吸魔2

(41)
「いいからっ…早く…っ!」
ヒカルの真剣な目に気押されように、アキラは躊躇いながらも再び傷口に唇を当てて、
そっとヒカルの血を吸いとった。
「…ハア…」
アキラが血を吸い始めるとヒカルは溜め息をつき、うっとりと目を閉じて体から力が
抜けてしまったかのようにアキラの体にもたれ掛かってきた。
傷口は思ったより小さく、出血の量も僅かで程なく止まった。
アキラにすっかり体重をあずけたその状態で、震える声でヒカルが呟いた。
「…ゴメン…塔矢…、…オレ…変なんだ…」
アキラは唇を離してヒカルに訊ねた。
「変って…?」
聞き返すアキラの顔にヒカルは自分の顔を寄せて来る。
「…進藤?」
ヒカルの視線は、アキラの首元に注がれていた。ヒカルの爪によって皮膚が切れて
血が滲んでいたのだ。ヒカルはその部分に唇を触れさせた。
「進…」
訳もわからずアキラはそのまま動けないでいた。ヒカルの温かい舌が皮膚の上を滑り
傷口の血を嘗め取るのを感じた。
しばらくしてヒカルはそこから顔を離すとアキラの顔を見つめ、今度はそのアキラの唇に
自分の唇を深く重ねて来た。アキラが驚いて目を見張った。
ヒカルはアキラの口の中に舌を挿し入れ、夢中な様子でアキラの唾液を吸い始めた。
「……!!」
理解を超えるヒカルの行働に動揺しながらも、アキラはヒカルのしたいように
させようとじっとしていた。

(42)
そうしてひとしきりアキラの口内を吸うと、ヒカルは「ハア…」と溜め息をついて
アキラの肩に頭を乗せ、ようやく落ち着いた様子を見せた。
それでも体の震えは止められないようで消え入りそうな声で呟く。
「…オレ、怖い…」
「怖いって、何が?」
「自分が…自分じゃなくなる…」
アキラは自分のポケットからハンカチを出すと、ヒカルの傷付いた手をそれで包み縛った。
「話してくれ。キミに何があったんだ?進藤…」
そのままの姿勢で優しくヒカルの背を擦りながらアキラは静かに訊ねた。
「よく…わからない…ただ、時々自分がどこで何をしているのかわかんなくなるんだ…」
「ボクと対決しようと言ったのは、覚えている?」
ヒカルは首を横に振った。
「手合いの後で塔矢が声を掛けて来たのは何となく…でもその後くらいからは…あまり…」
「芹澤先生と会っていたことは?棋院で先生と何を話したんだ?」
「芹澤…先生…」
その名を聞いたヒカルがカタカタと強く体を震わせ始めた。ハアハアと呼吸が荒くなった。
「進藤?」
アキラが心配そうにヒカルの肩を強く掴んだが震えは止まらないようだった。
ヒカルの頭の中には芹澤と自分が何かを話している場面が浮かんでいた。
芹澤の顔が自分に近付き、何かを囁く。芹澤の手が自分に触れる。
その先の事が突然霧がかかったように記憶にストップがかかってしまう。
無理に思い出さない方がいい、そんな気もする。
アキラにこれ以上関わって欲しくないと考える自分がいる。その一方で、
助けて欲しいと叫んでいる自分がいる――。

