幻惑されて〜Dazed & Confused

Chapter Confused 4

(49)
11月も半ば――王座戦の第三局目が終わり、ヒカルは四目半差で勝ち星をあげた。俺はその速報にほっと胸を撫で下ろした。自分のことでもないのに背筋がピリピリと痛み、手にはじっとりと汗をかいていた。
ヒカルから電話があったのは第三局目が終わった直後のことで、俺は加賀の会社から自分のオフィスへと黄色いポプラの落ち葉を踏みしめながら向かっているところだった。
「今さ、特急の中なんだ。――たぶん、あと一時間ちょっとで東京に戻れると思うんだけど…。」
「なんだ、温泉旅館でゆっくり寛いで来るんじゃないのか?」
俺はのんびりとそう言ったが、ヒカルはそれに応えることなく、つっけんどんに言った。
「今夜、会える?」
ヒカルと会うのは久しぶりだった。――というよりも意外だった。
「別に予定はないからいいが…。」
「じゃ、オレんち来てよ。…じゃ!」
彼はそう言ってさっさと電話を切ってしまった。俺はツーッツーッと虚しい受信音を手に、あっけにとられて椅子にもたれかかった。
ヒカルは暴君だ。
だが、あっさりとその甘い表情にほだされて言いなりになってしまう。それどころか、俺は心底喜び、もっと惑わされたいとさえ思った。タチが悪いことこの上ない。
考えてみればその暴君ぶりの最大の被害者は塔矢で、ヒカルに会わなければ、彼もプロ棋士になったにしてももっと平凡な――今頃は若手中堅におさまっていたのやもしれないし、下手をすればプロ棋士にすらならなかったかもしれない。
それを全てひっくり返し、彼の人生までも狂わせたといってもいいのは――進藤ヒカルという不思議で魅力的な暴君だったのだ。
天才の名をほしいままにした塔矢ですらさんざん振りまわされてきたわけで、俺なぞは言うに及ばずだ。
ひどく事務的かつストレートに自宅に呼ばれ――つまり、それはセックスを意味するわけだが――普通ならその扱いに耐えかねるところが、俺はバカみたいに尻尾を振って喜んでいる。
隅田川から時折、冷たい風が吹き付ける中、俺はひさかたぶりにベージュ色の扉の前でベルを押していた。
インタフォンにヒカルが出て、そっけなく俺に言った。
「ドア、開いてるから入って。」
なんと――俺はヒカルの領域に勝手にズカズカ入れるほどに昇格したのだろうか?――いや、おそらく違う。
俺は単に迎えられない存在に成り下がっただけだ――嫌な予感がした。
このドアの向こうにはすでに「先客」がいて、すでに開始しているのかもしれない。
俺はフッと息を吐き、そろそろとドアを開けた。細長い廊下の先に中近東風のラグを敷き詰めた大きなリヴィングがあるはずだ。
それにしても、あれほど俺を入れたがらなかった自宅にいきなり誘うとはどういうことなんだろう。単に時の経過とともに塔矢の記憶が薄れていったからだろうか。

