吸魔2
(61)
「あ…っ、あ…あ、あ…!」
ヒカルは両手を脇のシーツの上を彷徨わせ、それを強く握った。マットの下に折り込んで
あったシーツの端が引き抜かれ、ヒカルの周囲に乱れた皺の波を生成する。
「う…う…、ん…っんんーー!!」
あまりの苦しさに目を見開いては強く閉じ、額や胸や腿の内側に脂汗を滲ませ、
それでも出来るだけ大きな悲鳴を出さぬよう耐え忍んだ。
アキラの目を覚まして今の自分の姿を見られたくなかった。それだけは避けたかった。
芹澤は慎重に、傷を負わせぬようゆっくりとした動きでヒカルを征服していった。
「期待した通りいい具合だ…素晴らしい…」
己の体の下で一寸刻みに身体を拓かれる行為に呻き苦痛に表情を歪めるヒカルを、興味深気に、
珍しく興奮気味に呼気を速めて芹澤は観察する。
「軽く暗示をかけて盛りのついた雌猫のように甘くねだる姿も良かったが、今の素のままの君の
反応も味わい深い…」
苦悶し喘ぐヒカルを愛おしそうに見つめ、芹澤は恍惚とした表情で最後の力を込め、
完全に自分をヒカルの中に埋め切った。
「うあ…っ…っ…、痛…い…痛…っ…ア!!」
埋め切って更に二度三度芹澤に揺さぶられ、ヒカルは硬く閉じた目尻を涙で漏らして首を
左右に振り身を仰け反らした。
「アアッ!…ア、や…ア…ッ!」
密着した箇所がドクドクと脈打って、もうわずかでもそれ以上に力を込められたら
体が二つに裂けてしまいそうだった。
「…はや…く…出てけよオっ…、もう…気が…済んだだろ…っ!!」
精一杯の余力でヒカルは芹澤を睨み訴えた。抱え込まれた下肢がガクガク震えて
止まらなかった。早くこの苦しさから開放されたかった。
だが芹澤はそれには応えず、ヒカルの反応をじっくり満喫すると体を屈め、ヒカルの顔に
自分の顔を近付けていった。
(62)
唇を求められていると思ったヒカルは咄嗟に顔を横に背けた。
だが芹澤が望んだのはそうではなかった。ヒカルの目尻の涙の痕を舐め取り、頬に唇を
触れさせ滑らすとその顎の方へと移動し、首筋に吸い付いた。
「っ!」
瞬時にヒカルは芹澤が何をしようとしているか理解して悲鳴のような声をあげた。
「やだっ…!…やめろっ…吸うの…は…!!」
「痛い思いだけで終わるのは可哀想だからね…」
既に芹澤の歯の根元から突き出したニ本の針はヒカルの皮膚の中を進んでいた。
「いや…あ…だ…っ…」
シーツを掴む手に力を込め、歯を食いしばってもヒカルには自分の血液が芹澤に吸われ、
代りに芹澤から何かを体内に注入される事を拒む事は出来なかった。
「ふ…う…っ」
思わず目を閉じ、溜め息を漏らす。それはもう何度も経験した感触だった。
何かが体の中に入り込み血管の中を流れ始めると、あらゆる痛みや苦しみから瞬時に
解放され、ただただ甘く柔らかな高揚感に体全体が包まれる。
いつもと違うのは、その限り無く深い快感が芹澤と結びついた箇所で取り分け強く
熱く膨らみ沸き上がって来たことだった。
「…んん………、ハア…ア」
全身に滲み出ていた脂汗が消え、痛みで血の気を失っていたヒカルの頬に赤みがさし
苦し気に歪んでいた表情が夢心地に酔う穏やかなものに変わっていった。
青みが残った固い果実が急速に紅く熟れて蜜を滴らせていくように――それまでの苦しさが
大きかっただけに、その落差だけでもヒカルを一気に快楽の波に引きずり込むには十分だった。
(63)
体内で熱が渦巻いて出口を求め、芹澤が一突き腰を動かす毎にその熱がうねってヒカルを
体の奥底から炙り焼いていった。
「く…あ…ハア…ハア…、アッ…」
ヒカルは体の両脇でシーツを握りしめていた手を離し、それまで拒絶の意志で
芹澤の体を挟み込むように強く閉じていた自分の両膝を抱え自ら左右に限界まで開いた。
「…ほお」
ヒカルのその変化ぶりに芹澤が感心したような声を漏らす。
深く折り畳まれている姿勢でヒカルと芹澤との結合部分が両者の間で露になった。
その中央でヒカル自身が大きく膨らみ上がり透明の雫を先端から止め処なく溢れさせている。
ヒカルは頬を赤らめ、荒い息で自分のそれを見つめる。
ほとんど理性を失い、言葉こそなかったが視線で必死に芹澤に訴えかける。
「…もっと気持ち良くして欲しいんだね」
芹澤の言葉にヒカルは更に頬を紅く染めて頷く。頭の片隅で自分の行動がどんなに浅ましくて
