お前のことなんか好きじゃないのに


※注意 : 流血の表現があります※

 学校帰りの城戸は一人、放課後の街を歩いていた。

 城戸が長瀬に別れを告げてから、早数日が経つ。
 あれから長瀬とは一言も話していない。

『お前なんか、嫌いだ』

 嫌われてんだもんな。長瀬も俺から解放されて清々してるだろ。

 記憶の中の長瀬の言葉に、自虐的な思いが浮かぶ。
 城戸は自嘲気な笑みに顔を歪ませた。

 きっと長瀬とは、このまま遠く離れ離れになっていくのだろう。
 言葉を交わすことも、見つめることも、触れることも、抱きしめることも、もう二度とできないままで。

「……」
 どうにもならない寂しさと切なさを胸に、城戸は駅までの道を一人歩く。
 人気のない公園の前に差し掛かった時、ふいに誰かの声が城戸に投げかけられた。

「おい、お前、晴嵐の城戸だろ」
「あぁ?」
 城戸は足を止め、声の方に顔を向ける。
 そこには、ボタンのない紺色の学ランを着た数人の男たちが立っていた。
 この制服は、縹(はなだ)工業か。

「縹が、俺に何の用だ?」
 尋ねる城戸に、男の一人が訊き返す。
「てめえとこの頭って、長瀬だよな。長瀬はどうした」
「知らねーよ。あいつとは派閥が違うんだ。俺の知ったこっちゃねえよ」
 城戸は投げやりに答えた。
 すると、男は明らかに見下すような口調で、
「ふーん、じゃあしょうがねえな。長瀬連れてこいって言われたけど、格下のお前で我慢しといてやるよ」
「!」
 格下、という言葉が、城戸の怒りに火を点ける。
 城戸は怒りの形相で男を睨み付けると、その胸倉を掴み上げた。
「誰が格下だと?! いい度胸してんじゃねえか、コラァ!」
 人気のない静かな往来に城戸の怒号が響く。
「誰の差し金だか知らねえけど……俺が長瀬より格下だって言ったこと、死ぬほど後悔させてやるからな!」

+++

 縹男子工業高校の男たちに連れられ、城戸が向かった先は、街外れにある寂れた廃倉庫だった。
 立ち入り禁止のロープを潜り抜け、錆び付いた重たい鉄の扉を開く。
 足を踏み入れた倉庫の中には、薄暗がりが広がっていた。

「梶原(かじわら)! 晴嵐のやつ連れてきたぜ!」
 薄暗い倉庫内に、城戸と一緒に来た男の声が響く。
「……来たか」
 低い声と共に、倉庫の奥の方で人影が動く気配がする。
 やがて、薄暗がりの向こうから、短い黒髪に口ひげを生やした男が城戸の前に姿を現した。

「お前が長瀬か。晴嵐で最強の」
「長瀬じゃねえよ。城戸だ」
 尋ねる梶原に、城戸は即座に返す。
「城戸?」
 どういうことだ、と言う梶原に、城戸と一緒に来た男が答えた。
「長瀬がいなかったから、たまたま会ったナンバー2のこいつ連れてきたんだよ。長瀬よりは格下だけど、晴嵐のやつがどんなもんか試すにはちょうどいいだろ」
「ナンバー2、な……まあ、いい」
 梶原は不敵な笑みを浮かべ、城戸を見た。
「城戸とか言ったな。晴嵐ナンバー2の強さ、俺に見せてみろよ」
「おーよ。望むところだ」
 挑発する梶原に、城戸もふてぶてしく睨みを利かせる。

 そして早速手を伸ばし、梶原に掴みかかろうとした。
 梶原はその手を掴み、もう片方の手で城戸を制する。
「おっと、俺はまだお前の相手じゃねえ」
「? どういうことだ?」
 尋ねる城戸に、梶原は顔色一つ変えずに答えた。
「ここにいる全員倒せたら、相手になってやるってことだ」
「?!」
 気配に気づいて辺りに目をやると、城戸の周りは縹工業の制服を着た男たちに取り囲まれていた。

