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 SSR (7)

「なー、ライト、リンゴくれー」
 自由気ままな散歩から戻った死神は、月の後で奇妙なポーズをとっている。身体があらぬ方向へねじれたまま、ふわふわと漂っていた。至近距離で2メートル超の異世界生命体の挙動不審は、見えているのが自分だけだということも手伝って苛立ってくる。
「…お前、昨日晩からえらく自由行動なんだな。ノートの所有者に憑いているのが決まりじゃなかったのか」
「うわ、邪魔になるからどっかいけと言ったのはライトじゃねーか。ニアとかいうやつで遊んでたのは誰だよ。朝は朝でせっまい所でうだうだやってるし」
「朝のは病院だと言ったろ」
「そんなこたいいからリンゴくれリンゴ」
 さらにねじれ、長大な体躯が反転しだしたリュークは、本人曰くのリンゴ禁断症状で焦っているようだ。
「……荷物置いたら買ってやるよ」
「んじゃ早く行こうぜ。担いでやろか、ライト」
「結構だ」
 
 空が夕焼けで染まるころ、マンションに戻った。まだ荷物を片づけられていない部屋には、室内にニアの姿はなかった。靴箱の上の鍵がないのを見た月は、隣の魅上の部屋へ向かう。
 預かっていた二つの鍵の一つを取りだした時、鞄の中からアラーム音が鳴った。ドアを開けるとさらにその音がけたたましくなる。
「お、なんだなんだ???」
 ねじれたまま月の鞄を覗き込もうとするリュークを押しのけつつ、音源である機械を取りだした。電子機器類を探知する機械だ。
「………そろそろだと思っていた」
「なにが」
「懐かしの盗聴器さ。隠しカメラもあるだろうな」
 不敵な笑みを閃かせて中に入る。ソファには毛布に包まって眠るニアがいた。アラームの音にまったく気付かない。
 ニアの眠りの深さは分っているつもりの月は、ニアには構わず、機材をテーブルに広げた。
「リューク、お前はあっちを探せ」
「えええ?!……あー、分った。リンゴがかかってるんだな」
 何年にもなる付き合いで、月の意図を瞬時に理解した死神は、経験を生かして室内を飛び回った。月もソファ回りを探り出す。
 ソファの下、ひじ掛けとの継ぎ目に手を入れただけでぽろぽろと出てくる。盗聴するというより無造作に突っ込んだようだ。よく見ると作動していない。
『………人の家をごみ箱扱いするとはいい根性だ』
 もちろん、巧妙に隠されたものも多くあった。部屋の至るところに仕掛けられていて、これは百個以上あるかもしれない。人間界の物理法則を無視出来るリュークがいなければ見落としてしまいそうだ。
「なーライト、盗聴器一個でリンゴ一個はどうよ」
 なんでも楽しみに変えてしまうお気楽な死神は、身体がよじれながらも嬉しそうだ。いや、あれは禁断症状がさらに進行した故のハイテンションなのか。
 月は顔を上げた。
「このあと、一個でも見落としがあったらマイナス100個だ」
「うえええ、お前、どういう計算してんだ?!」
 文句を言いながらも天井を探る死神を後に、ソファにあったものをローテーブルに集めた。眠るニアは、ばらばらという音に反応して少し眉を寄せたが、それでも目を覚まさない。月はニアの口元に顔を寄せた。呼吸におかしなリズムはない。
『………薬を嗅がされたわけではないのか…本気で眠っているな』
 ニアが侵入させたのかどうかは後で確認すればいい。
 眠ったまま、もそもそと毛布に潜り込む。その幼い仕草に月は苦笑した。全部探し終えるまで、ニアをそのままにしておくことにした。
 
