淫靡礼賛
(46)
一旦、それを引き抜き、重たげに揺れる睾丸を唇に押し当てる。
「ふぅんッ…!」
毛むくじゃらの睾丸を押し付けられ、ヒカルはいやいやをするように首を振った。
「ほら、タマもしゃぶるんだよ。――してやらんぞ。」
唇の上にグロテスクな肉の色をし、ぽつぽつと白髪のまじった毛を生やしたものを擦り付けると、よう
やく観念したのか、口を開いて呻きながらそれを咥えた。
「おおおぅ!おぅ…いい…もっとだ」
座間はヒカルの顔の上で腰を振り続け、その小さい唇の奥からウッウッと吐き気をこらえるような声が
漏れた。座間は肉体と嗜虐の快感に酔いしれ、勃起した一物と睾丸を何度も交互に吸わせた。
「ほぅ…このままでは出ちまうな。」
クッと笑ってやっと引き抜くと、かわいらしい顔が座間が飛び散らした淫液と涙に濡れそぼっていた。
(47)
* * *
誰もいない大きな家の中で、アキラはきちんと正座をしたまま棋譜と碁盤を交互に見詰めていた。
心がざわつくときはやはり、古い棋譜並べが一番落ち着く。
とくに秀策の棋譜は何度も何度も並べた。
最後まで並べきって、アキラはふぅと溜息をついてすこし微笑んだ。
進藤ヒカルも今、自分と同じように秀策の棋譜を並べているのだろうか、と思った。
昨日はつまらないことを言って気分を害したのか、ヒカルはさっさと帰ってしまったけれども――。
でも、また来週、棋院で会うことができるはずだ。最近は彼も高段者手合が主戦場、やはり同じ年の
ヒカルがいるといないとでは気分が違う。
それまではただピリピリした心を落ち着けるために四苦八苦したときもあったが、今では特に意識をし
なくてもすぐに静かな心になれる。――進藤ヒカルの姿を目にすればすぐに。
(48)
来週、会ったら謝ろう。そして、父の碁会所でもいい、ヒカルが行くほうでもいい――または、ウチでも
いい…もっともっと会いたい――アキラは強く想った。
不意に、玄関の呼び鈴が夜のしじまを切り裂くように響いた。
いったい、こんな時間に誰だろう?芦原が心配して夜食を差し入れにでも来たのだろうか。
柱時計を見ると、すでに11時を過ぎていた。いくら芦原にしても、電話もなしに来るには遅すぎる時間だ。
不審者かもしれない、と改めて防犯機器のランプがついているのを確かめ、おそるおそる玄関に出る。
「はい、どなた…」
言いかけてアキラはその場に固まった。
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曇りガラスの向こうに見覚えのあるジャンパーを羽織った小さな人影が見えた。
「進藤?」
あわてて、防犯装置を解除し、玄関の鍵を開ける。ガラリと引き戸を引くと、ジャンパーの
フードに首を埋めるようにしたヒカルが俯いて立っていた。
「進藤…?どうしたんだ?こんな夜中に。」
「ごめん、塔矢…」
いつもの彼らしくない青白く、打ちひしがれた表情にアキラは狼狽した。――何かあるに違
いない。
「とにかく、入れよ。寒いだろう?」
促したアキラに玄関のたたきまでのっそりと足を踏み入れたものの、ヒカルは黙りこくった
まま立ちつくした。
「進藤?」
(50)
振り返ると、大きな瞳にブワッと涙が噴き出した。
「ど、どうしたんだ?」
「塔矢――オレ…。」
あわててたたきに飛び降りて、肩に手を置いた。――この間のようにいきなり抱きしめたりし
ないよう、アキラは息を整えながらはやる気持ちを抑え込んだ。
「あ、あの…もしかして…ボクの…せい?あんまりきついことばかり言うから…」
ヒカルは泣きじゃくりながら、首を振った。
「と、とにかく…上がれよ。お茶入れるから。」
ぐいと手をひっぱって、廊下を突き進む。
いつも食事を取っている座敷に座らせ、ティッシュの箱を目の前においてからアキラは急い
で台所へ入った。