…見てはいけないものを見てしまった。
古今東西老若男女、あらゆる物語で使い古されていた状況的台詞を、
よもや自分が使うことになろうとは思いもよらなかった。
思わず閉め
てしまった扉に額を押し付け、オビ=ワンは深呼吸を繰り返した。眉
間の皺が深く刻まれる。
(しっかりしろ、オビ=ワン・ケノービ。私にはパダワンを正しく導
く義務と、全てを知る権利がある)
心の中でブツブツと呟き、再びパダワンの部屋の扉を開ける。
「あ、マスター、どうしたんですか? 開けたかと思えば閉めてしまって」
椅子から立ち上がったパダワンが朗らかに出迎える。
しかし、その笑顔の裏に別の顔があることをオビ=ワンは知ってしまった。
「…アナキン。先ほどの、は何だ?」
名詞を抜かして問うと、アナキンの笑顔とフォースが凍りついた。
「いや、あの、マスター、な、何のことです?」
明らかに狼狽して問い返す。
無理に笑おうとしているのが痛々しいくらいだ。
「では質問を変えよう。何のつもりだ?」
淡々と、感情を窺わせない声に、アナキンは黙ってうつむいた。
(やべえ。オビ=ワン怒ってるよ。やっぱアレ、見られたのかな)
このような状況を避けようと、入口には幾重ものフォース網を
張って監視していたはずなのに。
師弟同士に秘密はない、などというプライベートを無視した戒律
のせいで、個室の扉に鍵はついていないのだ。フォースで
お互いの
接近は感知できるので、ノックも事実上必要ない。だが頑固に礼儀
正しいオビ=ワンは、自分のパダワンに対して
も礼儀を示す。しか
し今日は夢中になりすぎて、入口への注意が薄れたらしい。
シュッ――という音に振り向くと、目を点にしたオビ=ワンが扉
を閉めるところだった。
「フォースの扱いに未熟なことへの反省は今はいい。早く理由を説明
しなさい」
「ぐっ…それはその…」
嫌味を交えて高圧的に弟子を追い詰めるマスターを、アナキンは
じっと見つめた。
話し始めると思ったのか、オビ=ワンは腕を組むと不機嫌そうに
口をつぐんだ。
見返してくる青い瞳に、アナキンは溜息をこぼしそうになる。苦痛
や怒り、喜びに悲しみ、ちょっとした疑問や好奇心でさえも。
アナキン
のどんな感情もオビ=ワンには見破られてしまうのに、この想いだけ
が伝わらない。
(オビ=ワン…。貴方のことが好きなんですってば)
ジェダイ騎士になり、オビ=ワンと同等の立場になるまでは告白しまい
と、ロマンチストなアナキンは決意している。しかし、
アナキンの正直な
フォースは、何度も彼に「愛している」と告げているのに。
眉一つ動かさないオビ=ワンが憎らしくなる。
「アナキン、考え込まずに、声に出していいなさい」
オビ=ワンは、話し出さないアナキンに焦れて催促しただけだ。
だが、恋する青少年の心は途端に高鳴りだした。
「え、マスター、声に出してって…?」
オビ=ワンはどういうつもりだろう。
卒業するまでって決めたけど…でも。
声に出して想いを告げたら、応えてくれるの!?
「早く、先ほどの、理由を言え!」
恋心が急速にしぼんでいく。
(へっ、どうせ僕は見当外れのピエロなのさ…)
やさぐれたついでに開き直ったアナキンは、先ほどから指摘されている
問題の「ホログラム」をフォースで再生させた。
「うまく出来てるでしょう?」
「なっ……っ…!」
怒りと羞恥に包まれて、オビ=ワンは声を詰まらせた。
「大変だったんですよ、ここまで違和感なく合成させるのは」
すごいでしょう、褒めて褒めて!というフォースさえ滲ませてアナキン
が言う。
(クワイ=ガン、私はこの子の考えていることがわかりません…)
オビ=ワンは、まだパダワンだった自分にアナキンを押し付けた、今は
亡きクワイ=ガンの面影を思い浮かべた。奔放さと
豪胆さと共に、優しさ
と包容力を兼ね備えた偉大なジェダイナイト。
(彼ならば…。いや、今は私がこの子を導く立場なのだ。現実を見るんだ、
現実を…)
現実の、目の前には。
オビ=ワンのホロが次々と浮かんでは消えていた。
しかもそれらは全て、ローブもチュニックも、レギンスも身に着けてい
ない。なかには一糸纏わぬその腰をひねり、妖艶な笑み
を浮かべているも
のまである。
オビ=ワンはもちろん、そんな表情もポーズもとった記憶はない。
「マスターに似た俳優がいるんですけどね。やっぱ俳優とジェダイ騎士と
じゃ、筋肉のつき方とか違うじゃないですか。年齢や
髪型も色々だし、何
より貴方と比べると気品も知性も全然足りないし、調整するのに苦労した
んですよ!」
よりリアリティーを求めてですね…と、その勢いは止まらない。
感情が高ぶるとこのパダワンは饒舌になるのだ。
オビ=ワンはもう、どこに突っ込んだらいいのかわからない。床に崩れ
落ちそうになる足をなんとか踏ん張ると、やっとの思い
で口を開いた。
「…そんなことは聞いていない。どういうつもりなんだ」
そう。いったい何故、パダワンがマスターの裸体なんかを作り上げたの
かが問題なのである。
しかも、先ほど垣間見たアナキンのフォースは、なんとも形容しがたい
剣呑さがあった。憤りと、冷酷さが入り混じったような。
(もしや、私の情けない姿を見て嘲笑したり軽蔑したりしていたのだろうか?)
