吸魔2
(66)
「うあ…あ」
あまりの奇異な光景にヒカルは体を強張らせ目を見開いた。
「ううむ、あまりに良質の“力”を得すぎてこの男の肉体の中に隠し通せなく
なってしまったようだ…」
その声は芹澤の低く落ち着いたものではなく、時折金属音が混じったようなかん高い、
人のものではないようなものが混じって聞こえた。
「まあ、いい。そのうち元に戻る…それより今は“食事”が先だ」
そういうとその変質した芹澤はヒカルの上から離れ、アキラのいるベッドに移動し始めた。
「塔矢に…手を出すなっ…!」
思わずヒカルは叫んだ。
だがその芹澤は大きく裂けた唇でニタリと笑った。
「残念ながらそういう訳にはいかない…こんな機会は滅多にない…“吸魔”を
じっくり味わうまたと無いチャンスなのだからな」
そう言いながらその芹澤は忌々しそうにベッドの上のアキラを見下ろした。
「“吸魔”…?」
「…彼は“吸魔”という我々の種族にとって厄介な連中なんだ」
「塔矢が…“吸魔”…って…??」
ただでさえ通常の思考が働かない頭で、ヒカルは耳にした言葉の意を掴もうとした。
そして芹澤は――ほとんど元の芹澤の容姿を保ってはいなかったが、横たわったアキラの足元に
近付き、アキラの両足を拘束していた皮製のベルトを外した。
白く細いアキラの足首にはくっきりと赤紫のアザが浮かび上がり、微かに血が滲んで黒く
固まっていた。完全に気を失わさせられるまで、何度となく目を覚ましては彼がどれほど
激しく抵抗したかをそれらが示していた。
その足首近くまでも紅く並んだ傷口が数カ所付けられていた。
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芹澤はアキラの両足を左右に大きく開いて、その間に体を入れた。
ヒカルに行為を与えていた時の倍近くの大きさにグロテスクに反り上がった芹澤のモノが
そのアキラの腰の奥所にあてがわれようとしていた。
「やめろっ…!」
重い体で、必死でヒカルは芹澤の方に向かって手を伸ばした。が、
「おとなしく見ていろ」
そう冷たい低い声で芹澤に命令されたとたん、例によって全身に重い鎧を着せられたように
ヒカルの体は自由さをなくし、ベッドに突っ伏してしまった。
「覚えておくんだな…君はもう、完全に私のものだ。私の命令には一切逆らえん。今後も、新たな
獲物を獲る為に君には私の良きパートナーとして働いてもらうつもりだ…」
耳まで裂けた口で無気味に微笑むと、芹澤はヒカルに対しそうしたようにアキラの体を
二つ折りにするように腰を抱え込み、覆い被さって腰を進めた。
「や…めっ…、と…お…や、」
ほとんど指も動かせぬ状態でヒカルはアキラに呼び掛けようとするが、喉が圧迫されたように
苦しくてほとんど声にならない。
そんなヒカルに一方的に説明するように芹澤は話を続けた。
「我々の種族は古来から人間と血液やあらゆる体液を交わす事で相手から“力”を得たり
相手を支配しているが、人間の中には逆に我々から魔力の全てを吸い取ってしまうものがいる。
我々はそれを“吸魔”と呼んで怖れている…」
芹澤の話を、ヒカルは悪い夢でも見ているかのようにただ呆然と聞いていた。
「能力の弱い者は“吸魔”にはかなわない。だが彼は今のところまだ子供だ。君からたっぷりと
良質の“力”を得たばかりの今の私なら、安全に彼の体液が持つ強い“力”を吸い取れる…」
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次第に芹澤の体重がアキラにのしかかる中で、「ん…っ」とアキラの口元から息が漏れた。
それまで深く眠り動きがなかったアキラの体と横顔に反応が現われた。
だがまだ両手を拘束された状態では、例えアキラが目を覚ましたとしても芹澤から逃れる事は
不可能だった。
芹澤は圧迫しては腰を引き、捻り込むようにして少しずつアキラの内部を侵略していた。
ピクリとアキラの長い睫が震え、声を上げようとして唇が開いた。
芹澤に抱えられた足の膝や指先が微かに動き、やがて大きく胸が上下してアキラが
苦し気に呻いた。
「うう…ン…!」