(50)
リヴィングに足を踏み入れると、シルクの絨毯の上、大小さまざまのクッションに埋もれるようにして裸のヒカルが転がっていた。
背の低い螺鈿細工のテーブルはカーテンのかかった窓際のほうに押しやられていた。
「やあ、岸本くん。」
俺は唇をぎゅっと噛みしめた。
――やはり、そうだったか。
鋭い眼をした彼は小さい注射器のようなシリンダー管を分解すると、傍らのゴミ箱に投げ入れた――俺は投げ入れられたゴミ箱を凝視した。
「おいおい、そんなおっかない顔すんなよ。ヘロインとかLSD入れてるわけじゃねえぞ。」
「じゃあ何だ?」
「んー、いわゆる合法ドラッグとか脱法ドラッグってヤツかな。それを水で溶いてケツから入れただけだ。直腸からのほうが量も少なくて済むし、すぐ効くからな。皮下注射なんて怖くてできるか。」
結局、同じことじゃないか。俺は拳をぐっと握り締めてヤツを睨みつけた。
「で…。何を入れたんだ?」
「最近出回りだした新しいヤツさ。入れて10分もしないうちに淫乱なネコになるやつ。」
彼はさらりとそう言うと、クッションに埋もれたヒカルに軽くキスした。
「前回はスゴかったよなあ?コレ、ブチこんで5人に代わる代わる可愛がってもらったもんな。」
「5人?どこでの話だ。」
「そういう店に連れていってさ。勿論、素性はいいクラブだぜ。――ヒカルはカワイイしイイ身体してるからな。あっという間に群がってきやがった。で、それをどうにかこうにかさばいて5人。」
「5人全員とヤッたのか?」
俺は相当、険しい表情になっていたと思う。口の中に唾液がたまり、足元がグラグラと震えた。その震えをごまかすために、俺は床に座り込むと煙草に火をつけた。
「ああ、ハメまくりのしゃぶりまくりだったよ。このブツだけどな、性感が上がるだけじゃなくて、理性の垣根が低くなる感じなんだよな。――だからもう…フフフ…棋聖サマもエロいコトを叫びながらハメまくりだ。」
俺はコイツを思い切りぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。だが、彼はヒカルを抱きかかえるようにして耳元で囁いた。
「今日はお気に入りの岸本くんがいるぜ――よかったな。ぶっといの入れてもらえるぞ。」
「ん…。」
ヒカルは俺のほうを潤んだ目で見上げていたが、彼が脇腹を撫で上げると、唇を噛んで震えた。
「熱い…。」
「じゃ、オレはゆっくりシャワーしてスタンバってくるかな。」
俺はリヴィングのドアが閉まるやいなや、膝立ちになってラグの上をすすみ、クッションに埋もれる身体を抱き起こした。
「ヒカル…?キミは…」
スーツの腕をぎゅっと掴まれ、苦しく喘ぐ呼吸が胸元にかかった。
見上げた瞳があまりに切ない光に満ちていて、思わず俺はその唇に口づけてしまった。ヒカルの舌が俺の唇を割って侵入し、激しい勢いで俺の舌を吸い上げる。

(51)
両腕が俺の首にまわされてぐいと引っ張られ、俺は前のめりにヒカルもろとも床に倒れ込んだ。
起きあがろうにも、絡んだ腕と、太腿に巻き付いた脚の力が強くて、俺は身動きが取れなくなっていた。
その状態で、ヒカルの右手が俺の股間をスーツの上から擦り始めた。
「…やめろ、ヒカル…。」
俺は必死に逃れようともがいたが、首をロックされた上に両腿に脚が絡んではどうすることもできない。
ベルトが外され、ジッパーを下ろされた。
「岸本さん…」
「やめろッ!」
下着がずらされてやけに熱を帯びた手で扱かれ、俺は喘いでいた。
こんな状況でセックスするなど、考えてもみなかった――完全にブッ壊れている――。
「ヒカル…やめ…ろ…ンンッ…」
どうにかしてこの狂った生き物を正気に戻さなければいけないと思いつつ、俺はいままでにないぐらい興奮していた。ヒカルの指がねっとりと先端を撫で上げ、絶妙な力加減で俺をしごきあげる。
抵抗ができなくなった俺をラグの上に仰向けに押し倒し、ヒカルがのしかかってきた。あっという間に俺のモノが音を立てて口に含まれ、俺の目の前にきつく立ちあがったモノが差し出された。そこはきれいに毛が剃られ――もともとあまり濃いほうではないにしても子供のようにつるんとしていた。
俺はいけないと思いつつ、興奮を抑えきれずに先端を口に含み、舌先で転がしながら、無防備につるんと姿をさらけ出した睾丸を撫でまわした。
「ああンッ…!気持ちいいッ!」
ヒカルの背がのけ反るのがちらと見えた。俺が少し攻撃の手をゆるめると再びヒカルが俺を吸い上げる音がして、いつもより執拗なディープスロートが襲ってきた。このままではすぐに達してしまう。
俺はあわててそこから身体をはずし、やっとのことで起きあがると、ゆっくり服を脱ぎ始めた。
「あ…ん…岸本さん…早く…欲しい…」
焦点の合わない熱っぽい眼が俺をとらえていた。ほの紅く染まった身体をくねらせ、立て膝になった長い脚を大きく開いたまま、右手が激しく上下していた。
ギョッとした。ヒカルが自分でするのを見るのは初めてではない。――が、今のヒカルはといえば、シルクの絨毯の上で悶えながら見せつけるように、誘うように激しい自慰をしていて、かつてのようにためらいながら震える姿とは程遠かった。
俺は服を脱ぎ棄てて全裸になると、いやらしくピンと尖った乳首を撫で上げた。
「はぁッ…!」
ヒカルの身体がビクンと鋭く震え、噴き出すように白濁した液体が腹に飛び散った。――クスリの力とは怖ろしい。
ほんのわずかな刺激でも射精させてしまうらしい。
「アッアッアッ…ん…まだ…」
達したあとでありながら、そこはまだピンと張ったままで、ヒカルは左手を精液まみれにしながら擦り続けていた。
俺はなかばいたたまれなくなって、ヒカルの両手首を掴んで、屹立したモノを吸い上げていた。
「イイッ…!あん、いいッ…もっと吸ってッ!」
俺は完全に動転しながら、しかし黒い興奮がこみ上げてくるのを覚えた。
一体、ヒカルは何度こんな風に狂った姿を晒しながら抱かれたのだろう。だが、それを止めようにも無理な話だった。

