幻惑されて〜Dazed & Confused
Chapter Confused 2
(27)
俺は熟れた果物のようにやわらかい唇を貪りながら攻め続けた。
進藤の濡れた唇は俺の額あたりにあって、それをとらえるには思いきり上を見なければならないのだが、それより先に進藤の顔がおりてきて、どちらかというと、彼が俺の唇を求めてくるようだった。
彼の両腕はしっかりと俺の背中と首にまわり、唇が離れているときは、荒い息が俺の耳元や髪をかすめていく。
座位でするのは初めてだったが、なかなか悪くない――と思った。
進藤はしがみつくようにして抱いてくるし、腹に擦れるモノの感触もいい。
彼の肩越しに、半透明の袋に包まれてソファの背にかけられたジル・サンダーのスーツが見えた。
シンプルすぎて、進藤に似合うかどうかわからなかったが、着てみると案外にシャープでいい感じだったことを思い出す。
俺にはわずかに腕が長すぎるこのスーツも進藤にはぴったりで、ロンドンで衝動買いしたまま着ていないコレもようやく陽の目を見たという感じだ。
たかだか一度手を通しただけでクリーニングして返すとは何とも律儀な話だが、スーツを返しに、というごもっともな理由をつけて日曜日の夕方に訪れた彼を俺はコーヒーだけで帰すはずなどなく、ソファに押し付けて、まずはチェックのシャツをひんめくるようにして薄桃色の乳首をおいしく頂戴した。
「…ダメだってば…。帰れなくなっちゃうじゃん。」
進藤はそう言いながら抵抗する素振りを見せたが、およそ本気とは思えなかった。夜の公園で幾人もの手と舌によって新たな快楽を得たせいか、それ以来、彼は指先までエロティックな空気をまとっている。それに感度も更に上がったようで、乳首のまわりを円を描くように舌を這わせただけで、全身を震わせて高い声を上げた。
従順におとなしくなったところでベッドに引きずり込み、次々と服をはぎながら手探りでベッドスタンドの脇にあるオレンジ色のチューブを手にとる。ジェルを押しこむようにして後ろに指を入れると、そこは待ちわびていたようにざわつきだした。
座った体勢で飢えた下の口に俺のモノを食わせてやると、ものの数秒もしないうちに進藤はこの上なく淫らな声を上げながら激しく身体を上下させた。
脱がせ忘れた白いソックスと、片足の足首にひっかかったままになっている黒のボクサーパンツがいやらしさを引き立て、俺は我を忘れて突き上げた。
「んっ…あ…あ…あん…擦れるっ…ああンッ…!」
彼は首を振りながら悶えて、俺の首にまわした手の力を強めてくる。上げる声まで、以前とは比べるべくもないほどいやらしくて、大胆だった。
「いっ、イク…!」
ベッドの軋みが激しくなり、俺と彼の腹の間で動くモノが、その吐き出す液体でグシュグシュ音を立てていた。
「イク…イクイクっ…!」
腹の間を熱くなった液体がしたたり落ち、俺の腰に絡みついていた長い脚がヒクヒクと痙攣した。
だが、一息つく暇もなく、進藤の身体はふたたび俺を締めつけてきて、息を弾ませながら囁かれた。
「ン…岸本さんまだイッてないよね…ね…後ろからして。」
まったく、なまじ体力があるだけにタチが悪い。――体力オバケの淫乱め。
だが、それも悪くない。
彼は深く入るのがお気に入りらしいし、…それに、動物的で興奮する。
「バックからヤられるのが好きなのか?」
「んうぅっ…そう…なんか犯されてるみたい…」
後ろ向きにすると、ピンク色の後孔から、より濃い色に染まった粘膜が見えた。
間髪入れず、腰を押さえつけて一気に押し入ると、サカリのついた猫よろしく、高い悲鳴が漏れた。
ウィスキーボトルを後ろから突っ込まれて失神したときのことを思いだした。
背中に覆いかぶさるようにして、耳元でささやく。
「――Mなんだな…。」
俺の身体の下でビクッと反応するのがわかった。
「――なあ…公園でいじりまわされてた時、本当はヤツらにまわされたかったんじゃないのか?」
「ん…クッ…!」
奥まで入れたまま、じっとしていても進藤の身体はうねるように俺を締めつけてきて、俺はそれを楽しんでいた。
「可愛いよ…ヒカル…。感じてるキミが、カワイイ。」
俺はみっともないぐらい息を荒くしながら、一番奥にあるスポットを小刻みに突いた。
「んうぅっ…はぁぁんッ…やぁ……」
(28)
塔矢はさすがにこんな進藤は知るべくもないだろう。そう思うと、妙な優越感を感じた。貴様は冷たい碁石をいじりまわしていればいい。
「あ…あっあっあっ…ダメぇ…!またイッちゃうぅ」
そろそろフィニッシュだ。予想を越えてボルテージが急上昇していくのを覚えた。身体は全くコントロール不能に陥っていた。背骨を鋭く電流が駆け抜け、俺は獣のように呻きながら――果てた。
俺は息を抑えられないまま、項から肩にかけて次々とキスしていった。達したあとで敏感になっている肌が、触れるたびに鋭く反応してくる。
「やっ、やだ…くすぐったいよ…」
進藤が長い睫毛を閉じて、白いソックスをつけたままの足をバタバタさせた。
