吸魔2
(76)
「ハアッ、…ううっ…く、ハアッ、んんっ…!」
狂おしい程に内部で熱が膨れ上っては塞き止められて逆流し、快楽と地獄の谷間に
アキラは失神寸前だった。その時だった。
「くはあっ…!!」
ビクッとヒカルが体を震わせ、アキラの体の上に温かな白濁の体液を散らした。
「ハアッ!ハッ!…アッ…ハアッ!」
アキラの上に倒れ込み、ヒカルは汗に濡れた体を何度も感電したように震わせた。
互いに薄い胸板の皮膚を通して鼓動が響きあった。
ほぼアキラの頬と触れあう位置で、ヒカルは熱く荒い吐息を繰り返した。
暫く恍惚とした表情でアキラを体内に収めたままヒカルは余韻に浸るようにしていたが、
そのタイミングを見計らったように芹澤が冷ややかに笑い、ヒカルに言葉を掛けた。
「塔矢くん相手で満足したかい?進藤くん」
それは最も残酷なタイミングで暗示を解く為のものだった。
ヒカルはぼんやりと目の前の相手の顔を見つめ、ぽつりと呟いた。
「…塔…矢…?」
ヒカルは最初のうちは状況を把握できないでいたが、自分の姿勢とアキラの様子から
次第に表情を強張らせ、唇を震わせた。
「……あ……」
その時のヒカルが受けたショックは量り知れない大きなものだった。
「……と…う……や」
自分を中に深く埋め、全身をびっしりと汗ばませたアキラの姿に、ヒカルは顔色を失い
ガクガクと小刻みに震えた。
「…塔…矢、…オレ…」
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ヒカルの声が嗚咽に塞がれていく。
「…とお…やア…」
ヒカルが受けた精神的な打撃を思えば、すぐにはアキラも声を掛ける事が出来ないでいた。
「……オレ…オ…レ…、なに…を…」
その先は言葉にならないようだった。あまりのショックからかヒカルはその姿勢からすぐには
動けないでいた。
「と…や…、…ゴメ…」
悔しさと怒りでヒカルの両目からポロポロ涙が溢れ、アキラの頬に落ちた。
「…進藤…は…悪くな…い…」
アキラは出来るだけヒカルを傷つけないよう笑みを浮かべて答えた。
「もういい、どきなさい、進藤くん」
背後で芹澤が命令する。ビクリとヒカルは反応しかけるが、ぎりりと歯を噛み締め、両手を
握り絞めるとアキラの体に覆い被さった。
「どきなさい、進藤くん」
芹澤が言葉を発する度にピリピリと全身が焼かれるような痛みが走ったが、ヒカルは首を振って
アキラに強く抱きついて離れまいとした。
すると芹澤がヒカルの首を後ろから手で掴んで締め上げるようにして持ち上げた。
「あっ…!」
「お前はもういい!邪魔だ!」
無理矢理アキラから引き剥がされ、首を掴まれて脇に乱暴に押し退けられて動けない体で
ヒカルは二つのベッドの間に倒れこんだ。
冷たく固い床の上に肩と腰を打ち付ける鈍い音が響いた。
「進藤!!」
アキラが驚いて叫んだ。
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「うっ…」
疲労しきっていたヒカルは、小さく呻くとその場で気を失い動かなくなった。
芹澤は「ふう」と溜め息をついた。
「こちらが済んだらもう少し時間を掛けて彼に暗示をかけなおす必要があるな…
それにしても、暗示によるものとは言え、いい悶えっぷりだったな。彼には元々
“そういう”資質があったと見える…見掛けによらないものだ」
感心したように芹澤は呟くと、アキラに向き直った。
「君もそう思うだろう…進藤を味わった者として…ね…。まあ、今後も時々はこうして
3人で会うのも悪くない」
ほとんど紳士的な品性のかけらも無くしたような卑しい笑みで芹澤はアキラに尋ねる。
がっくりと首を横に倒したアキラは、失意の底に沈んでいるように芹澤には思えた。
「どうした?さすがに君も疲れたかい?本番はまだまだこれからだよ、塔矢くん…」
