幻惑されて〜Dazed & Confused
(16)
「爪はちゃんと切ってヤスリもかけてあるし、消毒もしてあるぜ。」
彼は挑発的にニヤリと笑いかけ、テクニックがあるということを示すように指先でツーッと内腿をなぞった。
進藤の身体がヒクン、と揺れた。
俺は頷いて言った。
「ああ――だが、やりすぎるなよ。二本までだな。」
彼は苦笑した。
「彼氏さん、細かいんだな。――ま、それもオレに似ていて気が合いそうだが。」
そう言うと、彼はエヴィアンの小さいボトルときれいに折りたたんだハンカチを出し、舌うちをした。
「――あのブタ野郎、ドロドロにしやがって…。ちょっと冷たいが我慢してくれよ。」
枯葉の上にパタパタと水が落ちる音がして、男は丁寧にオタク野郎の唾液を拭き清めているらしかった。
「いやらしいケツしてるな、このコ。――ココに欲しいですってヒクヒクしてる…淫乱すぎて貞操帯つけられ
ちゃったってか?」
「ああ――ドMの淫乱だよ。可愛いだろう?」
「じゃ、その淫乱っぷりを愉しませていただきます。」
男は礼儀正しくそう言うと屈みこみ、指先で剥き出しになった蕾を撫であげた。
「はぁんッ!…ダメ…もうダメぇ…入れてェ…お願い入れて…!」
「――恥ずかしい格好にされて感じてるんだろ?そういう淫乱なコはちゃんとしつけないとなあ。」
男が含み笑いを洩らし、進藤は眉根を寄せて歯を食いしばった。だが、それも両腕両脚を固めて攻められてはどうにもならない抵抗だった。
「アッアッアッ…だめェ…!」
進藤の両脚がビクリと震えた。両方の足指がそれぞれ二人の男の口に含まれ、音を立てて吸われている。
中年男と若い男に右と左で同時に両方の乳首をつまみ上げられ、進藤の背中が軽く反った。
「フーン…。足の指が感じるんだ?――っていっても、これだけあちこち攻められてたら、何が何だかわからないだろうな。――なあ、彼氏さん、ローションは持ってるんだろ?」
俺はオレンジ色のチューブを投げ、男は片手でそれを受け取ると、右手にたっぷりと絞り出した。
今、進藤の身体には何人もの欲望がへばりついている。その異様な光景に俺はふたたび股間がきつく立ち上がるのを覚えた。
「あン…ン…ンッ…!」
「気持ちいいか?」
「う…ん…イイ…スゴくイイ…狂いそうッ…欲しい…してッ…!」
俺は足の間で屈みこんでいる男のほうに目を向け、男もニヤリと笑って俺を見返してきた。男の細長い中指が静かに沈められた。
鋭い悲鳴があがり、進藤の白くて小さい尻が男の指を咥えこんだまま小刻みに揺れた。
「指一本でこんなに歓ぶのか…ホントに淫乱だな。」
男は焦らすようにわざとゆっくり中指を出し入れしはじめた。身体中が敏感になっているのか、ほんのわずかな刺激でも体のそこかしこが震え、うすく開いた唇の端から唾液が筋をつくってこぼれ落ちた。俺は両手首をおさえこんでいた手を外し、柔らかい頬を撫であげた。
「は…あん…あ…外して…痛い…イイ…」
意識が混濁していた。俺は細い髪をかきあげて、耳に舌をこじ入れた。進藤の肩が電流を通したように震えた。
「あああああんッ!ダメ…!そこ…許してッ!」
(17)
ふと、横を見た。進藤の左手に中年男の右手が重ねられ、その中で勃起した肉棒が握られていた。俺が男を見あげると、中年男は喘ぎながら俺を見据えた。
俺は目を閉じたり開いたりしながら陶然としている進藤の唇に目を落とした。――苦悶と快楽に歪む表情がもっと見たい――濡れた唇から流れ落ちる唾液がいやにそそった。
俺は両手で彼の頬をはさむと、ゆっくり左を向かせた。そして、耳元で低くささやいた。
「咥えてやれよ。」
中年男はいそいそと膝をつき、剥け切った太い肉棒を唇に押しつけた。進藤はそれから逃れようと頭を揺すった。
「――咥えろ。」
俺がもう一度、低く囁くと、進藤は観念したように目を閉じてそろそろと口を開いた。
「うぉッ…!」
男は声をあげて腰を揺すり始めた。周囲から羨望の溜息が漏れる。
「ちゃんとしゃぶってやれよ。――手抜きなんかしたら入れてやらないからな。」
進藤の眉間がきつく寄せられ、男の激しい動きに時々、喉の奥から苦しげな呻きが漏れた。吐き気がこみあげてくるのだろう。反対側では、若い男のほうが進藤の手の中に一物を握らせて激しく喘いでいた。
