幻惑されて〜Dazed & Confused
Chapter Dazed 4
(43)
ぼくは何度も手元の腕時計と到着便の時刻パネルを見比べた。太いステンレスの手すりをきゅっと掴んだり、リノリウムの床を革靴のつま先でトントン叩いたりするのにももう飽きた。
すうと息を詰めて、はァーっと吐くのは何度目だろう。
羽田国際空港はすっかりきれいになっていて、空港っていうよりもまるでデパートのようだった。
なにしろ、都内から近いのがいい。
でも、ぼくはそんな空港の吹き抜けから見えるいろいろなショップには目もくれず、一時間も前からばかみたいに到着出口前の手すりに貼りついていた。
「あれぇ?岡くんじゃない?」
後ろで妙に甲高い声がして、振り向くと出版部の古瀬村さんだった。ぼくと初めて会った頃はただのヒラでしかなかったこの人も、今では出版部のデスクだ。ぼくはこんなところでうっかり彼に出くわすのもありがたくないなと思いながら、愛想笑いを浮かべて挨拶をしておいた。
「なに?岡くんは誰か待ってるの?」
「え、まあ…。」
今回、渡中したのは関西棋院の社九段、進藤さん、それに塔矢先生の三人で、当初名前のあがっていた緒方先生は辞退したらしかった。
「なんか北斗杯を思い出すよなあ…。結局、北斗杯も彼ら三人、出場資格がなくなる18歳ギリギリまで三年間出ずっぱりだったもんな。」
古瀬村さんはニコニコ笑ってそう言った。ぼくは最初の北斗杯を今でもよく覚えてる。塔矢先生の戦いっぷりを見てぼくはプロを意識しだしたんだから、忘れるはずなんてない。
「そのうち二人がタイトルホルダーで、社くんだって今や関西棋院最強の一人だもんなあ。やっぱり、センダンは双葉より芳し、ってやつかな、ハハハ。」
ぼくはその言葉に首をすくめた。――どうせ、ぼくはセンダンでも天才でもないさ。でも――塔矢先生はそんなぼくでも抱いてくれる。
タイトルなんかいらない。先生と一緒にいられるのなら死んだってかまわない。
先生はぼくと一緒にいるときは碁の話はあまりしないし、部屋で対局したのは一度だけだった。
最初はいつもの鋭い眼で打っていたけど、途中、ハーッと溜息をついてニッコリ笑い、「そろそろ投了するかい?」と聞いてきた。
「あ――進藤くんと塔矢くん出てきた!」
磨りガラスの自動ドアに目を向けると、黒いPコートを着てリモワのキャリーバッグを引きずった塔矢先生の姿が目に入った。そのすぐ後ろにはパイロットジャンパーを着込んだ進藤さんと棋院のスタッフがいて、先生と進藤さんの二人は親しげに何やら会話を交わしていた。
――えっ…。
ぼくは心臓が早鐘のようにトクトクと脈打つのを感じて拳を握りしめた。
――まさか…。棋戦中にヨリを戻した…とか?
「進藤くーん!塔矢くーん!」
古瀬村さんの声で二人がこちらに気付き、先生は黒い革の手袋をはめた手をあげてこたえた。今日の先生は全身黒づくめで、それが細身の体に合っていてすごくカッコよかった。
「おかえりなさい、先生。」
「ただいま。」
先生はぼくに微笑んだけど、すぐに後ろの進藤さんに振り向いて言った。
「じゃあ――来週――王座戦で…。」
「ああ。じゃあな。」
進藤さんは少し微笑んだように思えたけど、ジェラルミンのキャリーケースを引きずって早足に立ち去って行った。古瀬村さんや棋院のスタッフたちがそれにぞろぞろとくっついていった。途中、カメラのフラッシュが焚かれ、一般紙だろう、あまり顔なじみじゃない記者たちが進藤さんを取り囲んでいた。急に周りを囲まれ足止めされて困った顔をしていた進藤さんだったけど、やはり、さすがは棋聖で王座って感じだ。しかも、今回の棋戦で進藤さんは宿敵の高永夏や、中国のエース陸力を撃破して優勝している。
