幻惑されて〜Dazed & Confused
Chapter Dazed 3
(30)
ぼくが待ち合わせのレストランへ着くと、黒服の男性が音もなくスッと近づいてきた。
「ご予約ですか。」
毛足の長いふかふかした絨毯に革靴が沈み、豪華な内装にちょっと気後れした。
「え、えーと・・・。塔矢先生は・・・」
黒服はその名前を聞くと、ニッコリ笑って、長い黒のチャイナドレスを着た女性についていくよう、促した。
中華料理っていったって、ここは見るからに高級そうだ。いろいろ迷ったあげく、スーツで来てよかった。
ぼくのすぐ前を歩いていくお姉さんのチャイナドレスから脚がちらちら見えて、ぼくはちょっと決まり悪かった。ウーン。やっぱり女の子の脚と先生の脚って似ているようで似ていない。
案内された先はビロード張りのドアがついたちっちゃな個室で、塔矢先生はこちらに背を向けて四角いテーブルに座っていた。
「あ、すぐわかった?」
先生は振り向くとやわらかく笑った。今日の先生は黒のタートルネックに白っぽいスラックスというシンプルな服装で、いくらカジュアルめのカラーシャツだからって、スーツに一番高いネクタイをしてきたぼくとは不釣合いだった。
二人っきりで食事!!!とかテンションが異様にあがっていたぼくも、いざ、その場になってみると緊張しきりだ。
「岡くんって、何か食べられないもの、ある?」
先生が分厚いメニューをめくりながら聞いてきた。――あるはずがない!イヤ、仮にあったとしても先生のオーダーにケチなんかつけるものか。蛇が出てこようがカエルが出てこようが、猿の頭が出てこようが喜んでいただきます!
「中華なら、硬くならないでいいかなと思って。」
先生はあまりに平然としているので、ぼくは先生が先週のことも、一昨日のこともさっぱり忘れているんじゃないかって不安になった。いや、もう高級中華とかデートとかどうでもいいって気になってきた。それよりも、いっときでも早く!先生んちで!!
――とちょっとヤバい感じになってきたぼくの目の前に盛り付けも超美しい豪華そうな前菜が出てきた。
「じゃ、食べようか。」
「あ・・・はい。いただきます。」
口に入れてみると、どれも笑みがこぼれるほどおいしくて、普段、テキトーなもので済ませているぼくの舌は激しくショックを受けていた。こういう中華って初めてじゃあないけど、なんか一段レベル違う。その後も銀の器の中のさらに陶器の器に入ったフカヒレだの、話には聞いたことがあるけど口にしたことはない北京ダックだの、ぼくの舌はほとんど溶けそうになってきて、それに目の前に先生がいて、もう夢のように感じた。
「ここ、久しぶりに来てみたかったんだよ。どうだった?」
最後にジャスミン茶を飲みながら、出された勘定書きに塔矢先生は当然といった感じでゴールドカードを出してた。
一体、いくらするんだろう。そんな下世話なことを考えながら、なんとなく、自分が特別な存在のように感じた。
――というか、そう感じたかった。
そんなことをしていたら、支配人と料理長らしき人が来て、先生は料理長といきなり中国語(たぶん)で喋り出しちゃうし、ぼくとはえらく別世界にいるような気がした。
「先生、中国語できるんですね。」
「そんなに上手なわけでもないよ。あ、キミも国際棋戦に出るようになるんだから、中国語か韓国語はやっといたほうがいいかもね。」
「国際棋戦・・・ですか。」
(31)
たかが三段のぼくには縁遠い話のようにも思えた。国際棋戦なんていったって、北斗杯は塔矢先生と進藤さんが三回連続出場したら、日本にとっては目玉となる棋士もなく――というよりも先生たちが凄すぎたんだけど――結局、ぼくらがプロになったときには消えてしまっていたし、先生や進藤さんと違って、デビュー以降、ぼくは足踏みしている状態なのだ。そう思うと、ぼくが塔矢先生と一緒にいること自体が悲しいぐらい惨めに思えてくる。