だがそうしてアキラの顎を持ち上げると、アキラは全ての感情を通り越したような冷ややかな
目付きで、鋭く、そして静かに芹澤を睨み据えていた。
「………ボクを…本気で怒らせたな………」
芹澤はアキラのその表情と言葉に一瞬ギョッとしたように表情を強張らせたが、すぐに
気を取り直して無理にも可笑しそうに乾いた笑いを浮かべると、アキラの根元を縛り付けている
拘束具を解いた。
赤黒く腫れ上がっていたその箇所にようやく新しく血が通い、本来の色素を取り戻した。
「私に二度とそんな反抗的な言葉を吐けなくなるよう、骨の随まで支配してやろう…!」
その先の感覚をアキラに与えるべく、アキラ自身を手で包んで握り込み、芹澤は腰を動かし始めた。探り、アキラの
目前で自分の中に自分の指を深く埋め動かした。
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獣のような激しい呻きが、何度となく薄暗い部屋の天井に響き渡り、ベッドが軋む音が
激しく、あるいは密やかに続いた。
冷たい床の上で何とも言えない生臭い体液の匂いが淀んだような空気の匂いをヒカルは
無意識に嗅ぎ、物音に目を覚ましかけては激しい頭痛と吐き気に再び気を失うといった
時間を過ごした。
どのくらい経ったのだろうか。
「ん…」
柔らかで温かなぬくもりの中にヒカルは体を横たえていた。
そして別のやはり温かく柔らかいものが自分の体のあちこちに押し付けられては離れる。
「………進藤…」
穏やかな優しい声でそう呼び掛けられた気がした。
「進藤…進藤…」
その声で何度もそう呼ばれると、とても気持ちが落ち着いた。
だがその一方で、目を開くとその全てが幻で、自分が本当はまだ冷たい暗い闇の底に
いるような気がして、ヒカルは恐ろしくて目を閉じたまま身を強張らせた。
「ボクだよ、進藤…、目を開けて」
その声と言葉を信じて、ヒカルはそおっと目を開けた。
すぐ間近に黒く澄んだアキラの美しい瞳が在った。
「…塔…矢ア…」
考えるより先に、両手を差し出してアキラの首に回し、抱きついた。
温もりのある肌と肌が密着し、互いの落ち着いた確かな心音を感じた。
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だが直ぐにヒカルはアキラの顔をまじまじと見つめ、不安そうに尋ねた。
「…もしかして、塔矢、オレ達死んじゃったのか…?ここは天国…?」
するとアキラはクスッと小さく笑った。
「…かもね」
「ええーーっ!?」
半べそのような顔になってヒカルが叫んだ。
「ウソだよ…ボク達は、生きてるよ」
そう言われて、アキラに抱きついたままヒカルは周囲を見回した。
そこは確かにアキラと2人で捕われていたベッドのある部屋だった、今アキラと共に
抱き合って横たわっているベッドは最初にヒカルが寝かされていた方で、隣のアキラが
縛り付けられていたベッドは空っぽになっていた。
その四方にはアキラを拘束していたベルトが外されて残されていた。
さらに薄暗い部屋の中を目をこらして見つめると、その空のベッドの足元の方と壁の
隙間の間に人影があった。
「あっ、うわっ…あっ!!」
ヒカルが驚いたのも無理なかった。
芹澤がそこにうずくまっていたからだ。
「と、と、と、塔矢っ…!!」
ヒカルはきつくアキラの首にかじり付いた。
「平気だよ、彼は今はもう…“無害”だよ」
アキラの言葉に怪訝そうな表情になりながら、ヒカルはもう一度芹澤を見た。
それはヒカルが最後に見た化物のような姿ではなく、元の人間の芹澤――というより、
頬がこけ、全身が痩せ細ったようになって、髪にも白いものが多く混じった別人のように
老け込んだ芹澤だった。
彼は目を見開いてはいたが、何かを小声で呟き、床に尻餅をついて壁にもたれ掛かるように
してぐったりとしていた。