長らく中・韓に対して遅れをとっていた日本にとって、その快進撃は目の覚めるような「事件」だ。
一方、進藤さんと同じタイトルホルダーの先生とぼくのまわりは閑散としたもので、ぼくらはうっかり記者たちがこちらに押し寄せないよう、急いで駐車場にまわった。
「先生、荷物…。」
「あ、いいよ。それより、東京はそんなに寒くないんだね――当たり前だけど。」
「北京は寒かったですか?」
「ウーン、寒いよりも乾燥がひどくてね。リップクリームをあわてて買ったよ。」
「あのっ…!車はあっちです。」
(44)
ぼくは数メートル先に停めてある白いレクサスを指して言った。――実家で親を説き伏せて借りてきたヤツ――まあ、進藤さんのようにやたら高そうなBMWのスポーツタイプってわけにはいかないけど、レクサスならまあまあかな。
トランクを開けてキャリーバッグを入れ、助手席に先生が座ったのを見計らってエンジンをかける。
「なんだか…いつも右側から入ってるから、間違えそうになった」
先生がそう言って笑った。――そうか、進藤さんのZ4って左ハンドルだもんなあ。ぼくは注意深くアクセルを踏んで、何度か空港内のあちこちを回って高速に出た。
車内でぼくと先生は言葉少なにじっと押し黙っていたけど、不意に先生が口を開き始めた。
「非公式戦扱いとはいっても、地元のメディアはいっぱい押しかけてくるし――その中で優勝しちゃうし――あぁ、ボクも頑張らないとな。」
先生は三回戦までコマをすすめたものの、地元の新鋭を相手にさんざん手こずり、それが尾を引いたのか、その直後の一局で高永夏に一目半負けしてしまっていた。
「中国の若い選手とは打ちづらそうでしたね。」
「うん――今のところ、彼は最高勝率を上げてる。まだ19歳だって。正直言って、陸力や趙石よりはるかに手強い印象だったな。」
「進藤さんは――。」
「うん。周りは彼が優勝するとは思ってなかったんじゃないかな。そんな反応だった。実力的にはボクだって進藤だって可能性はあったんだけどね。」
「関西棋院の社さんは一緒じゃなかったんですか?」
「ああ――彼、大阪だろう?北京の空港で別々の便だよ。彼とも久しぶりに会って色々な話をしたんだけど…楽しかったな。」
「――そうですか。」
ぼくは何か嫉妬のようなものを感じた。「嫉妬」じゃない、「嫉妬のようなモヤモヤ」だ。やっぱり先生にはぼくなんかが立ち入ることのできない「領域」があって、その一つはやっぱり…社さんとか進藤さんとかのいる世界で――なぜか、脳裏にどこかのホテルのベッドで抱き合ったままキスをする進藤さんと先生の姿がよぎった。
先生がショルダーバッグの中をガサゴソして、舌うちをした。
「あー、リップクリーム、進藤に貸しっぱなしだ…。」
「は…?リップ…ですか?」
ぼくはますますドキドキして、あやうく浜崎橋のジャンクションを通り過ぎてしまうところだった。
「うん――彼、空港でホテルにリップ忘れたから貸せって言ってきて…。返してもらうの忘れた」
――なあんだ。
ぼくは少しほっとしたけど、――それにしても、そんなもの、社さんに借りてもよさそうじゃないか。
…というか空港で買ったって知れてるじゃないか。なんだって先生のを借りるんだろう。
――ワザとじゃないのか…?