やっぱり、先生にとってはぼくは所詮、進藤さんを焚きつけるための道具でしかない。どう考えたって、先生がぼくなんかに本気になるはずがないし…セフレにも及ばずだ。でも、そうわかっていてもぼくは先生に会えることが嬉しい。
「出ようか。」
先生がぼくの手の上に少し温度の低い手を重ねて言った。
その後、ぼくと先生は相談したわけでもないのに自然と先生の自宅まで行った。
ぼくはリビングでお茶を入れている先生に後ろから抱き付いた。
「ちょっと・・・待って。」
先生はくすっと笑ってぼくの手を制すように掴んだ。
――ぼくの唯一の不満は、先生が服を着たまま、ぼくにはあまり触れさせないことだった。初め ての時、まだ体調が元通りでないせいもあったけど、先生はぼくだけ脱がせて、ベッドの上でやさしくあちこち触れたりキスしたりしてくれた。興奮したぼくは何がなんだかわからなくなって、一度目は先生の手の中に撒き散らしてしまった。二度目は口でいかせてくれ、三度目はゆっくりと手で高められ、ぼくは女みたいに喘ぎながらイッてしまった。
でも、今日はデート直後のせいか、ぼくはやけに大胆で、先生に手首を掴まれたまま、ぎゅっと後ろから抱きしめてた。そしてあろうことか、先生の手首を握り返して、すでに熱くなってる股間に触れさせてた。
「…おなかいっぱいになっていると、性欲って落ちるものなんだけどな。」
先生がそう言いながら、呆れるように笑った。
「それで…手でして欲しい?それとも口のほうがいい?」
でも、ぼくはそれに答えずに、はぁはぁ息をしながら唇を先生の肩に押し付けた。
「先生が…欲しいです。」
「ボクが…?」
「先生、ズルいです…ぼくだって先生に触りたいし…」
先生はそのまま、じっと黙っていたけど、不意に振り向いて唇の上にやさしくキスした。
「そう…じゃあ、先にシャワー浴びておいで。」
まるで子供を諭すような言い方をされてたんだけど、ぼくは素直に頷いて大急ぎでバスルームへ向かった。そして、体のそこかしこを洗い…実はこういうこともあろうかと、家を出る前に念入りに念入りに洗ってきてはいるんだけど…。
そして、シャワーで泡を洗い流しながら、ソーッと未知の場所に手を当てた。
ウーン…もういっぺん洗っておいたほうがいいのかな…。
ぼくは先生との初体験以来、毎日せっせとそのテのサイトを漁りまくって情報収集に努めていた。
どこをどう考えても、こんなトコロに物が入るって信じられないんだけど、情報収集の結果、どうやらソコはハマるとクセになるらしく…ぼくは先生と進藤さんとどっちが「攻め」でどっちが「受け」なのか、さんざん悩んだ――まさか先生に聞くわけにいかない――結局、どっちもアリだと想定し、さらにぼくが年下のいたいけな童貞?いや処女?だということを踏まえ、「受け」としてのたしなみをわざわざ現役の方々にチャットで聞いたりした。
そうしたら、案外、ソッチは使わないとか苦手って人が結構いて面食らったりもしたんだけど、一方でいかにソコがイイかって熱く語る御仁に出くわし、事細かに教えてもらった。
やっぱり、憧れの先生の前で粗相は致したくない。アダルトショップの通販でせっせと道具を買いそろえ、ビミョーな気分になりながら、家でスタンバイしてきた。
これからどうなるのか、ドキドキしつつもぼくは意を決してバスルームのドアを開け、バスタオルを体に巻いて目指すベッドに突き進んだ。
(32)
部屋は電気をすでに消してあって、天井の小さい電気だけになってた。
先生はベッドの上に腰かけて軽く足を組んでた。
なんだかその姿が大人っぽくて、ますますぼくは「受け」になることを確信した。
ぼくが隣に座ると、先生はぼくの頬にキスして立ち上がり、入れ替わりにバスルームへと消えていった。
ぼくはバスタオルをはいで、もぞもぞと羽根布団の中にもぐりこんだ。一分が永遠のように感じて、ぼくは何度も何度も、枕元の時計を見た。
ようやく、リビングのドアが開くカチッという音がして、ぼくは身を縮め、ほぼ反射的に先生がやってくる方向に背を向けてしまう。