中年男が野獣のように叫んで動かなくなった。進藤がゲホゲホと咳をして、中年男の精液を吐きだした。
「おい――誰が口の中に出していいと言った。」
俺がギラリと睨みつけ、男は後ずさりしながらジッパーを上げ、そして脱兎のごとく逃げだした。
真正面にいるグレーのスーツがせせら笑うように言った。
「まったく…礼儀ってもんがわかってないよなァ。でも、このコ、フェラしてる間ずっとオレの指を締めつけてるんだぜ。ホントにドMだよな。」
俺は進藤をきつく締めあげている黒革のバックルに手を伸ばした。留め具を一つだけ、解放してやる。
その間にも、若いほうのが我慢しきれなくなったのか、猛然と進藤の唇を犯していた。進藤の茶色い瞳が涙で揺れ、ポロポロとこぼれ落ちている。
「ウ…ウウッ…!」
一人、イカせるたびにバックルをゆるめ、四人目が終わったところでやっと貞操帯が外されてピンク色に充血したモノが現れた。
「…で、オレが最後?」
グレーのスーツが唇の端をあげて俺を見詰めた。
「ああ、そうだ。」
「オレはフェラでイカせてもらおうなんて考えてないぜ。――でも、指でイカせるのはいいだろ?」
ジェルを塗りたくった蕾に二本目の指が入れられた。両脚をおさえつけていた二人の男が、さらに進藤の細い身体を二つに折り曲げ、青白い光の下に淫靡な体を晒した。
「ああああンッ!」
グシュグシュとジェルの擦れる音が響き、男の長い指が出し入れされていた。
「あっ…あっ…んああっ……あっ…」
「気持ちイイか?ヒカル。」
俺はさきほどの中年男が放棄していった乳首をつまみあげながら、耳元で囁いた。
「みんなにイクところを見てもらおうか?」
「イヤあ…!」
(18)
いままで締めつけられてピンク色に色づいたモノが腹にこすれながら透明な液体を吐きだしていた。男の指が根元まで沈んで、中を蹂躙しているのがわかった。
「イヤッ…!あんっ…あっ…イク!イクぅっ!」
――ほとばしり出た。
進藤の体から力が抜け、片腕がストンと、下の枯葉の上にこぼれ落ちた。
それからは鋭い目をしたスーツの男が再び丁寧に進藤の体を拭き清めてくれ、俺はあちこちにちらばった服を拾いあつめ、木の葉を落として着せた。
進藤が虚ろな色をした目を開いて、喉乾いちゃった、と言った。
まだ進藤の脚はおぼつかなくて、それで、結局、グレーのスーツ男に肩を貸してもらって、それで俺と彼の間に進藤を挟みこむようにして駐車場まで戻った。
駐車場の脇にある自販機で男がお茶とコーヒーの缶を買って、俺に手渡した。進藤は早々に右ドアから助手席に放り込んだ。
進藤にお茶の缶を開けてやって手渡すと、ぼうっとした顔をしたままコクコク飲みだした。まだ現実に戻ってきていないのだろう。
俺は上着のポケットからたばこを取り出し、火をつけると自販機のそばに立って、白い息を吐きながら缶コーヒーを飲んでいる男のところへ行った。
「――すみませんでした。…あ、煙草は?」
男は手を振って固辞した。
「タバコはやめたんですよ。」
「そうですか。」
男はふと、内ポケットからなにやら取り出すと、俺の胸ポケットにつっこんだ。
「オレが気に入ったなら、また呼んでくれよ。」
俺は悪くない考えだと思いながら、煙草の煙を吐いた。そして、彼がぼそりと言った。
「――あれ、進藤だろう?プロ棋士の。」
彼を振り返った。
「ビックリしたな。ひさびさのハッテン場にちょっと寄っていったら――。」
俺は咄嗟に彼の胸倉をつかんで睨みつけた。
「おい、落ち着けよ。――脅すとかは考えてないぜ。だから、オレの名刺をやったんじゃないか。」
俺はつかんでいた手を離し小さくすまなかった、と呟いた。
「囲碁に詳しい?」
「まあね。…時々、プロの指導碁も受けてるぐらいには。――それと、ウチのバカ上司がイベントのスポンサーでね。…そういや、昔、デビューしたばっかの塔矢アキラを呼んで四面打ちやったな。」
「塔矢か――。」
こんなところでも塔矢の名前が出るのがなんとなく腹立たしかった。
「今じゃ名人になってるけど、その時はまだカワイイ中学生でね。でも、生意気だったよ。…いきなり、四面持碁にし