「オラッ、ヤッちまえ!」
 城戸が驚いている暇もなく、縹工業の男たちは一斉に襲いかかってきた。
 男たちの怒号が倉庫内に反響する。

「……っく……!」
 両腕を何本もの腕に掴まれ、もみくちゃにされながら、城戸は蹴りを入れ、体当たりをして、男たちを振り払っていく。

 ざっと20人か……闘(や)れねえことはねーな……。

 相手の強さにもよるが、これなら何とか闘える数だ。
 中には何人か強いやつもいるだろうが、ほとんどは城戸一人で倒すことのできるレベルの雑魚だろう。
 腕に覚えのある猛者ばかりが名を連ねる、晴嵐ケンカ番付二位の強さは伊達ではない。

「てめーらなんか、俺一人で充分なんだよ! 晴嵐ナメてんじゃねえぞ!」
 次々と向かってくる男たちを打ち倒しながら、城戸は大声で叫んだ。

「……ふーん、やるじゃねえか。ナンバー2でこれだけ強えーなら、ナンバー1の長瀬ってやつは、相当強えーんだろうな」
 城戸の闘いぶりを遠巻きに眺めながら、梶原は一人ほくそ笑む。
「ますます闘(や)ってみたくなったぜ……長瀬……」
 そう独り言ちる梶原の耳に、ふいにけたたましい大声が響いた。

「やっと捕まえたぜ! 俺とタイマン勝負しろ!」
「! っ……」
 いつの間に来ていたのか、梶原の目の前には城戸が立っていた。
 城戸の手は梶原の胸倉を掴んでいる。
 梶原は忌々しげな顔になると、脚を振り上げ、城戸に蹴りを入れた。
「ぐぉっ!」
 ふいを突かれ、もろに衝撃を食らった城戸は思わず後ずさる。
 だが、すぐに体勢を立て直し、梶原に向かっていく。

 城戸は梶原の懐に飛び込み、みぞおちに強烈な一発を打ち込む。
「ぐ……っ」
 息が止まるほどの痛みに、梶原の身体が前のめりになった。
 その隙を逃さず、城戸は拳の打撃で梶原を追い詰める。

 強さとしてはほぼ互角と思われる二人だが、上手く隙を突いたこともあり、梶原よりも城戸の方が少し優勢になっていた。

「長瀬と闘(や)りてーなら、俺に勝ってからだ。まあ、てめーごときには無理だろうけどな!」
 城戸の拳が唸り、鈍い音を上げて梶原を打ち据えた。
「ぅぐっ……」
 梶原の口端から血が流れ落ちる。
「どうだ、晴嵐の強さ、思い知ったか!」
 勝利を確信した城戸は、梶原に連続で拳を打ち込みながら、大声で吠えた。

 しかしこの時、城戸は気づかなかった。
 城戸が倒したはずの男の一人が立ち上がり、鋭く光る折り畳みナイフの刃を手にしたことを。
 男の手に握られた刃は、何も知らない城戸の背に向かって突き進んでいく。

「?!」
 ふいに鈍い衝撃を感じたかと思うと、城戸の横っ腹に焼けつくような熱く鋭い痛みが走った。
 一体何が起こったのか分からず、城戸は驚きに目を見開き、痛みの箇所に手をやる。
 ぬるりとした生暖かい感触が手に触れた。

「ぅぐ……っ」
 痛みを手で押さえた箇所から大量の鮮血が流れ出す。城戸はその場に崩れ落ちた。
 止めどなく流れ出す血潮は、傷口を押さえる手を真っ赤に染め、倒れた城戸の身体の下に赤い血溜まりを広げていく。

 くそっ……痛てぇ……。

 自らが流した鮮やかな血潮の中、城戸は痛みに顔をしかめながら、奥歯を噛み締め喘いだ。

+++

 その日の放課後も長瀬は、行きつけの喫茶店で派閥の仲間たちと過ごしていた。
 いつものように窓際のボックス席でだべっていると、ふいに入口の扉が開くベルの音がして、複数の足音が入ってくる音が聞こえてきた。

「おい、長瀬。縹工業のやつらだぜ」
 幹部の一人が耳打ちする。
 見ると、ボタンのない紺色の学ランを着た男たちが、こちらに向かってくるのが見えた。
 晴嵐と同じく、ケンカ上等、偏差値最悪なヤンキーの巣窟である、縹男子工業高校の連中だ。