ぼくは進藤さんと何があったのかって問い詰めたかった。だって、一週間近くも一緒にいたんだ。何かあっても不思議じゃない――。それに、以前、先生の家で見たときとは違い、いやに親しげに笑い合う二人を見て、何もなかったというほうが信じられない。
先生の自宅へ着くと、ぼくはたまらなくなって玄関で先生にキスをした。先生はちょっとよろけたけど、ぼくの肩に手をまわしてキスにこたえてくれた。
「センセ…会いたかった…。」
「そう…。ボクも岡くんに会いたかったよ。」
でも、先生はあっさりぼくを手放すと靴を脱いでキャリーケースを持ちあげ、バスルームへと向かった。
しばらくして、洗濯機の音と、シャワーの音が聞こえてきた。
――やっぱり…進藤さんとよりを戻したに違いない。
ぼくは唇を噛んで、バスルームの前でぼんやり立ちつくした。
カタンとバスルームのドアが開いて、先生の細い腕が何かをさぐるようにさまよった。
「あー…ゴメン、岡くん、バスタオル取って。出すの忘れてた。」
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ぼくはバスルームの脇にあるヒラキを開け、クリーム色のバスタオルを取りだした。
でも…ぼくはそれを目の前の脱衣カゴに放り投げると、ものすごい勢いで服を脱ぎ、バスルームの隙間から入り込んだ。
「あ…。」
髪から水をポタポタ垂らしたままの裸の先生がポカンと口を開けてた。
ぼくはシャワーを思いっきり出して、その下で先生に抱きつき、まるでゴーカンするかのように淡い色の唇を吸った。
「ちょ、ちょっと…待てよ…。」
「センセイ…進藤さんとヤッたんでしょう?」
「え…?」
「だって、前はあんなじゃなかったでしょ…先生、北京で進藤さんに抱かれたんでしょ?どんな風に抱かれたんですか…?ぼくにしてるみたいにフェラもした?」
「何を言うかと思えば…」
先生はクスッと笑ったけど、眼はちっとも笑ってなくて――きっと図星なんだって思った。
「それとも、先生が進藤さんを抱いたのかな。ねえ、どっちなんですか?」
「どっちでもないよ。――キミ、誤解してるみたいだから言うけど…進藤とは何もなかったよ。」
「……。」
ぼくは片手でボディソープを手に取ると、その手で先生のアソコをきゅっと握りしめた。
「な…!」
先生はぼくの肩をつかんで抵抗してたけど、ぼくはバスルームの壁に押し付け、もう勃起しきっちゃってるぼくのモノを先生の手に握らせた。
「もう先生と十日もしてないし…。先生があっちにいる間、毎日毎日、先生で抜いてた…。」
先生は冷たい眼をチラとぼくに向けたけど、諦めたように目を伏せて、ぼくのアソコを手でしてくれた。
その長い睫毛が妙に色っぽくて――それに、さっきから脳裏にずーっとずーっと進藤さんに抱かれている先生がいて…ぼくは歯止めがきかなくなってた…と思う。
ぼくは先生の手を取ると、ぐいっと引っ張って後ろ向きに壁に押し付けた。
「な、何するつも…り…?」
ぼくは答えずに、先生の髪をかきあげて、形のいい耳に舌を突っ込んでた。先生がひぁっと声を上げてのけ反った。手を前にまわして、半分持ちあがってるアソコを撫で上げる。
「ね…岡くん…やるならベッドへ行こうよ…」
先生の声が喘ぎまじりに弱弱しくなってきて、ぼくはそれにひどくそそられてた。先生が言ってる進藤さんと何もなかったってこと――それは嘘じゃないんだろうけど…でも…。
ボディソープをもう一回、出して、先生のお尻の間に指をもぐりこませた。
「痛ッ…!」
そこは硬くて、小指一本すら入らないような感じだったけど、それがなんとなく癪にさわった。
「でも、進藤さんのアレなら受け入れちゃうんでしょ?」
「だ、だから…進藤とは何もなかったって…。」
「進藤さん、言ってた。先生といると体力奪われるって――先生、抱かれるとそんなにインランになっちゃうんだ…?」
「ばっ…バカなことを…」
「ぼくに抱かれるのじゃ…年下じゃダメですか?たかが三段のペーペーじゃ燃えない?」
ぼくは先生の細い腰を抱えると、ボディーソープを落すようにシャワーのお湯をかけ、膝をついて、小さなお尻を両手で広げた。真っ白なお尻の中央に、少しベージュがかったヒダヒダが見えて、ぼくはそこに舌を当てていやらしく舐めまわした。
(46)
「は…んんッ…!ちょっと…やめ…」
先生の真っ白で細い身体がのけ反った。
「センセイ…気持ちイイ?」
「う…ン…。ね、ちゃんと準備するから…ベッドで待ってて…」
「本当…?」
