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SSR (5)
月は、ニアが纏っていたものすべてを取り払って抱きしめながら横たえた。
硬直する小さな身体は少しひやりとする。自分の熱が高いためだろうが、本当に冷たく感じて静かに息をついた。
ニアの鼓動が包帯越しに伝わってくる。呟くように名を呼ぶとまたびくりと震え、鼓動もさらに大きくなった。
『…包帯が邪魔だな』
簡単に外れないよう、きつく巻かれた包帯は月一人ではどうにもならない状態だ。身を起してニアの閉じられた膝に手を差し入れて、開かせた。
背に直に触れるシーツが刺すような冷たさだったのが、一瞬で人の体温を含む。ニアは早くも自分に施されるだろうことへの予感に打ちのめされていた。しかし、自分に何ができただろうか。あの人形は隠し通さなければならない。
震えが止まらない脚に月の手がかかり、当然のように開かせると身体を割り込ませてきた。
全裸で脚を大きく開いて同性である男の下に組み敷かれている。その見下ろす男は夜神月、キラ。数年もの間追い続けた大量殺人者であり、人外の手段で世界を震撼させ、ついには屈伏させた『人間』。
今初めてこの現実を認識したかのように、ニアの目が大きく見開かれた。
「は……放せ…嫌だ…」
沸き上がったのは恐怖と怒りと羞恥という性質の異る、しかしまったくの負の感情で、暴走しはじめた三つのそれはニアをパニックに陥れた。奥歯がなるほど全身が震えている。声を出そうにも言葉は音にならない。
押し返そうとした細い腕を月はあっさりとベッドに押さえつけた。
「さっきから支離滅裂だな。忘れたのなら言ってやるが、誘ったのはお前だよ」
からかうように目を覗き込む。ニアは月の茶色がかった目に怯えきった自分が映るのを見た。情けなくなって思わず顔を背けたが、月はかまわず続けた。
「機械越しのやり取りだけのときは忌々しいだけで殺してやりたかったが…」
ニアの耳に触れるほどに近づいて囁いた。そしてそこから下へ、やわらかなところを少し舐めあげた。
「こんな扇情的な奴だとは思わなかった」
「せ、せんじょ……」
あまりの言葉に先刻までの怯えが消し飛んだかのようにニアは月を睨みつけた。月は意地の悪い笑顔でニアを見下ろしている。視線がぶつかると、それを合図に深く口付けた。わざと、あの炎上の日と同じように、なかへ押し込むように差し入れるのをくり返す。
ニアも月の露骨な意図を感じ取って必死で抵抗した。『好きにさせる』と決めたが、拒絶の意志を抑えられない。
熱が流し込まれるような感覚が蘇る。あのときと違うのは口内だけでなく、何も身に付けていない全身が月の熱を受け止めていることだった。
望まない快感は想像以上に不快だった。荒れた呼吸を調えているうちに惨めな気持ちになっていく。
頭上で笑う気配がして、きっと酷い顔をしていると思うと、たまらなくなって顔を覆った。
月は、ニアのたった今果てたそれをまだ弄んでいた。ニアは無駄だと分かりきっているのに身をよじり逃れようとしたが、やはりその抵抗は無視されて、かわりにもう片方の手が腰骨から後へと辿っていく。吐き出されたもので濡れた指が、奥のかたく閉じたところに触れて、身体が跳ねた。
爪先が掠り、数本の指が執拗に撫でてくる。ぴりぴりとした微かな感覚がもどかしくて、ひたすらその刺激が終わるのを待っていたら、ふいに一本の指が強い力で押し入ってきた。月の長い指がニアのなかに深々と侵入している。そう認識したとき、ニアは信じられないというような顔で月を見上げた。
身体に沸き立つ快感と、それを受け入れられない心が鬩ぎあう白い痩せた身体が、月の下で震えていた。二本目の指をそこへ差し入れると痛みも伴ったのか、いよいよきつく目を閉じてしまう。
先刻、一瞬だけ見上げた黒い瞳は潤んでいて、情欲で淡い朱に染まる目元と相まって、月のなかの何かが激しくかきたてられた。月はその『何か』を確かめたくなって、ニアの名を呼ぶ。
しかしニアは応えなかった。締めつけるニアのなかで指を動かすのをやめなかったから、その刺激に耐えることに必死で、聞こえなかったのかもしれない。
『…僕はニアに欲情している…?』
誰かに欲情することなど、あまりなかったことだった。女に対してはそんな衝動もなかったわけではないが、それは男としての本能の働きだったように思う。誰かに執着したはての情欲が前にあったかどうか思い出せない。
指を引き抜くと、ニアの身体から強張りが解けていった。相変わらず背けている顔にさっきよりも色濃く朱がさして、力が抜けて惚けた表情は情事が終わったと思っているのかもしれなかった。まだ、自分は満足してはいないというのに。