 男たちの靴音は、長瀬たちがいるテーブルの前で止まった。
 数人の男たちを従え、先頭中央にいる一人の男が口を開く。
「晴嵐の長瀬はいるか?」

 コイツは……。

 切れ長の涼しげな釣り目に、緩やかなウエーブのかかった黒髪。
 この男には長瀬も見覚えがあった。
 縹工業のナンバー2、高階(たかしな)だ。

「てめー、何だぁ? やろうってのか? あぁん?」
 すぐさま、長瀬の側に控える幹部たちが立ち上がり、高階を威嚇する。
 敵意むき出しの長瀬派の面々に、高階は呆れたように苦笑した。
「今日はお前らとケンカしに来たんじゃねえよ」
「……俺に何の用だ」
 立ち上がる幹部たちを両手で制し、無理やり座らせながら、長瀬は尋ねる。

 高階は険しい顔つきになると、
「うちのバカが、てめえんとこの城戸刺しやがった。早く行ってやったほうがいいぜ」
「! 何だと……?!」
 高階の言葉に長瀬の顔色が変わった。

+++

『俺の聞いた話では、街外れの廃倉庫らしいぜ。場所はここに書いてある』
 高階に城戸の居場所を教えてもらった長瀬は、渡されたメモ書きをポケットに突っ込み、すぐにその現場へ向かった。もちろん、派閥の仲間たちも一緒だ。
 長瀬たちは黙ったまま、城戸がいるという廃倉庫への道を急ぐ。
 メモに書かれた通りの道順を進んでいくと、やがて長瀬たちの目の前に、色褪せ、錆びれ果てた倉庫らしき建物が姿を現した。

「ここか……」
 呟くと長瀬は、立ち入り禁止のロープを潜り抜け、重い鉄の扉に手をかけた。
 低く軋む金属音を立てながら、錆び付いた鉄の扉が開く。
 扉の向こうには、ぼんやりとした薄闇が広がっていた。
「行くぞ」
 後に続いて来た派閥の仲間たちに合図すると、長瀬は倉庫内へと一気になだれ込んだ。

「! なっ、何だ、てめーらは!」
 突然現れた長瀬たちに、縹工業の男たちが声を上げる。
 勢いよく踏み込んできた長瀬たちの靴音と共に、静かだった倉庫内はにわかに騒がしくなった。

「おい、てめーら、城戸はどこだ」
 低くドスの効いた声で尋ねる長瀬に、幹部の一人が倉庫の片隅を指し示す。
「長瀬、あそこ……!」
 その方向を見た瞬間、長瀬は自らの目を疑った。
「?!」
 おびただしい赤に染まった地面と、その中に倒れている金髪に学ランの男の姿。
 まさかあれが城戸だと言うのか。
 居ても立っても居られず、長瀬は弾かれるようにその場に駆け寄る。

 辺り一面を赤く染める大量の血の海……その中に城戸は倒れていた。
「……っ」
 想像を絶する壮絶な光景に、思わず長瀬は言葉を失う。
 血ってこんなに出るものなのだろうか。

「おい、城戸、大丈夫か?! しっかりしろ!」
「長瀬……」
 大声で呼びかける長瀬に、城戸は閉じられていた目をゆっくりと開いた。
 苦しそうなその目は虚ろで、いつものような覇気は見えない。
 血だらけの城戸の手に触れた長瀬は、思わず息を飲む。びっくりするほど冷たい。

 そ、そうだ……救急車……!

 ポケットからスマートフォンを取り出すと、長瀬は119番を押そうとした。
 だが、手が震えて上手く押せない。
「……っ、くそっ……」
 もどかしさに歯噛みをしながら、長瀬は深呼吸をし、慎重にタッチパネルの数字を押す。
 今度は上手く押せた。たった3つの数字なのに、こんなに時間がかかるとは。
 震える手でスマートフォンを握り、耳に当てる。

 激しく打つ心臓の音が耳の奥でガンガン響く中、呼び出し音が鳴り、すぐに電話がつながった。
『はい、○○消防署です。どうしました?』
「すみません、ケガ人がいるんで来てもらえますか。場所は……」
 激しい動悸を胸に抱えながらも、長瀬はできるだけ冷静に、この場所と城戸の容態を伝える。
 ほどなくして、電話は切れた。

 足元にしゃがみこむと、長瀬は城戸の顔を覗き込んだ。
 そして、そっと話しかける。
「城戸。救急車呼んだからな。すぐに来ると思う。……だから、もう少しだけ待ってろよ」
「長瀬……」
 城戸の顔が泣き出しそうに歪み、頷いた。
 そんな城戸に、長瀬は優しい表情で頷き返す。
 そしていつもの冷徹な顔で立ち上がると、派閥の仲間たちに向かって大声で叫んだ。
「おい、てめーら、城戸のリベンジしに行くぞ!」