そしてハッとしたようにアキラが大きく目を見開いた。
その時に芹澤が大きな力でアキラを突き上げた。
「っっ…!!」
悲鳴すらあげられない程の衝撃にアキラは大きく息を吸い、胸を反らせた。
アキラは咄嗟に見開いた目で目の前の異様な人物と、部屋の周囲を見回し、
そして隣のベッドに全裸でぐったりと横たわっているヒカルを見た。
全身から生々しく行為の痕跡を伺わせ力尽きているヒカルのその悲惨な姿に
何よりもアキラは衝撃を受けたようだった。
「しん…ど…うっ」
アキラもまた、舌が麻痺しているように上手く言葉が出せないようだった。
「し…んど…う、…しん…ど…っ!」
相当な痛みを受けているはずでありながらもアキラは必死にヒカルに呼び掛けた。
「お目覚めかな、塔矢アキラくん…」
芹澤が無気味な笑みを浮かべて声を掛けるとアキラは憎悪を込めた目で睨み返した。
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それに対する制裁のように芹澤は一気に腰をアキラの中に進み入れた。
思わずヒカルは固く目を閉じた。自分が受けた苦痛を考えるとアキラがどんな衝撃を
受けたか、想像するだけでもヒカルの躰にその瞬間の感覚が蘇って背筋が凍る思いがした。
ギシッギシッと大きくベッドが軋む音がする。芹澤が容赦なくアキラの下肢を抱え込み、
自分のモノを全てアキラの中に埋め切ろうとしている音だった。
だがそこに予想されたアキラの悲鳴はなかった。ヒカルは恐る恐る目を開いた。
芹澤の体の下で、全身を震わせながらアキラは唇を噛み締め激痛に耐えていた。
黒髪が脂汗で額に張り付き、眉を苦悶に歪めながらも視線は真直ぐに化物でしかない
相手を見据えている。
「…大した精神力だ。まあ、残念ながら進藤くんと違って君は“初めて”ではないようだし、
…その上かつて我々の仲間とも交わっているみたいだな、塔矢アキラくん…」
「あ…あ、…思い…出した…」
両者一歩も譲らぬような激しい睨み合に、ヒカルは訳もわからず息を飲んだ。
「塔…矢?」
するとアキラは芹澤を睨み据えたままヒカルに語った。
「怖が…ることは…ない、進藤…、こいつらを…恐れる必要は…ない…、強い心で
立ち向かえば…こいつらは…何も出来ない…!」
グンッと芹澤が一際強くアキラを突き上げた。
「ぐああっ!」
堪らずにアキラが悲鳴をあげた。
「さすが“吸魔”、強気だな。だがそれもいつまでもつかな」
芹澤が断続的に激しく腰を動かし始めた。
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「くっ…うっ!!」
古めかしく大きなベッドがギシギシと大きく軋む程に容赦のなく責め立てられ、
さすがにアキラも耐え切れず苦し気に呻き身を捩る。
「…あうっ…!んっ!…んーっ!」
アキラが悲痛に満ちた表情を隠そうと芹澤から顔を逸らすと、ようやく満悦したように
芹澤は笑んで腰の動きを一時的に止めた。
そしてアキラの顎を手で捕らえて自分に向かせ、切れ切れに吐息を漏らすその美しく
悲壮な表情をじっくり観察した。
「…悪かったね。だが十分楽しませてもらった。君にも苦痛だけを与えるつもりはない」
そうして芹澤はそのアキラの顔を上に逸らせると、喉笛に深く吸い付いた。
「フうっ…!」
ビクリと一瞬アキラは目を見開いて体を震わせ、全身を強張らせた。
それを見て、ヒカルも絶望の心境になった。いくらアキラでももうダメだろうと思った。
「…ハアッ」と切なく息を漏らし、見る見る内にアキラの全身から力が抜けていった。
これから始まる本当の地獄を思うと、ヒカルの方がただ怯え、目を閉じるしかなかった。
――塔矢…、ゴメン、…塔矢…!!
後悔と失意に打ちのめされ、心の中でヒカルは何度も繰り返す。
まんまと芹澤の手に堕ちた自分の非力さに腹が立ってしょうがなかった。
やがて僅かにテンポを変えてベッドが軋み、肉壁が擦れあう淫猥な音がヒカルの耳に届く。
それに混じってアキラの切な気な吐息が聞こえる。
ただアキラは、ヒカルのように自ら芹澤を迎え入れようとする態度は見せず、唇を噛み、
両手を強く握り込んで自分の中の闇の誘惑と闘っていた。