吸魔2

(51)
「…やはり、進藤くんと違って君は相当暗示にかかりにくい体質のようだね。
あのまますんなり気を失ってくれれば、手荒なマネをしないで済んだものを…」
溜め息をつきながら感心するようにそう言うと芹澤はアキラの右腕を掴んだ。
「!?」
アキラは振り解こうとしたが強い力でそのまま芹澤の口元に右手を持っていかれる。
「…やめろっ!!」
ヒカルの小指の付け根の傷痕のことを思い出してアキラは叫んだ。
だがそのまま芹澤にその右手の小指の付け根を吸われ、その部分に芹澤の
歯が立てられたと思った次の瞬間、針を差し込まれるような鋭い痛みが
手首近くまで走った。
「やめ…うっ!」
芹澤に手を吸われる間アキラは必死にもがこうとするが、ヒカルに物凄い力で
捕らえられていてどうにもならなかった。
やがて痛みが消えて、代わって同じ場所から何かが体内に注入される嫌な感触がした。
「んっ…」
急に身体に力が入らなくなった。それと同時に、それまで断片的だった一つ一つの
ある記憶が全て鮮明にアキラの脳裏に蘇った。
黒い衣服に身を包んだ長身の男。
――あなたの血をくださいませんか…
そう言ってアキラの体の各部位に口元から針を差し込み、血を吸い、自分の血を
注入する事で相手を支配する魔族。獲物をより深く支配するために血以外の体液も
全て利用しようと求める者達――その記憶だった。

(52)
「くっ…」
途絶えそうになる意識を必死で精神力で繋ぎ止め、アキラはヒカルに呼び掛け続ける。
「進藤…!こいつの言いなりになるな!…進藤!!」
無表情でアキラを捕らえていたヒカルだったが、そのアキラの声に僅かばかりに反応し
人形のような目の奥に微かに光が揺れた。だが力は緩めようとしなかった。
「…チッ」
芹澤は舌打ちしアキラの反対の腕を掴み、今度はその手首部分に深く食らい付いた。
「あうっ!」
さっき以上に太い針に貫かれるような激痛にアキラは呻いた。そこからまた血を吸われ
何かを注入されると一気に全身から残りの全ての力が抜け、ヒカルの腕から滑り落ちる
ようにしてアキラの体は2人の足元にゴトリと倒れこんだ。
それでもアキラはかろうじて残された意識で目を見開きうわ言のように
「進藤…進…藤…」と繰り返す。
アキラを捕らえていた時の腕のかたちのまま、暫くヒカルは呆然と床の上のアキラを
見下ろしていたが、次第に体を震わせ始めた。
「…と…お…や…?」
すぐさま芹澤がヒカルの肩に手を置いた。
「彼の事は心配ない…君は何も気にすることはないよ、進藤くん…」
そうしてヒカルの顎を持ち上げ、芹澤が唇を寄せて来た。
「うあああっ!!」
芹澤の顔を、ヒカルは反射的に夢中で手ではね除けた。鈍い音が廊下に響いた。
「…どうしたのかな?進藤くん」
払い除けられ、ゆっくりとヒカルの方に向き直った芹澤の目付きは笑みを浮かべているが
人のものとは思えない程冷ややかなものだった。
芹澤の頬に、紅くヒカルの爪痕が二つの筋になって刻まれていた。

(53)
「あ…うあ…」
ヒカルがカタカタと全身を震わせた。そうやって芹澤に見つめられた途端、身体が
凍り付いたように動かなくなってしまった。
それでも床に倒れているアキラの方を見遣って、錆び付いたブリキ細工の人形のように、
ギシギシと体を軋ませるような動きで屈み込みアキラに手を差し伸べ触れようとした。
「と…や、塔矢…っ!」
アキラもまた、うつ伏せの状態で必死にヒカルの声がする方に手を伸ばす。
それを制するようにして芹澤はヒカルの両肩を掴み壁に押さえ付けた。
「は…な…せ…、は…な…せ!!」
自由にならない体でヒカルは必死に首を振ってもがく。
「…かなり深く暗示を掛けたつもりだったが…やはりまだ不完全か…」
芹澤は溜め息をつき、アキラをちらりとみると、もう一度ヒカルの顎を捕らえ、怒りと怯え
の入り交じった表情で睨み返しているヒカルの目を覗き込んだ。
「君は素直で良い子だ、進藤くん。ただちょっと、やり方を変えさせてもらうよ」
優しく囁くような芹澤のその言葉に、ヒカルは色を失い息を飲んだ。
芹澤はヒカルの口を指で大きくこじ開けてヒカルの唇に深く自分の唇を重ねた。
「んっ…!」
口内を奥まで芹澤の舌に弄られて眉を顰めてヒカルが苦し気に呻く。
アキラが驚いて大きく目を見開くがどうする事も出来なかった。
「ん…ぐ…っ!」
舌を強く芹澤に吸われた次の瞬間、その舌に針が刺し込まれヒカルの表情が苦痛に
大きく歪んだ。
「んっ!んっ!……っんんーーっ!!!」
ガクガクとヒカルの肩が震え、重ね合わせた唇の隙間から唾液に血が僅かに混じって
ヒカルの顎を滴り落ちた。

