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 SSR (6)

 腰から下の感覚が無くなりそうだ。それを、まだ続く鈍痛が辛うじてその感覚を補っている。横にはうつ伏せている月がいたが、ベッドから離れようとしたニアの動きに気付いて顔をあげた。
「シャワーを」
 一旦顔をそらせば、また合わせることは難しくて、ニアは、背を向けたままそっけなく告げた。
 落ちた服を拾いながらバスルームへ向かう。足取りは、なけなしの意地でふらついてはいなかった。
 バスルームに入るなりポケットを探り、人形が収まっていることに、見つからなかったことに安堵して、その場にへたり込んだ。
 人形を取りだそうとしたが、手が止まる。この部屋にいるのは、二人だけではない。
『…死神……』
 夜神月に憑いているという死神がいる。人形のことばかりが頭にあってそのことを失念していた。ノートを奪うことで自由になれる。そのためにもノートの詳細を知る必要があるが、その情報を死神から得ようとしていたのではないか。
 月が言った通り、ニアは、自分が相当に支離滅裂な心境に陥っていることに呆れた。
 死神は人間の、それも男同士のセックスをどう見ていたのだろう、そもそも興味を抱くのかなどと、どうでもいいことを考える。でなければやりきれない。
 痛みを堪えて立ち上がり、シャツを出来るだけ濡れないよう、しかし目の届くところに置いた。ふと鏡に目をやると、痩せた身体の至る所に痣をつけた姿が映っていた。
『…ただの…内出血だ。すぐ消える』
 シャワーの栓を開け、温かくなるのを待たずに湯をかぶった。次第に熱くなる湯が背に流れていく。
『……一人は…厳しいな…』
 先行きが全く見えず、闇雲にもがいているようなもので、自分の常である冷静さを取り戻せない。
『…私はキラを、夜神を恐れている。あの男の力と精神の有り様を恐れている』
 認識しなければいけない。夜神月を、子どもじみた自尊心を持つただの人間と思わないことだ。でなければ、いつまでも距離が計れない。
『せめてもの救いは、失敗してももう誰も危険な目に合わせないで済むことか』
 一人であることの非力さ心細さに心が折れそうになるが、未熟さ故に、これ以上誰かを巻き込み、危険な目に遭わせることはない。SPKの大半を死なせてしまったことを忘れてはいない。
 俯いていた顔を上げ、シャワーを止めた。

 背中の疼きで、月は目を覚ました。うつ伏せで眠る生活が続き、睡眠は浅いばかりで相変わらずすっきりしない。
 ふと目を向けると、白いシャツの痩せた背中があった。前夜のことを思い出して苦笑してしまう。自分がいる間は床で眠るだろうと思っていたのだ。
 狭いベッドで、可能な限り離れた位置にいるが、手を伸ばせば楽に届く。月が身じろぐとニアの肩が揺れた。
『寝てないのか』
 朝の薄闇の中、ニアの銀色の髪に光が集っているようで、手でそっと漉いた。するすると指の間を滑っていく。意外に良い手触りが楽しくて、しばらく漉いていたら、ニアが背を向けたまま手で払いのけようとした。すかさず、その手を掴む。
 今度こそ硬直してしまったニアは、昨夜のことを思い巡らしているに違いない。震え出した手を放した。これ以上からかうとパニックを起こしてしまうだろう。
 月は着替えるために起き上がり、ニアに毛布を掛けた。

「………監禁対象者に留守番をさせる神経がわからない」
 月が出掛け、しばらくしてからニアはベッドから這い出た。力がうまく入らない足を引きずって玄関に辿り着くと、備付けの棚の上に鍵があった。二種類、この部屋と魅上の部屋の分か。
 ニアにここまでの自由度を与えるのは、死亡する直前の行動をコントロールするあのノートがあるためだ。あれがあるかぎり、外部との接触をもっても、ニアにとって有効な手段は何一つない。しかし、だからといって監禁場所の管理を任す理由が不可解だ。
「………寝よう」
 靴を引っかけ、鍵を掴んで部屋を出た。魅上の部屋のソファが、今のところ一番寝心地がいいのだ。乱暴に鍵をかけ、隣に数歩歩いて乱暴に開ける。
 一睡もしていないことからくる気怠さと無理な行為からくる痛みとで、疲労困ぱいしていたニアは、魅上の部屋に入るなり施錠すると、まっすぐソファに直行して倒れ込んだ。何も掛けるものがなくて寒いが、睡魔には勝てなかった。
 