「嘘なんかつきやしない…よ…ね、お願いだから。」
ぼくはついに屈服した先生を目の前にして、すごく興奮してた。渋々そうに手を離し、バスルームを出ると、身体を拭き、もう一枚、ふかふかのバスタオルを脱衣カゴに出してあげた。
クリーム色のバスタオルを身体にまきつけて大股でベッドへ向かい、ゴロンと横になる。
先生はでも、なかなか戻って来なくて、ぼくはちょっと焦れてきた。
やっと浴衣――ちょうど、どっかの高級旅館にあるようなやつ――で出てきた先生を見ながら、ぼくは大胆になっていた。
「遅かったじゃないですか。――待ちくたびれた。」
「ゴメン。」
先生はベッドに座ると、浴衣の帯に手をかけた。縮緬の三尺帯がほどけたところで、ぼくは先生の両手を掴み、ベッドの上に押し倒した。
「どう…したんだ…?岡くん…。」
ほどけた三尺帯を抜き取り、頭の上で手首を交差させると、やわらかそうな縮緬帯をぎゅっと引き絞った。先生が息を呑んだのがわかった。
――手順を間違えたかな…。まず、浴衣を脱がせてから縛らなきゃ…。
そう思ったけど、そんなのあとで何とでもなりそうな気がした。
細い縦縞の浴衣の両端を掴んで大きく広げると、いつか見た時と同じ、先生のロリっぽいカラダがあった。脚の間にわずかな隙間ができていて、ぼくは膝頭の間に人差し指と中指を合わせて入れた。すうっと上に向かって撫であげると、先生の身体がヒクンと震え、ぼくの指を軽く挟んだ。
ぼくはそれをこじ開けるように、舌先でちらちら隙間を撫で上げていった。
「ん…ッ…!」
脚の力がゆるみ、ぼくは膝頭を掴んで、左右に大きく広げた。ほっそりとして中性的な身体と、それに不釣り合いなモノ…。
内腿がまぶしいほど白くて、脚の付け根から少しくぼんでいるところに唇を当てると、先生が息を短く吐きながら喘いだ。
「センセイっていつもは清純そうでカッコイイのに、こうされると感じちゃうんだ…ヤラシイ…。」
「ン…。」
ぼくは膝の裏を掴んで、きれいな脚を思いっきり持ちあげた。
「あ…はぁンッ…!」
いわゆる、M字開脚…。すごく、イヤラシイ。
アソコの部分がもう丸見えで、プルッとしたタマなんてすっごい美味しそうで、しかもそのちょっと下にあるヒダヒダの口が濡れて光っていて、ぼくはのしかかりながら、やけにデカいアソコからヒダヒダまで、夢中で舐めまわしてた。
先生は時々呻きながら息を詰めてたけど、さすがにヒダヒダを舌でつつきまわしてたら、ものすごい色っぽい声を上げてて、ぼくはしてやったりって気分になってた。
どうやら、先生はそこにローションを仕込んできたみたいで、微かに人工的な香りがした。人差し指と中指を合わせて潜り込ませると、先生は声にならない悲鳴をあげた。
「センセイ…もう、限界…!入れていい?」
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ぼくはどうしようもなく勃ってるモノをソコに押し当てて身体を揺すった。
「ダ…ダメだよ…もうちょっと馴らしてからでないと…」
「――昨日とか、進藤さんにハメてもらったんじゃないんですか?」
「だから――。」
そう言いかけた先生にぼくは体重をかけた。ズルッと先端が先生の中に入った。
「い…痛いよ…!待って…お願い…!」
先生がジタバタと暴れて、ぼくのモノが外れた。切れ長のきれいな眼のはじにうっすらと涙が溜まっていた。
「馴らせばいいんですよね…?」
「ん…そこの引き出しの中に…ローションがあるだろう?」
ぼくは頷いて、ベッド脇にある小さな引き出しつきのテーブルから焦げ茶色のプラスチックボトルを出した。フタをあけて手に取ると、ゼリー状のものがドロンと出てきた。ちょっと薬品くさい。
のしかかりっぱなしだと面倒くさそうなので、三尺帯を一旦、解いてあげて、肩にひっかかってた浴衣を剥がした。
先生は何も言わず、うつ伏せになると、肘をついて四つん這いになった。その姿が凄くいやらしくて、ぼくは一旦萎えかけたムスコが勢力を取り戻していくのを感じながら、ちっちゃいお尻の間にせっせとローションを塗り込んだ。ヒダヒダをちょっと撫でてから、指を一本ずつ入れてみた。
思ったよりもソコはきつくて、先生がぼくに入った時もこうだったんだろうかと思った。
先生がぼくに入ってきた時は――ものすごく時間かけてヒダヒダのあたりを揉んでくれたり、舌で感じさせたりしてくれたのを思い出した――それに比べたら、ぼくは残酷極まりないことをやっている――先生が死ぬほど好きなのに――たとえ、振り向いてくれなくてもいいって思ってたのに―― 進藤さんへの当てつけの道具にされていることすら嬉しくてたまらなかったのに。