(54)
「…し……ん…ど…」
聞こえて来た悲鳴からヒカルの身に何かがあったと感じたアキラだったが、
ヒカルに呼び掛けようとして限界のように視界がぼやけ、意識を途絶えさせた。
ヒカルもぶらりと両腕を力なく下げ、芹澤が顔を離すとそのままずるずると壁に
もたれかかるようにして崩れ落ち気を失った。
芹澤は自分の唇の周囲を軽く指で拭うと、床に倒れているアキラを仰向けにし、
本当に意識を失っているか慎重に観察するようにその顎を持ち上げて見つめる。
「こんなに早く手に入るとは思わなかった…もっと慎重な性格かと思っていたが…」
真直ぐな黒髪を指で梳き、長い睫や薄く整ったかたちの唇に魅入り、滑らかな白い
頬を撫で、感心するように間近で眺める。そして
「…念には念だ」
と、そのアキラの唇を大きく開かせるとヒカルの時と同様にその舌を深く吸った。
一瞬、ビクリとアキラの体が震え、僅かに手が持ち上がって苦し気に何かを掴もうと
するように宙を彷徨った。
だがそれも直ぐに再び力なく床に落ちた。


薄暗い明かりの中で、肌寒さを感じてヒカルはぼんやりと目を覚ました。
ただすぐにはいろんな感覚が戻らなくて、目を開き、ハッキリしない視界を
周囲に漂わせていた。
わかるのは、今、何処かのベッドの上に胎児のように体を丸めて寝かされていること、
そして何も衣服を身につけていないということだった。
「…寒い…」
頭ではそう思っても、毛布か何か周囲にないか探る事も出来なかった。
少しでも体を動かそうとするだけで、関節が重く軋み痛かった。

(55)
動けないまま、ヒカルは必死に昨日アキラと別れた後からの記憶を辿ろうとした。
断片的に思い出すのは、芹澤と碁を打っていた事、そこへ塔矢がやって来た事、
そして床に倒れ込んだアキラの姿だった。
「塔矢…!」
アキラの姿を探そうと必死に首を左右に動かし目を凝らすヒカルの目に、古めかしい
洋風の天井と大きな絵が掛かった壁が見えた。
その反対側の壁の方を向くと、自分が居るベッドの隣にもう一つベッドがあり、誰かが
その上横たわっているようだった。
「………?」
激しい目眩がする中で、ヒカルは一度強く目蓋を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
ようやく焦点が合ったヒカルの目に映ったものを見て、ヒカルは驚いて目を見はった。
全裸のアキラが、四肢をベッドの四方に大の字にベルトのようなもので固定されていた。
「目が覚めたかい?進藤くん」
声がする方を見ると、アキラのベッドの足元の方の壁際の椅子に腰掛けた
黒いバスローブだけ一枚羽織っている芹澤の姿があった。
芹澤はニコリと笑うと、立ち上がってアキラの脇のベッドに移動し腰掛けた。
アキラは完全に意識を失っているのか、表情は全く動かない。
僅かに胸部が上下に動いていることで生きているのはわかるが、その横顔も全身も
血の気が全く失せたように青白かった。
芹澤がそのアキラの体の上に指先を滑らせた。喉から胸、そして腹部へと
高価な芸術品を愛でるように撫でていく。
「心配しなくていい…塔矢くんは深く眠っているだけだよ」

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル