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トラック 05
ワタリが向きなおり、メロを見据えた。
「メロ、マット。Lの後継についてお前たちに言わなければいけないことがある。Lが後継に考えていたのはメロ、お前だ」
「……は?」
いきなり投げ掛けられた言葉が、メロとマットの中で意味を成すまえに、ワタリは続けた。SPKのメンバーと模木が来る前に清まそうというのか、二人の返事を待とうとしない。
「後継といっても、それを考えるにはL自身が若かったから、Lを数人のチームとして動かそうとしていた。そのリーダーにメロを考えていたんだ」
「ニアは…?」
爆弾さながらの言葉にようやく返せたのはマットだった。メロは、日本警察の通信を傍受する機械を握り、立ち尽くしたままだった。
「ニアには無理だとLは判断していた。少なくともあの時点では。だが、キラと渡り合ったニアを見れば考えを変えただろう」
「そうか…けっこう柔軟なんだな、Lって」
言葉を返せたものの、マットも呆然としていてちぐはぐことを言ってしまう。ワタリは苦笑した。
開け放したドアから、静まり返る室内に人の足音が響いた。SPKが到着したのだろう。メロが顔をあげた。
「…だからロジャーは二人でと…」
メロはLの死を知らされた日のことを思い出していた。
沈痛な顔のロジャー、横には床に座り込んでパズルをするニアの小さな背中が、今も鮮明に思い浮かぶ。
あの時、ロジャーの提案をニアは受け入れていた。
「メロはなんでもできるのに、わたしはこれだけしかできないのに、なんにもないのに…!」
突然、顔を真っ赤にして泣く、幼いニアが脳裏に浮かんだ。まだ五歳のニアが自分にのし掛かかる。
ハウスに来た最初の年だ。両親につれられ、これからはここで暮らせと言われた。
ふりむくと遠ざかる両親の後ろ姿、一度も振り返りもせず足早に去っていったあの後ろ姿を思い出すのが嫌で、その頃のことは極力記憶から追い出すようにしていたから、同じ頃に起きた事柄も今まで思い返すこともあまりなかった。自分でも子どもじみていると思う。
あの喧嘩の理由はなんだったろう。
未知の場所での生活は、同じような境遇の子どもたちが大勢いることもあってすぐに馴染んだように思う。身の回りのことは一人で難なくできて、新入りのくせに、もたもたと用意の遅い同年代の子どもの世話もしてしまうような子どもだった。
ある日、そこが普通の養護施設ではない証拠の一つでもあるテスト、国の公的機関が十代に向けて行うようなテストで、七歳にしてトップレベルの成績をおさめた。
周囲は驚き、そして大人たちはみんな一様に褒めてくれた。両親に置き去りにされたという気持ちが強かった頃でもあるので、特別に嬉しかったのを覚えている。
だけど一番ではなかった。自分より年長の子どもも大勢いるから当然だと思ったが、一番は自分よりも二つも年下、つまりはたった五歳の幼児だった。それがニアだ。
ニアは生まれた直後にこの施設に引き取られたという。いつもレクリエーションルームの隅で、一人でパズルをしている小さな子どもだった。
いつでも丸い背中を向けていたから、顔を見たのはその喧嘩をしたときが初めてだった。……たぶん、自分がくやしまぎれにニアに絡んだ。
ちょっかいを出しているうちに、ニアは持っていたパズルを自分にぶちまけ、驚いた隙に飛びかかってきたのだ。
「メロはなんでもできるのに、−−−
しゃべった事もなかったのに、ニアは自分の通称をを知っていた。そして「なんでもできるのに」と言った。
自分は何も出来ないのにメロは何でも出来る。勉強くらい出来ても何にもならない。大人になってそれが何の役にたつのか。
五歳にしてずいぶん難しいことを言っていたと思う。七歳だった自分には理解できなかった。
『たった今まで理解できて無かったじゃないか、俺は!』
沸き上がる衝動に負けて、持っていた傍受機器を床に投げつけた。一瞬、雑音が高く耳障りになった。ただの金属のあつまりにすぎなくなった機械に三人三様の視線が降りた。
「それでオレは…?」
メロの顔をちらりと見ると、マットはワタリに訊ねた。今、メロを刺激しないほうがいいことは簡単に見て取れた。
「マットもチームに入れるつもりだった。実際、バランス的にいいと思ったがね、Lの案は。探偵に必要な洞察力、情報の処理能力はお前たち三人はずば抜けていたし。それぞれの性格にあった捜査方法を確立していければ、と」
「今頃そんなこと言っても遅いぜ………」
メロがぼそりとつぶやくように言った。ワタリの目に一瞬だけ沈痛な光が走った。
「その通りだ…。今の話はすべて、キラ事件が終えた後の計画だった。Lはお前達を呼び寄せるつもりでいた」
再び沈黙が降りたとき、部屋の入口にSPKのレスターとリドナーが現れた。躊躇うように中を見回している。
「到着しましたが…何か」
「いや何でもない。ごらんのとおり、まだ椅子すらないが、明日中には必要機材すべて整える」
ワタリはレスターの方へ歩みより、かわりにリドナーがメロとマットのほうへ近づいた。
「メロ、どうしたの?」
ワタリの背中をじっと見ていたが、メロはリドナーに声をかけられたことで、視線を外す。ついで、しゃがみこんで機械の残骸を寄せ集め始めた。
「なんでもない」
不機嫌さを隠そうともしない。マットはといえば、ポケットにつっこんであった煙草を取り出した。
09.05.31
補足みたいなあとがき
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