(43)
「芹澤先生が、キミに何かをしたのか?」
そう聞かれてもヒカルは辛そうに両手で頭を抱え込むだけだった。
「わからない…覚えていない…いつも夜、気がついたら自分の部屋のベッドにいるんだけど
その日にあったこととかわかんなくて…だからさっきまでもそんなだったんだけど…」
「ボクがキミの血を吸ったら、治った…?」
アキラの言葉にヒカルはこくりと頷いた。
「…そんな感じ…」
ヒカルはハンカチが巻かれた自分の手を見つめた。
「塔矢に手を吸われた時…それまでぼんやりした頭がハッキリした…泥の中にいるみたいに
体が重くて辛かったのが、急に楽になったんだ…」
そう言いいながらすぐ横のアキラの顔を見て
「信じられないよな、こんな話」
とヒカルは苦笑しかけた。だが、急にカッと顔を真っ赤にした。
先の自分の行働を思い出したのだ。
「ご、ゴメン…ッ!塔矢…!変なことして…」
ヒカルは慌ててアキラから離れようとしたが、アキラはそのヒカルの腕を掴んで引き寄せた。
「ボクに出来る事なら、何でもする。キミの話をもっと聞かせて欲しい。助けが必要なら
手を貸す」
ヒカルの体の震えを止めようとするように、アキラは両腕でヒカルの体全体を抱き締めた。
「塔矢…」
ヒカルは驚いたようにアキラの顔をまじまじと見つめて来た。
「信じるのか?塔矢、オレの話を…オレ自身よくわかんないのに…」
するとアキラはヒカルの目を真直ぐ見返して頷いてくれた。

(44)
そして何かを思い出したようにヒカルの手を取った。
「ちょっとごめん、進藤」
アキラはヒカルの両手の平や甲、子指の付け根辺りを慎重に眺め、
シャツのそで口をまくってみる。
ヒカルがビクリと怯えるようにして手を引っ込めようとした。
「動かないで…」
以前に見かけた、小指の付け根の小さな赤い傷はほとんど消えていたが、ヒカルの
左腕の肘近くに別の赤く二つ並んだ傷痕があった。
今度はアキラはヒカルの首元を見た。
やはり反射的に首を竦めようとするヒカルの顎を掬い上げ、襟元を下げると
ヒカルの首筋の両脇に古い傷が、そして喉元深くについさっき付けられたばかりの
ような赤い穴が二つあった。その周囲はうっすらと青くなっていた。
それらを見た時に一瞬アキラの中にある映像が浮かんだ。

――黒い服に身を固めた男がヒカルの手首を掴み、その小指の付け根に唇を当てる。
するとヒカルが呻き、身を捩らせる。だがすぐにぐったりと動かなくなる。
男が唇を離すと、そこには紅い二つの小さな傷口が付けられていた――。

その場面を、自分は目にした事がある。
尋常ではない出来事が、ヒカルの身に起こっている。それだけはアキラにはわかった。
そしてそれには芹澤が関わっている――。

(45)
「しっかりしろ、進藤。ボクがついている。芹澤先生には、明日も会うのかい?」
「多分…」
アキラに問われてヒカルにはそうとしか返事が出来なかった。
「自分の意志で芹澤先生に会っているわけじゃないんだね?」
アキラが確認すると、ヒカルはコクリと頷いた。
「わかった。明日は一日ボクと一緒に居よう。朝、君の家に迎えに行く。それまで家から
出ないで待っていてくれるかい?」
「う、うん…」
ヒカルは自信なさげに頷いた。できれば朝までこのままずっと、アキラに傍についていて
欲しかった。
だがヒカルの顔を見つめるアキラの表情があまりにも真剣で、かえってヒカルは
あまりアキラに迷惑をかける事は出来ないと思った。
無理にでも明るい表情をつくってヒカルは答えた。
「いや、大丈夫。明日、オレ、自分で塔矢んとこの碁会所に行くよ」
「ダメだ、ボクが迎えに行く」
「ホントに大丈夫だって!」
それでもアキラは不安そうにヒカルを見つめていたが、さっきまでと比べて
ヒカルがかなり落ち着いているように感じ、ほおっと息をついた。
「じゃあ、明日、ボクは8時半には碁会所に来ているから…」
そして念を押すように何かあったらすぐに連絡するようヒカルに言った。
アキラはヒカルを家まで送ろうとしたが、ヒカルは断って、そこでアキラと別れた。
ヒカルの後ろ姿をアキラは不安そうに長く見送っていた。
だが、そこから離れるにつれてヒカルの表情が再び冷ややかで無機質に変化していった事を
アキラは知らなかった。

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