て、ウチのバカ上司を震え上がらせたのさ。」
「塔矢らしいな。――俺はその頃の塔矢の先輩でね。よく知ってるよ。」
俺と彼は奇遇な接点に笑った。
「アンタも碁を打つのか?」
「ああ、俺はプロのなりそこないだ。――おかげで進藤のことも塔矢のこともその頃から知ってる。」
「それで、今はスター棋士の彼氏か…。で…なんであんなところでヤラせてんだ?」
俺は言葉に詰まった。進藤を堕として塔矢のもとへ戻さないため、とも言えたし、進藤が苦悶と嫌悪と快楽に悶えるさまが見たかったからとも言えた。どちらにしても、俺の魂は腐りきっていて、歪んでいる。
「ま、ヤリたいのにスターも平民もないか…。このオレだってこんなところにいたら大問題になる立場だしなあ。…じゃ、気が向いたらいつでも呼んでくれ。」
そう言うと男は手を振って立ち去っていった。
(19)
俺が車に戻ると、進藤が背中をこちらに向けたまま短く息をしていた。パワーウィンドウのガラスが白く濁っていた。
「大丈夫か?」
俺がそちらを向いて声をかけると、突如、茶色い瞳が熱っぽくこちらを見返してきた。
「何…してたの?」
「ちょっと、世間話。」
頬にキスしようと身を乗り出したところで、俺は進藤の左手が、ブルーのシャツの下でうごめいているのに気付いた。
シャツをめくると、進藤はベルトを外してデニムのウェストをゆるめ、そこから左手を入れていた。
「悪いコだな。俺がコーヒー飲んでる間にオナニーしてたのか?」
「ご、ゴメンナサイっ…!」
「思い出したら疼いたか?」
「ウ、ウン…。」
腕をつかんで左手を引きずり出し、その手を握ったままイグニッションキーを回した。
車が左ハンドルのATでよかったと思った。
俺はわざとゆっくりアクセルを踏んで暗い森を抜けた。まばゆい光が一気に押し寄せ、温かい光に包まれた東京タワーが見えた。
いくらATとはいっても、左手だけで進むのはいささかおぼつかないが、幸運なことに、一度左折してしまえば、
あとはひたすらまっすぐ行くだけで俺の自宅へとたどりつく。
やっと、俺のマンションの隣にある都営駐車場に車を入れ、手を繋いだまま、俺はマンションの玄関を抜けた。
エレベーターに入ると、俺はデニムの上からするすると進藤の可愛い尻を撫であげた。
「ん…!」
進藤は俺のすぐ横で俯いて唇を噛んだ。
玄関を開くと、進藤は俺にしがみついて、股間に触ってきたが、俺はその手を払いのけた。
「まず、シャワーだな。どこの馬の骨ともわからんヤツらの唾液まみれで抱けるか。」
進藤は玄関で激しくコトに及ぶと思っていたらしく、シュンと肩を落とした。俺はその手を引っ張ってバスルームに放り込む。パッパッと服を脱がせると、それをそのまま洗濯機に放り込んでろくに分量を見ず液体洗剤をぶちこみ、スイッチを押した。俺も手早くスーツを脱ぎすて、一人暮らしの割には大きいバスルームに入った。
洗濯機の鈍い音がしはじめて、俺はシャワーを全開にした。
「冷たっ…!」
頭からまだ冷たい水をかぶって、進藤の肌に鳥肌が立っていた。徐々に水温が上がっていき、俺は手元のボディソープをスポンジいっぱいに取ると、ゆっくり泡立てながら進藤の背中を撫でた。
シャワーを停め、泡をつぎつぎ褐色がかった肌にのせていく。手で泡を滑らせていくたびに、甘い声が漏れだし、俺は泡まみれになった体を後ろから抱きしめた。
「岸本さん…もう我慢できないっ…挿れてッ…!」
馴らしてもいないそこは、だがあの鋭い目の男に解されているはずで――壁に手をつき、進藤の尻を突きださせてグッと腰を押し進めてみると、強く締めつけながら俺を飲みこんだ。
「あ…ん…苦しい…ッ!」
息を詰めながら、ゆっくりと進める。時間をかけて最後まで食い込ませると、しばらくそのままの体勢で乳首を摘まみながらうなじを吸った。
「はァんッ…!」
「なあ、さっきの、アレ、どうだったんだ?キミのココが丸見えにされてオタク野郎に吸われてたじゃないか。」
俺を締めつける襞がぴくんと反応し、奥がざわつくように俺に絡みついた。
「い…イヤ…。」
「どんなことされたんだ?え?言わないと抜いてしまうぞ。」
「ヤ、ヤダ抜かないでッ…ん…アレは…奥のほうまで舌入れられて…」