どこで間違っちゃったんだろう、って思った。
こんなひどいことをしておいて、明日からどうやって先生と顔を合わせるんだろう。
でも、先生は何事もなかったような顔をして、やわらかく笑って、「おはよう」とか言うんだ。
ぼくは胸いっぱいにチクチクと罪悪感を感じながら――でも、下半身の欲求だけは止まんなくなってて、後ろから先生を犯してた。
先生の中は暖かくて、ものすごくキツかった。
先生は息を詰めてた。ときどき、背中に鳥肌が立って、ぐっと呻きが漏れた。
気持ちイイ――けど、心が痛くて、冷たかった。
ぼくはせめて中出しだけは避けようと頑張り、ギリギリのところで引いて、先生のきれいな背中に出し、それから、ティッシュで丁寧に拭き取った。
先生は動けなくなっていた。うつ伏せのまま枕に顔を埋めている姿を見て、自分のした事の重大さにやっと気付いた。
「先生…ゴメンナサイ…。」
なんかじわあっと涙出てきた。
「痛かったですか…痛かったですよね…?ゴメンナサイ…。」
もう先生に触れることすら許されない汚らわしい存在な気がして、ぼくは先生の横で正座したままひたすら謝ってた。
不意に、先生が顔だけ横に向けて、ぼくを見上げた。血の気が引いていて青白い顔は王座戦第一局のときみたいだった。
「先生…ゴメンナサイ…。」
「いや…そんなに謝らなくても…。」
「だって…。」
「…ボクの方こそ、申し訳なかったって思ってる…。」
「え…!?」
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先生は難儀そうに、くるりと仰向けになると、宙を見つめた。
「――進藤とは、本当に何もなかったんだよ…。まあ…いくら喧嘩しても別れても彼は生涯のライバルだし…いつまでも口も聞かないでいがみ合ってるわけにもいかないし…それに、社もいたしね。周りに変に勘繰られても嫌だし…。」
そりゃ、そうだ。――いくらガキみたいな喧嘩してても、やっぱり仕事は仕事と割り切らなきゃいけないのなんて当たり前だ。
「昨日は三人で遅くまで飲んでた。――色々な話をしたよ。でも、何もなかった。」
「…そうですよね。」
ぼくは何かトンチンカンな受け答えをしていた。先生はフゥと息をつくと、まぶしそうに目を細めた。
「でも――何かあってもよかったな…。」
「……!」
やっぱり、そうなんだ。
いくら喧嘩しても、何しても、先生ってやっぱり進藤さんが好きなんだ――ぼくが先生を想うよりずっと――やりなおしたいって思ってるんだ。
「――キミには済まないことをしたって思ってるよ…本当に。進藤への当てつけにしようなんて思ってはいなかったし、本気で可愛いと思ったけど…。でも…。」
ああ、先生。もうこれ以上言わないで。――ぼくはたとえ利用されたとしても、先生と愛し合えて幸せです。それに、先生にやさしくされて嬉しかった――。
でも、たった一カ月に満たない間でも、ぼくは一生忘れないと思う。だって、初恋の人とエッチできるなんてすごくラッキーだし。
それに、最高峰にいる人をたとえ短い間でも独占できたなんて…。うわ、ぼくってポジティブ思考すぎんのかな。
追伸:
「それで…これからどうするんですか、先生?」
「ウーン…それなんだけど…進藤はなんだか憑き物が落ちたみたいにスッキリしてて…それが癪に障るんだよ。やっぱりボクといないほうが楽なのかな。」
「憑き物…ですか…。」
「うん…あ!憑き物っていえば…ここの家、――出るんだよね。」
「は?」
「ウーン…。番町皿屋敷の話は知ってるよね?アレ、このへんらしいんだ。もしかしたら、このマンションかも…。」
「うわあ…!先生、やめてくださいよ。」
「いや…単にボクが精神的におかしくなってるだけかもしれないんだけど…第一局の後ぐらいから、真っ白い着物着た髪の長い女の人が時々…。」
「うわあああああああー!や、やめてくださいってば!それ…お菊さんじゃ…。」
「うーん…なんか違う気がする…男色の果てに彼氏を寝とられた女性の霊なのかな、アレ。」
塔矢先生はこともなげに言うと眼を閉じた。
「岡くんとした後とか、一瞬、見えたりするし。なんとなくだけど…今夜あたり、また出ると思うから…岡くん、そろそろ帰ったほうがいいかもね。――見たいなら別だけど。」
――こうして、ぼくは急いで家へ帰り、それから…泣いた。眼が溶けるんじゃないかってぐらい、泣いた。
Chapter Dazed 4 end