(52)
せめてできることといったら、出すものがなくなるか薬物が切れるまでやるしかない。
――いったい、どうしてここまで暴走してしまったのだろう。
ふと、中国での棋戦で並いる強豪をはねのけて勝利したことを思い出した。
全部の棋譜を見たわけではない。だが、優勝戦、高永夏との一戦は神がかり的とも言えた。
それだけではない。暗い森での一件以来、ヒカルはそれまでの不調が嘘のように上り調子できている。
王座戦の一局目はらしからぬ敗北を喫したものの、その後は少なからぬ差をつけて塔矢に勝利しているし、タイトなスケジュールを縫っての国際棋戦では周囲の予想を裏切る勝利を手にしている。
――悪魔に魂を売ったのか。
「はぁぁン…後ろもして!」
俺は言われるままに膝を抱え上げ、ひくついているところを舌先で突いた。
ずいぶん痩せた気がする。表面上はわからなかったが、わずかにあばら骨が浮き出ていて、尻も少し小さくなっていた。
ひょっとして…俺と会っていない間、ヒカルは彼に毎晩のように激しく抱かれていたのだろうか。
ふと、身体を起こすと、いつの間にかヒカルの脇で怒張したモノを咥えさせる彼の姿が目に入った。
「今日は岸本くんと二人で失神するまでハメてやるからな。」
細い髪を撫で上げる手にさえ反応して、象牙色の肌が震えた。彼は俺をちらりと見てニヤッと笑った。
「ヒカルってさ、いくらハメまくっても、ちっとも緩まないんだよな。まったく、タチ殺しだよ。」
俺は物凄い勢いで怒りのゲージがあがっていくのを感じた。
「フェラも上等だ――ほら、イクぞ。全部飲めよ。」
彼が喘ぎながら腰を打ちつけると、ヒカルが喉の奥でヒクッと呻いた。
ヒカルの身体から彼が離れ、俺は細くなってしまった身体を抱き上げ、力いっぱい締めつけるようにして抱え込んだ。
「い…痛ッ…」
ヒカルが咳き込みながら、小さく呟いた。
「おい。」
俺は細い髪の間に顔をうずめた。声がなぜか震えていた。
「クスリを抜く方法はないのか?」
「なんだよ、悪酔いしちゃったのか?そんな風には見えないがな。」
「――抜く方法を教えろと言ってるんだ。」
俺の剣幕に気押されたのか、彼はシャツを拾い上げて面倒くさそうにそれを羽織り、クッと笑いを洩らした。
「なんだよ。エロいヒカルとハメまくれていいだろうって呼んでやったのに――。ま、ヒカルからご指名もあったしな。」
コイツがいちいちヒカルの名を口にするたびに俺は焼けつくような怒りを感じていた。
俺がもう一度、睨みつけると、彼は面倒くさそうに溜息をついて立ち上がり、傍らにあった鞄の中からシートに入った錠剤を投げてよこした。
「それを一錠、飲ませれば感覚はかなり戻るぜ。――ま、軽い抗ウツ剤みたいなもんだけどな。たぶん、舌下に入れたほうが効きは早い。」