 ニアが倒れ込んだ頃、月は大学病院を訪れていた。受付で紹介状を渡すとすぐに案内されたものの、通常の診察室のようではないところだった。後でもの珍しそうにきょろきょろしていたはずのリュークは、いつの間にかどこかに消えている。
『……あいつめ、飽きたな』
 内心でごちるが表情には出さず、案内の病院職員に従って中に入った。
「全診察室がパンク寸前で研究室を臨時に使っていて…中の先生はちゃんとした人なので大丈夫ですよ」
 職員が申し訳なさそうに言うが、月としては包帯を換えるだけなので気にもならなかった。
「すまんなぁ、連絡はもろてるから、とっとと済ませよか」
 医師は笑ってカルテを置いた。月も会釈して、勧められた椅子に座った。
「東京のんが経過も診ろゆうてるから、ちょっと時間がかかるけどええな」
 白衣を着た数人がわらわらと入室してきた。恐らく彼らも医師なのだろう。包帯や器具などを並べる者や、カルテを見て打ち合わせている者などで狭い部屋が俄に賑やかなになる。
「…………」
 月は、遠く離れたここ京都で、担当医の逆襲に遭うとは思いもしなかった。黙り込んだ患者に医師が付け足した。
「府警の方やったら連絡いれといたから心配すな。君、東京の連中にごねて出てきたんやろ、重度で無茶もええとこやな。ちゃんと治りたいんやったらちょっとは言うこと聞いたれ」
 かかかと笑う年配の医師は、上機嫌のまま包帯をはずし始めた。警察病院なら職務上の理由をたたみかけられるが、まったく関係のない大学病院の、さらに面識のない医師相手では、勝手が違う。警察病院の担当医も考えたものだと、月は降参した。
 
「…………ありがとうございました」
 どうやっても表情が硬くなる。当初の予定は30分ほどと聞いていたが検査も入れて2時間にもなってしまった。
「いやいや、このデータは向こうに送っとくからな。東京に戻ったらちゃんと行きなさい。それから薬は時間通りに飲んで。夜12時には寝るように」
「…はい」
 病院を出たところで、昨日、府警を案内してくれた刑事が待っていた。まさか迎えの手配まであの医者はしていたというのだろうか。
「お疲れさんでした、夜神さん」
「あ、いやそのおはようございます」
「おはようございます。ではいきましょか」
「あの、わざわざ…」
「ああ、ここの先生から連絡きて。なんか言うだけ言うて電話切られたようで、俺もようわからんのですが」
 そう言うと、刑事は笑ってドアを開け、月は大人しく車に乗り込んだ。
 
 遅れた分を取り戻すため、月は予定をかなりのペースでこなした。会議も打ち合わせも意見交換も同時に、休憩はほとんどなしで行う勢いは、府警本部の担当者たちが目を回したほどだ。
「………いや、ほんまに目ぇ回してますな」
 会議室にはぐったりとした淀んだ空気が漂い、中の人間の半分は机に突っ伏し、半分は天井を仰ぐも何も見てはいない、という状態だった。
 その最たる原因の月といえば、何も無かったかのように涼しい顔で書類を鞄に詰めていた。これで府警での予定は終了した。
 呆れたような感心したように呟く刑事は、サポート役に徹していて逆に助かったと心から思っていた。
「それではこれで失礼します」
「ああ、ほんまご苦労さんでした。今度はゆっくり遊びにきてください、観るとこだけはようけあるんで」
「はい、今回はありがとうございました、松田さん」
 偶然にも、手をかけた松田と同じ名字の刑事は、人懐こい笑顔で月を見送っていた

08.07.02
つ、続きます…。
まとめるのが難しくなってきたような。
あとがき…→

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