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 SSR (3)

 ぐさぐさぐさ、かつかつかつ。
 ソファから聞こえてくる音に、月は笑いを堪えていた。あまり笑うと、背中に余計な激痛が走る。先ほど飲んだ痛み止めが効いてきたのに、ふいに痛みだすとそれが無駄になるのだ。魅上も苦笑している。
「当然だな。いきなり渡された食べ物を躊躇なしに口にはできない」
 ニアが真剣な顔で、芋羊羹をフォークで突き刺していた。硬い音はフォークが皿に当る音だ。
「………とくに夜神、あなたが持ってきた食べ物なら尚更です」
「ああ、分かるよ、気が済むまでチェックしろ。だがそれは妹が選んで荷物に入れたもので、残念ながら何も仕込めなかったんだ」
「ノートがあるのに毒でも盛るつもりだったんですか」
「媚薬とか面白いかな」
「…………」
 これがもしテレビ画面であるなら音声を消せるのに。消した画面はごくありふれたお茶の間風景なのだろうなと魅上は思った。月はそんな魅上をよそに続けた。
「あまり強く叩くと皿が割れるぞ」
 手元の力が俄に強く入り、羊羹が粉々になったあたりから叩きつけていたのを止めて、ニアは顔をあげた。
「ここに塩があればすりこんでやれるのに」
 氷点下の視線を放つ笑顔だった。それで動じる相手ではないことは分かってはいるが無意識にしてしまう。
「今度はうまくやるんだな、やれるものなら」
 月はニアを怒らせるというより、どんな反応をみせるか楽しんでいる。魅上はこの二人の舌戦に口を挟まないで済むようにすることが、自分の精神衛生のためであると早々に悟っていたから何も言わずにいた。ふと、厄介な人物についてきてしまったかと疑問がよぎったが、その考えをさっさと消去すると、空になった月の湯のみにお茶を注ぐ。
「府警では40箱がすぐ片付いたらしいから美味いんだろう。僕は甘いものはまったくダメだが。ああ、妹は何も知らない」
「そうですか、ではいただきます」
 ニアは月の最後の一言で露骨に態度を変え、粉々になった羊羹をフォークで掬いだした。
「スプーンのほうがよくないか」
「けっこうです。妹さんにお伝えください。とても美味しいです」
 夜神月の妹、メロがノートを奪うために誘拐した女性だと思い出した。彼女は本当に何も知らないのだろうか。月がまた口を開いた。
「ところでニア、お前、好き嫌いがあるのか?」
「は? とくにありませんが」
「そりゃよかった。菓子類だけで全栄養素を賄える人類外の後継だというから、お前も超偏食なのかと思った」
「…………」
「Lと会ったことがないらしいが正解だったな。会えば幻滅していたぞ」
 どういうわけか、先刻までの人をからかうような語調は消え、真剣な目だった。

「明後日に業者にとりかからせる。壁を一カ所取り壊してドアを取り付けるだけだからすぐに終わるだろう。僕がいないときは自由に使ってもかまわない」
「わかりました。では明日一日は鍵をお渡ししておきます。明日から明後日にかけて会合にでかけますので」
「忙しいときに押し掛けてしまって済まなかったな」
「いえ」
 領収書の山を挟んで話している内容は、相変わらず固有名詞を抜かしたもので、ニアは月の用心深さの度合いを計っていた。傍に死神がいるはずなのだが、そんなそぶりはまったく見せない。
 ふいに月が立上った。荷物を手に取ってニアに振り向く。
「ニア、話がある。ついてこい」
 そう言ってこちらの返答を待たずに玄関へ向かった。ニアはため息をつくとソファから降りて月の後をついていく。部屋を出て隣の部屋の前までくると、月が少し意外そうな顔をしてニアを見下ろした。
「素直についてくるんだな」
「さっさと用を済ませて休みたいだけです」
「そこは同意見だな」
 灯に照らされた室内は、部屋の仕切りを取り払ったかのようながらんとした空間だった。空の本棚が壁の一辺を覆い、大量の段ボール箱が無造作に並べられている。ベランダのある奥にはベッドがひとつあるだけだった。
 冷えていた空気が急速に温かくなっていく。フローリングだった魅上の部屋とは違い、毛足の短い絨毯が敷き詰めてあり、靴を脱いだ足には心地よかった。
 月はベッドの側に荷物を置くと、上着もその上に置いた。ネクタイを緩めて振り返る。ニアは段ボール箱をじっと見つめていた。
「……積み上げるなよ、整理するのはお前だが」
「なんで私が?」
「お前、ヒマだろう?」
「誰がヒマにしたんですか」
「僕だな」
「………それで話とはなんなんですか」
 ニアは本棚がない壁に背を預けて座り込んだ。そこはまだ少し冷えていて、暖かい空気が降りてくるのはしばらくかかりそうだった。
「メロのことだ。お前、前にデスノートを試すためにメロの名前を書く、と言っていたが、本気だったか?」
「本気なわけないでしょう。だいたい、私はメロの本名を知らない」
「………知らない?」
「あの施設では通称ですべてを通してきたし、個人情報は明かさない決まりでした」
 シャツを脱ぎ、包帯で固められた上半身を晒した月は呆れたような顔でニアを見下ろしていた。
「私をコントロールしてメロの名前を書かせる気でしたか」
「それも考えたがな。僕はヤツの名前を知っているが顔を知らない」
 ニアは、月の日本人にしては淡い色をした目に一瞬、禍々しい光を見た気がした。これはろくでもないことを考えているのだろう。
「お前に教えればいいのか。簡単だな」
 案の定、凶悪なことを言い放ってニアの反応をみている。ニアは月が先刻から自分を観察していることに気付いていた。
「教えていただけるときは事前に言ってください、自害します」
 そっけなく言い捨てた。どんな反応が望みか知らないが、動揺は見せたくない。
「お前にやれるのはそれだけだからな。ま、安心しろ、その手は使わない」
 ようやく、先刻から心が落ち着かないわけが分かった。ニアの腕は、膝を抱える力が入ったままで微かに震えている。月の声だ。
 機械音声ではない肉声、しかも電話越しですらない。高くも低くもないよく通る声は優しげで、大量殺人犯、夜神月の人となりとはかけ離れた印象だ。
『…そうかあまりの差に違和感が酷いのか…』
 その違和感は別の単語で言い表せたが、それを口にすると二度と立ち上がれなくなりそうだ。
 ポケットを上から握ることが癖になりつつあった

08.06.11
あとがき?…→

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