 言うが早いか、長瀬は走り出していた。
「長瀬!」
 長瀬派の幹部たちも後に続く。

 縹工業の男たちがいる場所に先陣を切って飛び込んだ長瀬は、全方向から向かってくる相手を次々なぎ倒していく。
「城戸をやりやがったやつが、どいつだか知らねーが……俺はそういう卑怯者が大っ嫌ぇなんだよ! ここにいる全員まとめてブチのめしてやる!」
 怒りに燃える長瀬は感情のまま拳をふるい、蹴りを炸裂させる。

 ふいに、一人の幹部の叫び声が長瀬の耳に届いた。
「長瀬、後ろ!」
 反射的に振り返った長瀬は、目の前に鋭いナイフの切っ先があることに気づき、思わず息を飲む。
 その距離、わずか数センチ。もしあと少しでも気づくのが遅れていたら、長瀬も城戸のように刺されていただろう。

 だが、決して怯むことなく、長瀬はナイフを握る男の手を掴むと、力任せにひねり上げた。
「てめーか、城戸をやりやがったのは……ケンカに道具使うなんてなぁ、弱えー卑怯者がやることなんだよ! クソが!」
 長瀬の怒号が響き、男の手から叩き落としたナイフの刃が、乾いた音を立てて地面に転がる。
 すかさず長瀬は、ナイフを誰もいない遠くに足で弾き飛ばした。
 そして、男の腕を掴んだまま、身体ごと思いっきりぶん投げる。

「終わり……か?」
 息を整えながら、長瀬は呟いた。
 薄暗い倉庫の中は静まり返っている。先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。

 その時、どこからともなく低い男の声が聞こえてきた。
「へえー……なかなかやるじゃん。さすがは晴嵐最強の男だな」
「誰だ?!」
 叫ぶ長瀬の目の前に、縹工業の制服を着た一人の男が現れた。
 短い黒髪に口ひげ。見覚えのない男の顔を長瀬はじろりとねめつける。

「誰だてめえ。見ねえ顔だな」
 だが男は、威圧する長瀬に全く動じることもなく、軽い口ぶりで答える。
「梶原要(かじわら かなめ)だ。縹には転校してきたばっかでさ。あんまこの辺のこと知らねーんだわ」
 男……梶原は不敵な笑みを浮かべ、長瀬を見た。
「けど、お前の噂は聞いてたぜ、長瀬。ケンカ上等、偏差値最低のワルの巣窟、晴嵐で最強の野郎なんだってな」
「……」
 饒舌にまくし立てる梶原を、長瀬は黙ったまま鋭い目つきで睨み付けている。

「長瀬、俺と勝負しろよ。縹と晴嵐、どっちが強えーのか、決着つけようぜ」
「面白れえ。やってやろうじゃねえか」
 梶原の挑発的な宣戦布告に、長瀬はすぐさま応えた。
「てめえをブッ倒して、城戸のリベンジしてやるぜ」

 長瀬率いる晴嵐の長瀬派幹部たちと、梶原率いる縹工業の男たちが見守る中、闘いの火蓋は切って落とされた。
 日も落ち、闇の色が濃くなってきた倉庫の中で、長瀬と梶原は熾烈な攻防戦を繰り広げる。
 両者の闘いぶりを見る限り、強さはほぼ互角といったところだろう。

「てめぇ……なかなかやるじゃねえか」
 素早い身のこなしで梶原の攻撃をかわし、息を弾ませながら長瀬が言う。

 実質、晴嵐ナンバー1の実力を持つ長瀬に、もはや校内で勝てる者はいない。
 久々に手ごたえのあるやつと出会えたな、と長瀬は思った。

 ふいに、梶原の強烈な蹴りが、長瀬の股間に容赦なく打ち込まれた。
「……っ?!」
 突然の急所攻撃に長瀬は声も出ず、両膝をついてその場に崩れ落ちる。
 内臓を直接抉るような激しい痛みに、長瀬は倒れた身体を丸め、呻き声を上げた。

 酷薄な笑みを浮かべ、梶原は長瀬に連続で蹴りを浴びせる。
「ははっ、どうしたぁ? 晴嵐最強の野郎ってのは、この程度のもんか? 全然大したことねえな!」
「ぅあっ、ぅぐぁッ……!」
 サンドバッグを打つような容赦のない連続攻撃をまともに受け、長瀬の顔は痛みに歪む。