たんにアナキンは、興奮しまくる自己を抑えようと無理に無愛想を装って
いただけである。だが色恋沙汰方面の感情に疎い
オビ=ワンは、”いつもの
ように”間違った解釈をしてしまった。
(最近、私のことを「童顔で頼りないマスター」とナメでいるみたいだし)
→オビ=ワン可愛いなぁ…。僕が守ってあげたい!
(この間も、ローブにつまづいてこけそうになった時、「チッ、こければ
いいのに」なんて思ってたし)
→そしたら僕が抱きとめてあげたのに!
(私は、実はアナキンに嫌われているのだろうか?)
辿り着いた結論に、オビ=ワンは竦み上がる。
最初の出会いこそ友好的とは言えなかったものの、長い年月を共に過ごし、
友情も愛情も深めてきたはずだ。多少色合いは
奇妙だが、パダワンからの
好意的なフォースも毎日、うっとうしいほど浴びている。
(あれは、真実の思いを隠すための演技だったのか? 私以外、お前を受け
入れるマスターはいないから…)
クワイ=ガンを失って以来、軽い自虐癖があるオビ=ワンは、階段二段
飛ばしの勢いでダークサイドへと下りていった。
「マスター?」
青褪めたまま黙り込んでしまったオビ=ワンに、アナキンは不安になる。
こんな時でも彼のフォースは完全に自制されていて、アナキンが立ち入る
ことを許さない。
「マスター。すみませんでした」
とりあえず謝罪すると、オビ=ワンは肩を竦めてシニカルな笑みを浮かべた。
「何に対して謝っているんだ、パダワン? 私のご機嫌取りなんか、もう
必要ないよ」
「え? マスター、何言って…」
「お前が望むならさっさと卒業させてやろう。私といるよりも、他の騎士と
実践で学んだ方が良さそうだしな」
「な…んで、マスター…」
確かにアナキンは、いつまでも子供扱いするオビ=ワンに焦れて早く卒業
したいと思っていた。
(でも、いきなりそんなことを言われるなんて。僕は、そこまでオビ=ワン
を怒らせてしまったのだろうか)
オビ=ワンは、何も知らない少年だったアナキンを今まで導いてくれた人だ。
母親を除けば、誰よりもアナキンを知っている人。
そして、テンプルでアナキ
ンが一番長く付き合ってきた人。
たえず揺らめく瞳に惹かれた。優しい笑顔と不器用で実直な性格に、いつし
か恋心を抱いた。
離れられるわけがない。
それも、オビ=ワンに嫌われる形でなんて。
アナキンの身体が震えだす。
「…イヤだ。捨てないで。ごめんなさい、オビ=ワン。ごめんなさい。
お願い、僕を捨てないで!」
普段の生意気さを捨てて、堰を切ったように泣き出したアナキンに、
オビ=ワンは驚いた。パダワンのフォースは、その言葉に
偽りがないことを
証明している。
「…私は、お前に良かれと思って…」
「どうしてそんなこと言えるんです! 僕が導いて欲しいと思う人はオビ=
ワンだけだ!」
「しかし、お前は私が不満なのだろう!」
「え?」
つられて大声で怒鳴り返したオビ=ワンに、アナキンは目を丸くする。
続く →original ver. ギャグひた走り
→adult ver. なぜかシリアスエチ