それも可愛らしくて、俺は背中の上にのしかかりながら、きゅっと抱きしめた。
「ヤダ…離して。」
そう言いながら、暴れるでもなく、進藤はしばらく俺の腕の中で浅い呼吸を繰り返していた。
間接照明の中で、くしゃくしゃになった髪がいままでの激しさを思わせる。――考えてみたら、いくら身体が成長しても、大人っぽくなっても、ヒヨコのようなぽわぽわした柔らかい髪だけは初めて会った頃と少しも変わっていなかった。
どれぐらい経ったのだろう。進藤が小さくクシュン、とくしゃみをして起きあがり、枕元のティッシュを引き抜く音がした。
「――そろそろ帰らなきゃ。」
「まだ、いいだろう?」
「ダメだよ…。岸本さんだって明日、仕事でショ。」
あと一分でも引きとめていたかったが、彼は俺の腕をほどくと、床にちらばった服を一つ一つ、身につけていった。カシャカシャと金具の音をさせている俯き加減の後姿を、俺はなすすべもなく見ていた。
不意に進藤が口を重たげに開いた。
「――あのさ…。岸本さんて、オレのこと、どう思ってるの?」
「どうって…。」
突然の問いかけに俺は何とこたえていいものか、しばし考えあぐねた。答えは一つだ。どう馬鹿馬鹿しい理由でも、俺はこの魅惑的な妖精に惹かれている。だが、それをここで吐露するのはためらわれた。
「オレってやっぱり…淫乱?誰にでも抱かれるしょーもないヤツ?」
「突然、何を言い出すかと思えば…。」
俺は苦笑した。抱いているときに煽った言葉を気にしているのだろうか。
「なんだ、塔矢と俺以外にもいるのか?」
「…ってわけでもないけど。」
「じゃ、いいじゃないか。何を気にしているんだ。」
進藤はきっちり服を整えた姿でベッドの上に腰かけた。そして、ゴソゴソと煙草を取り出して火を点ける。フゥと息を吐くと、オレンジがかった光の中で煙の渦が舞いあがった。
「オレ、自分で自分がわかんなくなってきた。――岸本さんと会わないとか言っといてまた会って…それで、知ら
ないオッサンたちにいじられまくってスッゲー感じちゃって…。岸本さんいなかったら、たぶん――あそこで全員
とハメてた。」
それはおそらく、俺が狙っていたことのはずだった。――だが、とび色がかった瞳が妖しい光を帯びていて、俺ははじめて微かな不安を覚えた。
「オレ…アキラにも捨てられちゃったみたいだし――でも、なんかそれでもいいやって。アイツといても息苦しくて…会えばくだらねー口喧嘩ばっかで…お互い意地の張り合いで…もう疲れた。」
「そうか…。」
「それより、オレ、オモチャにされたいのかな…あんなコトされたの思いだしたらさ…また、やりたくなって。それにあれ以来、なんか調子よくなってる感じするし…。王座戦で何やってたんだってぐらい。」
進藤は苦しげに目を伏せた。どの程度の話なのか知らないが、年下だとかいう新しい相手の存在に打ちのめされたのだろうか。それともいわゆる憑き物が落ちたという状態か。進藤は振り向くと、俺の眼を上目遣いに見た。
「――ケーベツする?」
俺は首を横に振った。
「いや。もとはといえば、俺が教えたことだからな。軽蔑なんて考えてやしない。」
(29)
「そっか…そうだよね。――でもさ、岸本さんだけじゃ物足りないって言ったら?」
――ドキリとした。――暗い森。テニスコートの金網の軋み。水銀灯に照らし出された白い肌に群がる黒い手。俺は胸の奥にジリジリと焼きつくようなものを感じながらも、それを隠すようにして笑った。
「ああ、かまわないさ。――むしろ、今まで塔矢と俺以外、知らなかったのが奇跡だろ?」
そうだ。俺は塔矢とは違う。塔矢のように束縛するのは俺のポリシーではない。だが、胸の中にどす黒く広がる不安は一体なんなのだ。
「ウーン…まあ、ほとんどアイツだけか…オレって単純だったのかな。アイツ以外と関係持つとか遊ぶとかってちっとも思いつかなくて。で、アイツも同じかと思ってたら、オレの目の前でほかのヤツに抱かれたがるし、ちょっと離れたらさっそく年下をくわえこんでるし…バカみてえ。オレの8年間を返せって言いたい気分。」
「ハハハ、その8年の間に誘惑されたりされなかったのか?」
「ウーン…あったにはあったけど…でも、アキラに夢中すぎてさ…。ホント、バカだよな。」
「やっぱりな…じゃ、今からあそこ、行くか?」
「エーッ!それは勘弁してよ。やりたいって言ったって、オレだって怖いんだってば。ビョーキとか、正体バレ
たらどうしようとか…。」
俺は冗談だと笑いながら柔らかい髪を撫であげた。
ウブさを残したヒヨコは暗い森でついに覚醒してしまったらしい。――俺の望み通りに。俺は少々、複雑な気持ちをおさえて、次の戦略を考えだす。だが、黒いテーブルの上に広げられたカードの中からジョーカーをさぐるような、おぼつか無い気分になった。
――そう、ジョーカーだ。
「じゃあ…もうちょっと安全な方法で楽しめばいいんじゃないか?」
進藤はきょとんとして俺を見ていた。
俺は黒革の名刺入れの一番上に、まだ彼の名刺があるのを思い出していた。
Chapter Confused 2 end