恥ずかしいものかわかっていてもどうする事もできない。
体内に蠢く熱に支配され本能的に欲求を満たそうとしてしまう。
それに応えるように芹澤がゆっくり腰を引き抜いていった。
「ひあっ…」
それだけの動作でもヒカルの体内に十分過ぎる程の刺激が走り、びくびくと膝が震えた。
一度完全にヒカルから抜け出ると、芹澤はヒカルの股間に顔を臥せて十分に唾液で濡らした。
ヒカルも自ら両手で秘門の周辺を更に左右に広げて積極的に芹澤の舌を受け容れる。
再び芹澤が腰をあてがって、埋めた。
最初はゆっくりと、次第に芹澤は腰の動きを速め、変化させ、ヒカルの深部を責めた。
「ふあっ、あ、…ああ…」
苦痛からも怒りからも、快楽以外の一切の感覚からヒカルは解放されていた。
(64)
リズミカルにベッドが軋み、二つの肉体の接点から濡れた濁音が響きだす。
「あ…ア…ん…、んッ…あ…ハア」
「気持ちいいかい?」
「ハア、ア…気持ち…いいっ…!」
腰が強く打ち付けられる程に体の奥から脳へと甘く切ない電流がうねり、ヒカルの両目は
焦点を失って宙を彷徨った。腰を動かしながら芹澤は片手でヒカルの固くなった部分を握り、
腰を押し引きするタイミングに合わせて抜き上げた。
「ああっ!アっ…アッ…!!」
あまりに強い快感にヒカルは首を仰け反らせて片手でベッドの縁を掴んだ。
そうしないとどこか底なしの沼に落ちていって二度と這い上がれなくなってしまいそうだった。
「ああっ!…っ…んーーっ!!」
ほとんど限界に近かったヒカルは前を後ろを動じに責められてほぼ一気に登り詰め下肢を
痙攣させて腹部に白いものを散らした。だが芹澤の行為は容赦なく続いた。
体内に注入されたものの影響か、吐き出してなおヒカルの中の熱は収まらず
かえって更に熱く膨れ上がり、芹澤に操られるままに何度も追い上げられた。
吐息と喘ぐ声で開いたままのヒカルの口から唾液が流れ出て、全身から滲み出した汗と
絶え間なく吐き出させられる体液とでシーツはぐちゃぐちゃに濡れた。
ヒカルを内部で苛む芹澤の凶具は鋼鉄の無機質な道具のように到達の気配がなく、
立続けに襲い来る絶頂感にヒカルはほとんど失神しそうになった。
――……今ここで気を失ったら、次に目を覚ました時はどうなっているのかな………
自分の意志を待たない、完全に芹澤に支配され切った人形………?――、
漠然と、そんな事を考えていた。
――ううん、……もしかしたら、自分が気が付かないだけで、もうずっと以前からとっくに
そうなってしまっていたのかもしれない………
そんな気までしてきた。
――もうどうでもいい…奴隷でもなんでも……いい
(65)
――諦めちゃダメだ、進藤……!
ふと、アキラの声が聞こえたような気がした。
自暴自棄になり、闇の中に完全に沈みかけたヒカルの視界の端に隣のベッドに横たわるアキラの
姿が映った。
――そうだ…、アキラが無事にこの場所から開放されるのを確かめるまでは、それまでは…!
無限に続くかのような快楽に肉体や意識のほとんどを占領されながらも、僅かに残された
思考でヒカルはそう決意した。
ようやく芹澤が喉の奥から低く呻くような声をあげて一層激しい動きを伴い、
ほぼ同時にヒカルも頂上のその先に押し上げられた。
「ウアッ、…ア…ッア―ッ…!!」
全身から汗を吹き出し今一度ヒカルも声をあげて激しく体を震わせた。
その時、一瞬、ピクリとアキラの睫が微かに揺れた。
ヒカルの内部に芹澤がそれらしきものを吐き出すと、ほとんど放心状態で動けなくなっている
ヒカルの喉元に再度深く吸い付き、普段より多めに血を吸い取った。
その時は注入はされなかった。もうその必要はないと判断されたようだった。
「…甘い…、今まで得たものよりも数段に良質の味だ」
紅く染まった唇をぺろりと舐め回す芹澤の姿を、ドクドクと自分の心音と下肢の奥部の脈動が
響き合う音を聞きながらヒカルはぼんやりと見ていた。
終わったのだ、と安心した。
だが次の瞬間、ヒカルは信じられない光景を目にした。
自分の体の上に覆いかぶさっている芹澤の髪がざわざわと乱れ逆立ち、眼球の位置が
左右に広がり薄い唇が耳近くまで左右に裂け広がったのだ。
骨格もひと回り大きく膨れ上り、手足の筋肉が盛り上がっていったのだ。