったよ、良い機会だからハッキリ言うよ。オレ、お前がホント
いい加減鬱陶しくてしょうがなくなっちゃたんだ。わかる?」
「そ、それは…、…」