ヒカルたんと野獣

(11)
「侵入者を牢に入れたってな。カワイソウに」
「すごい美人だったんでしょ? チャンスじゃないですか。丁重にもてなしたらいいのに。
アキラを好きになってもらえれば……」
「もうそれは言うな。あの子を苦しめるだけだ。オレたちは希望なんか持っちゃいけない」
「わかってますよ。でもね、まだ石は残ってるんです。どうしても、心の中で…
もしかしたらって思っちゃうんですよ。あいつだってきっと」
「その石ももう無くなる。いよいよ覚悟を決めにゃならんよ。……ん?」
「なにか?」
「また誰か入ってきたぞ。子どもみたいな感じだ」
「子ども… アキラに知らせる前に帰しましょうよ」
「無理だな。大声で喚いてやがる。しかもアキラ君のいる方へ向かってるぞ」
「いつも思いますけど便利ですね、その地獄耳。さて、どうしましょうか」
「殺しはしないだろう。もししそうになったらオレたちで止めるしな。今は様子を見とこう」

ゴロンゴロンという音とガタガタする音を残して、声の主は去りました。

(12)
「誰かー! いませんかー! サイ、サイ! いるのかー?!」
恐ろしさに歯を鳴らしながらヒカルは手探りで進みます。
森中を探していなかったのですから、最後の望みはこの謎の建物の中だけです。
どうかここにいて欲しい。

「サイーっ、オレ、探しに来たんだよー! お願いだから…出てきてくれよ!」
闇に目を凝らして見ると、埃の積もった廊下に引き摺ったような跡がありました。
「?」
新しいものです。何だか足跡に似た形もありますが、それにしては大きい気がしました。
それは長い廊下の突き当りまで辿れました。
(途切れてる。足跡も?)
ヒカルは目の前の壁を押してみました。
「わっ」
ぐるりと動いて、回転扉仕立ての壁の向こうに隠された空間が現れました。
更に下にも部屋があるようで、不気味なほど立派なはしごが降りています。
肌がちりちり痛むのは寒さよりも恐怖からです。
「サイ! サイ――!! 聞こえるー?! サ――イ!」

待ち侘びた応えが帰ってきました。
「ヒカル?! 来てはいけない! すぐお逃げなさい!」
「いた! サイ!」
安堵と、久しぶりに聞く声で目の奥が熱くなりました。
はしごを一つずつ降りるのもまだるっこしい、気ばかり焦ってヒカルは転びそうに
なりながら声の元へ走りました。
「だめです、逃げて…来るな!」
「サイ!生きてた…」

(13)
探し求めた人は、何ということでしょう、冷え冷えした牢中で囚われの身でした。
二人は格子に隔てられて再会を果たしました。
「ああ、どうしてこんなところに来てしまったんです…」
「ふぇ…さみしかったよ。助けに来たんだ、オレ、オレ、会いたかった…!」
やっと会えたサイは殺気立って叫びます。
「今すぐここから逃げて! 今すぐですよ!」
「おまえと一緒に逃げるよ。ここどうやったら開くの」
「そんなことしてる間に奴が来る!!」

なんのこと、と問う前に上から冷たい声が降ってきました。
「さあ、その『奴』が来たぞ。楽しそうじゃないか。お客さんか」
「おお、ど、どうか、この子だけはお許しを!」
「誰?」
姿は見えません。
「なんでサイが牢屋にいるの? こいつ何も盗ったりしないよ。出してよ」
「そいつは死ぬまでボクの囚人だ。とっとと去れ」
「死ぬまで?!」
サイは青白い顔で頷きました。
「そんな! そんなひどいこと!お願いします、許してください」
「去れと言ったんだ。早くしろ」

一生閉じ込められるサイ。
頭に浮かんだ未来は、灰色の床で冷たくなった彼の亡骸。
ヒカルの心は決まりました。
「オレが代わりに入る」

(14)
「ヒカル!」
「おまえがか? ………」
ゆっくりと恐ろしい城主が降りてくる気配がします。
「あああ…! 何てことを言うのです。やめなさい、やめてください、ねえ、ヒカル!」
「サイ、……今までありがとう」
背後から爪の床を鳴らす音が近づきます。
サイは激しく泣きました。
「聞いて、私は自分の意思でここに来ました。でもあなたは違うでしょ。そんなことをしないで」
「いいんだよ」
反対にヒカルは微笑みます。
「おまえに拾ってもらって生きのびたオレだ。これでいい」
泣かないでよ。

圧迫感のある巨体がヒカルの後ろで止まりました。
ヒカルはその時、初めて『彼』を見たのです。
「………!!」
醜い野獣。恐ろしいその姿。おとぎ話のはずでした。
彼はヒカルを見て、なぜか動揺している様子でしたがはっと毛だらけの顔を
引き締めました。
「もう一度訊くが、本気でそいつの身代わりを?」
「そうだよ」
「聞き届けてやる」
獣の王子は錠を素手で砕きサイを引きずり出しました。
「お慈悲を、私は今この場で死にますから、この子だけは…」
「うるさいな」
爪を鳴らす合図で、赤のRX−7が壁を通り抜けて走ってきました。
「ヒカルー!」
サイを押し込めて、車はあっという間にヒカルから彼を引き離します。

物心つく前から共に生きてきたのに、別れはあまりにも一瞬で。
一生分の悪夢をいちどきに見てしまったように眩暈がします。
ふらふら自分で格子の檻の奥に入り、藁敷きの上に崩れ落ちて泣きました。

やがて足音は遠ざかり。
ヒカルは、本当にひとりぼっちになってしまいました。

(15)
「まあ待て、まずオレに相談しないか? おまえアキラ君に何を言うつもりだ」
「あの子を牢に入れておくなんてとんでもない、ちゃんと綺麗な部屋を宛がってあげろ、と」
気をつけていても、ガラガラガタガタうるさい足音はもう消しようのないこと。
『二人』はやかましく廊下を進みます。

「何を期待してる。何度も言ってきたことだがな、きぼ…」
「希望は捨てろ、今を受け入れろ、人間だったことは遠い夢にしてひっそり生きよう。
…もう聞きたくないですよ」
「囚人が変わったからってな、オレたちが何か変わるわけじゃない。なあアシワラ、
確かにそいつは優しい子なんだろうさ。自らを犠牲にしても誰かを助けるなんて
口先だけならともかく本当にやれる奴はなかなかいない。だが獣に惚れてくれる子は
もっといないんだ。持つだけ無駄な希望なら最初からない方がいい。
いや、無駄どころか苦しくなるだけだろう。そんなもの求めてどうするんだ。そう思わんのか」
「オガタさんはあの子を見たことが?」
「ないな」
「だからそんなこと言うんですよ。オレはこっそり顔を見ました。すごいですよ。
…何ていうか、すごいんです。光り輝くみたいな。貧しいナリはしてますけど、
全然関係ないんです。こう、お星様とかお花とか宝石とか、この世の綺麗なものを
全部集めたらあんな感じかもしれないって… どんな物語のプリンセスより可憐でした」

「おまえいつから詩人になった。しかも上手くないぞ」
「とにかく何か運命的なものを感じるって言いたいんです! あの子には何かある気がする。
絶対ある。あります。アキラと恋をしてくれる子がいるとしたらあの子です」
「…なあ、気持ちはわかるさ。オレの中にも…本当は、奇跡を願う気持ちがある。
だからおまえもわかってくれんか。おまえの期待すなわちアキラ君へのプレッシャーだ。
オレはあの哀れな子を苦しめたくないだけだ。おまえに意地悪がしたくて言うんじゃない」

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