「それで感じて腰振っちゃったのか。スゴいヨガり声上げてたぞ。」
「…い、いやぁ…!そんなこと…」
(20)
前よりも締め付けがきつくなっているのは久々だからという理由だけではなさそうだった。
暗闇の中で進藤の身体が白く浮き上がり、そこかしこから手が伸びて快楽の海へ突き落す。このまま堕ちていけばいい。俺はゆっくりと抜けおちる寸前まで体を引き、再び緩慢に押し入った。
「あ…あぁ…あんっ…岸本さ…ん…いい…」
進藤はまるで女のように色めいた声をあげた。
頭がズキズキと痛む。興奮しすぎて、どうやら脳が酸欠になっているのだろう。二か月ぶりに味わう身体は前以上に甘美で、熱くて、それに危険なほど淫らだった。
「もっと激しくしてッ…!」
俺の緩慢な動きに業を煮やしたのか、進藤が激しい息の間で金切り声を上げた。
「いいのか…?」
進藤はコクコクと頷き、俺は腰を押さえつけて激しく犯し出した。残っていたジェルなのか、ボディソープのせいなのか、ビシャビシャと音がバスルームに響きわたり、体が打ちつけ合う音がした。
「あッあッあッ…!イッちゃうッ!もうダメ…イク…」
声が次第に長く大きく響きわたった。恐るべき勢いでボルテージが上がり続け、俺も絶頂がすぐ目の前にあるのを感じ取った。
「…中に出していいか?」
「うん…出して…イッパイ出してッ…」
進藤の顔を横に向けさせ、俺も乗り出すようにして舌を出すと、舌が淫靡に絡み合った。俺は夢中で舌を吸いながら動き続け、俺の一物が一段と強く引き絞られた。バスルームの壁に勢いよく精液が飛び散り、俺もそれより数秒遅れて進藤の中に放出した。自分でも驚くほどそれは熱かった。
唇を吸い上げたまま、じっとその余韻を噛みしめる。
やっと少し落ち着き、首筋の動脈がドクドクと動いているのを感じながら、唇を離した。
「岸本さんの…まだ中で動いてる…」
引き抜くと、進藤がちょっと声を上げた。
シャワーを全開にして、身体に残った泡を洗い流し、そして今さっき犯したばかりのところに当てる。掻きだそうと指を少し入れたら、身体がヒクンと動いて俺の指をちょっと締めつけた。そこはまだ熱をもっていて、まだまだイケそうな気がした。
そのままベッドに直行すると、進藤が俺に絡みつくようにして求めてきた。
次々と体位を変えて、二回目は騎乗位でイカせ――俺も彼も体力の限界が来たのか、裸のまま眠ってしまった。
次に目を覚ましたのは、夜明けで――俺は横向きに進藤の背中を抱くような形で寝ていた。起こさないよう、そっと腕をはずし、ひどく喉が渇いていたのでシャツ一枚だけはおって、キッチンにあるミネラルウォーターを流し込んだ。
煙草を吸おうと思い、クローゼットにかけてあるスーツをさぐる。ふと、昨日の男に渡されたものの存在を思いだして、胸ポケットにねじこまれた名刺を抜き取った。
――右端に縦書きで秘書と書いてあった。
そしてその横に都議会議員とあり、その事務所らしきもの。あれは都議つきの秘書だったのか。たしかに野外のおよそ尋常ではない場所にいてはまずいだろう。通りで海千山千をくぐって来た者らしい、鋭い目付きをしていると思った。
スーツの内ポケットから名刺ケースを出し、丁寧にその中に入れた。
煙草に火をつけて、深く吸い込む。キッチンに戻り、ガラスの灰皿とミネラルウォーターのボトルを持ってベッドに戻る。
進藤はまだぐっすり眠っていて、昨日、洗いっぱなしで寝たせいか、髪の毛がくしゃくしゃだった。
髪の毛を撫でつけ、目の端に軽く口づける。
目を閉じたまま、彼は俺の指を握ってきた。
「いま、何時?」
「まだ5時だ。寝てていいぞ。」
進藤はンーと鼻を鳴らして仰向けになった。そしてうっすらと瞼を開いて俺を見る。
「毎朝、こういうのイイかもね。」
そして、また瞼を閉じた。
俺は昨日の晩、バスルーム前ではがした服がそのままになっているのを思い出してそう言った。
あわててバスルームへ行こうとすると、進藤の間延びした声がかえってきた。
「ンー。いいよ別に…岸本さんのスーツ、貸して。…夜、来てもいい?」
俺はどきりとして振り返ったが、進藤は仰向けに目を閉じたまま、フゥと息を吐いて、そのまま眠りに落ちた。
chapter confused 1 end