(53)
俺は片手でシートから錠剤を出すと、ヒカルの口をこじあけて舌と口腔の間にそれを突っ込んだ。
ヒカルは俺の顔を見上げたが、そのままおとなしく口を閉じた。
「――ったく、興ざめもいいところだ。」
「出て行け。」
ヤツはギラリと鋭く俺を見たが、すぐ嘲笑するような笑いを浮かべて立ち上がった。
「それとも、そこのベランダからキサマを突き落としてやろうか。運がよければ隅田川で泳げる。」
「フン――。言われなくても出て行くから安心しろ。」
俺はじっと目を閉じたまま、ヒカルを抱きかかえていた。顎のあたりからポタポタと液体が落ちる。
俺はどうやら泣いているらしかった。
「言っておくが、誘って来たのはそこの淫乱なガキだぜ。――いいか、そのガキはオマエの手にはあまるな。オレでなくてもどっかでまた咥えこんでくるぞ。彼氏もご苦労なこった。」
フローリングの床を乱暴に踏み鳴らす音が遠ざかっていった。
遠くで、ドアが閉められる気配が感じられ、あたりは静寂を取り戻しつつあった。
「苦しい…」
かすかな声が響いて、俺はやっと腕をゆるめた。
「大丈夫か?」
「うん。」
「ダメだろ。」
「……。」
「ココはキミと塔矢の領域なんだぞ。わかってるのか?」
ヒカルはフゥと溜息をついたが、何も答えなかった。
「身体壊して、塔矢と打てなくなったらどうするんだ?監督不行き届きで俺が塔矢に責められるんだぞ。」
俺はたぶん、わけのわからないことを言っていたと思う。だが、そんなことはおかまいなしに、ヒカルの力が抜け、気がつくと大きな眼が半開きになっていた。
「ゴメン、岸本さん…眠い。」
俺はあわてて飲ませた錠剤のシートをめくった。そういえば、俺もマネージャーになりたての頃に時々お世話になった抗ウツ剤だった。副作用で異様に眠くなるものだ。
俺はヒカルの身体をひきずるようにして正方形のベッドまで行き、上掛けをめくって生白い身体をもぐりこませた。
――やはり、痩せた。
それに、あちこち、赤いアザやら細かい擦り傷がついていて、いったい何をされたのかと思うと胸が苦しくなってきた。

俺はシャツ一枚をひっかけて洗面台へ行くと丁寧に顔を洗い、リヴィングに戻ってスーツを着直した。
シルクの絨毯に転がったクッションを拾い上げ、それを元通りに整えた。
煙草を吸った。
ふと、もう一本に火をつけてから、カップボードを開けてみた。
写真立てが伏せられていて、俺はそれを立てかけなおしてやった。
俺は写真の中の塔矢とヒカルをためすすがめつ見比べ、それからベッドの上で寝息を立てているヒカルを見詰めた。
もう一本、煙草に火をつけてから、上着のポケットをさぐり携帯を出した。
買ったばかりのアイフォンで、まだ使いこなせていないが、電話帳だけはすぐに出せる。
俺はぐるぐると電話帳を眺め、それから発信ボタンを押した。
コール音がツーッと長く響き、俺は柄にもなくドキドキしていた。

Chapter Confused 4 End

幻惑されて(一応、完了)

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