ベッドが軋む音がして、背中の下が少しだけ傾いた。
先生の指がぼくの頭に触れ、そしてゆっくり、ゆっくり髪をとかすように撫でていった。
「キミの髪って――細くてやわらかいんだね。」
「は…はい…。」
「こっち、向いて。」
ぼくはぎゅっと目を閉じて、身体をずらし、仰向けになった。
何度かベッドが軋んで、羽根布団がめくられ、それから下半身に重だるさと、ひんやりした肌の感触を感じた。
そうっと目を開けると、髪を後ろで束ねた先生が、ぼくの肩の両脇に手をついてじっと見下ろしているのが見えた。――しかも、ハダカで。
「…怖い?」
そう聞かれて、ぼくは首を振った。――怖いんじゃない。そうじゃなくて…あまりに夢みたいで、恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそうだった。
先生の閉じた長い睫毛が降りてきて、唇が触れた。そして、妙に温度の高い舌が唇を割って入ってきて、気が付いたらものすごい濃厚なキスしてた。
もう、それだけでぼくのいたいけなムスコは爆発寸前だった。
やっと先生の唇が離れて、キュウっと抱きしめられた時は、ぼくは炎天下の犬みたいにハァハァしてて――涙まで出てきて、とんでもないことを口走っていた。
「センセイ…好き…です。ずっと…好きで…憧れてて…。」
「そうなんだ。」
「はい…。スミマセン…。」
先生がくすっと笑ってぼくの眼のはしを指で拭ってくれた。
「――泣かないで。」
「ハイ…。」
みっともないったらなかった。今までモーソーし続けたように先生を抱くとか、抱かれるとかそれどころじゃなくて、ただただ恥ずかしくてたまらない。
「岡くんて、可愛いね。――素直で、一生懸命で。」
先生は少し息を深く吐きながら、ぼくの肩や首にキスしてきた。
そして、自慢にもならないモノを手で高められながら、舌先で乳首を撫でられた時、ぼくは両腕を閉じた目の上でクロスさせたまま声をあげてた。
「手、どかして。」
腕の力をゆるめたら、両手に指を絡ませてベッドに押し付けられた。また凄い濃いキスをされて、眩暈がする。
「あ…。」
ぼくの脚に先生の脚が絡まってきて、それに、少し熱を帯びて――張りを持ったモノが脚の間に触れてた。
――頭ではわかってたけど、やっぱりまだ信じらんない。
「キミが欲しくて――もうこんなになってる。」
先生の息も熱くて、耳元で囁かれた時は鳥肌が立った。先生に欲しいって言われて、ぼくは間髪入れず答えてた。
「…したいです。――先生と。」
「本当にしちゃうよ?」
(33)
ぼくは後に引けなくなってひたすら頷いた。でも、嫌だって気持ちは少しもなくて、それどころかちょっとワクワクしていた。
「どうするかはわかってるんだよね?」
「…はい。」
「初めてだよね?」
「は、はい。」
「言っておくけど、ボクは攻めるほうは慣れてないからね。つまり、キミが初めてってこと。」
先生はからかうように笑って言った。
…ということは、やっぱり進藤さんが上だったのか、とぼくはうっすら考えた。
それから先のことは、実は、あんまりよく覚えてない。たぶん、ぼくは夢中すぎて――それに、あまりに色々衝撃的なことが多すぎて、記憶の扉が開けなくなってしまった。
覚えていることといったら、なんかものすごい恥ずかしい格好にさせられて、ありえない場所を×××されたり×××されたり××してて(恥ずかしすぎてもう無理!)、泣きたいぐらい恥ずかしかったけど気持ちよくて声あげまくっちゃったこと、それから、先生が入ってきた時、予想してたほど痛くもなくて、それどころか途中から良くなってきて最後は先生にしがみついたまま、射精してしまったこと――ぐらいかな。
ああ、思い出すだけでも恥ずかしい。
結局、ぼくと先生はそのまま一緒に眠ったんだけど、ぼくはなんだか初めての時の女の子の気持ちがわかったような気がした。
Chapter Dazed3 end