 倒れたまま痛みで動けない長瀬の頭を、梶原は靴で踏みつけた。
「ぅぐ……っ」
「ざまあねえな、長瀬。てめーは舎弟たちの目の前で寝てろ。晴嵐の頂点(テッペン)は、俺がもらっといてやるよ」
 足を置いたまませせら笑う梶原に、長瀬の目が大きく見開かれる。
 その目の奥には、激しい怒りの炎が渦巻いていた。

「ふざけんな……! 舐めた真似しやがって……!」
 倒れたままの体勢で腕を伸ばし、長瀬は両腕で梶原の脚に食らいつくと、身体ごと自分の方へと引き込んだ。
「ぅあっ?!」
 強い力に梶原のバランスが崩れ、地面に転がる。
 倒れた梶原を押さえつけるように、すかさず長瀬は梶原の上に馬乗りになった。
 そして、両拳から繰り出す強烈なパンチを、梶原の顔に連続で浴びせる。
「ぅぐぁっ、ぁあっ……!」
「汚ねー手ぇ使いやがって……卑怯な手ぇ使って、いい気になってんじゃねえぞ、このクソが!」
 怒声を浴びせながら、長瀬の攻撃は容赦なく続く。
 梶原の口端は切れて血が流れ出し、鼻からは鼻血が出ていた。

 やがて、梶原の身体から力が抜けたのを感じ、長瀬は攻撃の手を止めた。
「久々に闘い甲斐のあるやつと出会えたと思ったけどよ……残念ながら俺の見込み違いだったみてーだな」
 がっかりだぜ、と言いながら、長瀬は目の前にある梶原の顔に目をやった。
 梶原は目を閉じたまま、荒い呼吸で肩を上下させている。
 その目がゆっくりと開かれ、長瀬を見た。

「お前が俺に何を期待してたかなんて、知ったこっちゃねえけど……ケンカなんてな、勝ちゃあいいんだよ。どんな汚ねー手使ってでもな。勝てなきゃ意味ねえだろ。……それが俺のやり方だ」
「何だと?! このクソがっ……!」
 うそぶく梶原に、長瀬は梶原の胸倉を掴み、怒声を張り上げた。
 その目は怒りで大きく見開かれている。

 梶原は、ふう、と息をつくと、胸倉を掴んでいる長瀬の手を掴み、振りほどいた。
 そして身体を起こし、馬乗りになった長瀬を押しのけ立ち上がる。
「今日はもう終わりだ。そろそろ救急車も来る頃だろうしな。晴嵐最強のお前と闘(や)り合えて楽しかったぜ、長瀬」
「ふん……」
 不敵な笑みを浮かべる梶原を、長瀬は憮然とした面持ちで睨み付けた。


 梶原率いる縹工業の連中が慌ただしく立ち去った後、静まり返った空間の中には、長瀬を始めとする晴嵐の男たちだけが残された。
 長瀬はすぐさま城戸の元に駆け寄る。
「城戸! 大丈夫か?」
「長瀬……」
 苦しい息の中、城戸は目を開き、長瀬を見た。
 その目には、心配そうな顔でこちらを覗き込む長瀬の姿が映っている。

 ふと、城戸の唇が何か物言いたげに動いた。
「? どうした? 何か言いたいことが……」
 尋ねる長瀬の目の前で、城戸の両目に涙の膜が浮かび、溢れ出した涙が目の縁に溜まっていく。

「ごめん……ごめんな、長瀬……俺、お前に酷いことばっかしてたから、罰が当たったんだな、きっと……」
「? 城戸……?」
 弱弱しいかすれ声を嗚咽に詰まらせながら、城戸は長瀬に手を伸ばした。
 だが、震えながら伸ばされた血だらけの手は、長瀬に触れる前に空中で力なく滑り落ちる。
 閉じられた城戸の目から一筋の涙が、冷え切った頬に流れ落ちた。

「城戸? おい、城戸! しっかりしろ! 城戸!」
 目を閉じた城戸は、死んだようにぐったりとして動かない。
 血相を変え、長瀬は大声で城戸の名を呼ぶ。
 だが、どれほど大声で叫んでも、城戸の目はもう開かれることはなかった。

 薄暗い倉庫の中、慟哭にも似た長瀬の叫び声と、遠くから近づいてくる救急車のサイレンが響いていた。

【to be continued...】 2015/02/17UP

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!