月がベルトを外すとき、小さく金属がぶつかる音がした。ニアの顔色が変わるのを見た月は、かき立てられた情欲がさらに増すのを感じた。
ようやく指が抜き出されて息をついた。触れられてもどかしいような刺激をさらに強くしたような刺激は、少し痛みを感じてもなんとか我慢できた。ただ、何故か何もなくなったなかが熱いままで、それがニアを不安にさせていた。自分の身体がなにかべつのものに変質してしまったように感じる。
『……嘘だ……』
不安の正体を、月の動作で悟ってしまった。金属音は、月がベルトを外した音だった。そしてスラックスを開きながら再び自分に覆いかぶさってくる。
ニアの腰の下に手を入れて少し浮かせるように持ち上げ、ニアは息を飲んだ。
まだ熱いそこへ、熱を孕んだ固いものがあてがわれている。生々しい感覚から逃れるため、腰を抱える腕を振り払おうとした瞬間、穿たれていた。
指など比べ物にならない、無理に侵入するそれはニアのなかを抉り、激痛が襲った。せめて叫ぶことができれば楽になるのに、一言も発せられない。声が出ない。
髪を激しく振り乱し、それを制止の懇願とするには、相手があまりにも悪すぎた。
『……気絶…しそうだ…』
揺すり上げられるごとに意識が飛ぶ。一瞬の間でも何度も繰り返せば、本当に意識が遠のいていきそうだった。
『…人形…を…シャツを…拾って、バスルームへ…』
やらなければいけないことを頭の中で何度も唱え、身体を抉るものに対抗する。気絶はできない。身体が強ばるばかりだった。
ニアの奥深くへと強引に侵入し、強引に退かれる。抉られる激痛は引き裂かれるような錯覚さえもたらし、腰に溜っていく鈍い痛みもじきに激痛に変わろうとしていた。際限ない苦痛にニアは気が狂いそうだった。
この酷い衝撃は痛覚だけのものではなく、この状況を認められない意志のせいだ。もしもこの痛みを与える者が憎からず思う者なら、苦痛と感じないのだろうか。
「……ニア」
またあの声が呼ぶ。この声が嫌で仕方が無い。どうしてあんな酷薄な眼をしてこんな優しい声を出すのだろう、この男は。
「……ニア」
早く終わらせてほしくて、固く閉じていた目を開く。嘲笑う月にせめてもの抵抗を見せるために正面に顔を向けた。
「………?」
一瞬、誰かが判らなかった。散々流した涙で視界には相変わらず霞がかかっていたからか、月の表情が判らない。ただ嘲笑ではなかった、ように思えた。
苦痛と羞恥に耐えていた身体がわずかに弛み、月はずるりと身を引く。そしてニアの腰を掴みなおし、引きつけると同時に片膝を前に出す勢いでニアの最奥を打ち付けた。
乱れて波打つシーツが、もうなすがままに揺さぶられているニアの背でさらに乱れていく。朱く色づいていた目元は青ざめていた。身体全体が色を無くしていく。苦痛しか感じていないのであれば当然かもしれないと、月は見下ろしていて思う。
それなのに自分はといえば止まることができずにニアを責め立てている。蒼白の身体のなかは熱くてたまらなかった。
『…あの日からおかしいな…僕は…何をしている』
周囲が思う以上、月自身が己の行動に困惑しているところがある。何もかも計画した上での言動ではあるのだ。だが、心はどこかを彷徨うようなおぼつかなさの中にいる。これは熱のためか。
また、ニアの身体が強張った。月の熱とニアのなかの熱がいっそう混じり合う。ニアが虚ろな目で月を見上げていた。
月は、ニアに口づけるために身を折った。
触れるだけの口づけが、僅かに身を抉る痛みを和らげた。月の長い腕がニアの細い身体をきつく抱きしめている。今初めて、互いが繋がるそこから痛み以外のものがじわりと広がっていくのを感じた。相変わらず揺すり上げるのはやめないどころか激しさを増す。
もうすぐ終る。ようやく終る。その予感に安堵と「なにか」を込めて、ニアはおずおずと月の首に力を無くしかけている腕をまわす。
ずるりと月がなかから出ていくのを感じて、無理な体勢を強いられていた身体からゆるゆると力が抜けていく。安心して涙が溢れた。
額に張り付いた銀色の髪を、月の左手がかきあげていく。ぼんやりとした視界に映る月の左手首には細い筋が一周していた。
やらなくてはいけないことをもう一度、心の中で唱えた。
08.06.22
わぁ、やってもた…。
意志の疎通がないとしんどいね、Hって。
とかなんとかいうのはおいといて
盛大に言い訳…→■
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