「………ジャスト200個。昼日中にやってくれる」
 テーブルの上に出来た機械の山を見下ろした。ニアが眠るソファの傍らに膝をつき、毛布をはぎ取った。
「ライトー、リンゴー、オレ、ヤバイかもー」
「もうちょっと待て」
 ニアは急に冷えた肩を自分で抱えるように丸くなった。まだ起きない。月はニアの肩を掴んだ。
「ニア、起きろ」
 乱暴に揺さぶってようやく目をあけたニアは、ぼんやりと宙を見つめていた。寝起きが悪いらしい。
「ニア」
 少し大きな声で呼ぶと、びくりとして目の焦点を月に合わせた。途端、青ざめる。
「……夜神…」
 肩を押さえつけられたままのニアは青ざめたものの、すぐに平静をとりもどし、目に挑戦的な光を宿す。月は起き上がるように促した。
 室内は灯りに照らされている。時計に目をやって、夜になろうとしている時間であることを知った。
 なんにしろ、目覚めて最初に目にしたのは夜神月、というパターンが続くことに嫌気がさす。昨夜のことを思うと怒りや羞恥、そして恐れで逃げ出したくなるが、これ以上、醜態を晒したくはなかった。
 ニアは、月が無言で指さしたローテーブルにある山を凝視した。小さな山を形成しているのは、さらに小さな機械で、見覚えのある盗聴器ばかりだ。
「−−−−−−−−−−−−」
 何が起きたのか理解した。ノートがあるかぎり、何も出来ない状況は変わらないが、それでも涙が出そうになる。
 沸き起こる感情を隠すため、小さな機械の一つに手を伸ばして月からの視線を逃れた。
「……また古い型のが混じってますね」
「……言いたいことはそれだけか」
 月は月で、そんな素振りで誤魔化されず、壊れている盗聴器の一つを手に取って弄るニアに、ため息交じりで言った。
「作動していないものもありますね」
 平静を装うニアの反応で悟った。これらすべて、ニアが眠っている間に仕掛けられたものだ。でなければニアがこんなにも嬉しげな仕草をするわけがない。
 昨夜、ニアの感情の起伏を引きだしたことが、こんなところで役立つとは思いもしなかった。あの時、唯一見せなかった感情が際立って見える。
 月はもう一度ため息をつくと、ニアの腕を引いて立上った。突然のことで力が上手く入らず、転倒しそうになるニアに構わず、背や腕、脇をはたくように触れ始めた。
「な、なにを…」
 昨夜の出来事が脳裏を駆け巡り、身体に緊張が走った。しかし、服の上から機械的にはたいていく月の行動に、ニアはすぐに別種の恐れにかられた。
「放せ夜神!」
 抵抗の腕を上げたとき、月の手がニアのシャツのポケット、人形を入れたポケットに入った。中の物を取りだす。
 ニアがそれにつかみ掛かろうとするのを、月は腕を伸ばして遮った。伸ばした瞬間、背中に激痛が走り息がつまったが、顔には辛うじて出さなかった。ニアが必死になって取り換えそうとした物を、ニアの頭上で確かめようとした。
「それを返せ!!」
「うわっ」
 月の腕を掴み、全体重を利用して引き下ろそうとするニアに、バランスを崩されてソファに倒れ込んだ。
 月の下敷きになりながらも、ニアは月が掴む物に手を伸ばすが届かない。
「おお、この場合、オレはどっちかに味方した方がいいんかな」
 完全に反転してねじれているリュークが、月の顔を覗き込んだ。
「リンゴを箱買いしてやるからこれを持ってろ」
 暴れるニアを押さえつけるために、掴んだものをろくに確かめられない。リュークに手を突きだした。
「ほいほい」
 月の腕に遮られて頭上のやりとりが分らないが、気配で人形が死神の手に渡ったことが分った。
「! そこに死神がいるのかっ?! それを私に返せ、死神!!」
 意外なほど激しい剣幕で怒鳴るニアに死神は興味を抱いた。
 人間とは関節の位置も数も違うリュークのねじれかたは不可解極まりない。手足が絡まっているように見えるが、リュークはそんなリンゴ禁断症状を忘れたかのように、もの珍しそうにニアの顔を覗き込んでいる。
 手に持つものがなくなった月に両手で押さえつけられ、昨夜と同じ体勢になってしまったが、ニアにそんなことを気にする余裕はなかった。メロの人形を見られるわけには絶対にいかない。
「リューク、それを確認しろ」
『メロ……』
 仰向けのニアに馬乗りになった月は、リュークに改めて命じた。その月の言葉にニアは、絶望の底に叩きつけられたような思いだった。
 なおももがく力は、体格の差と不利な体勢のために強いものではない。月は顔を紅潮させるニアを見下ろし、昨夜のことを思う。
「おー。なんだこりゃ、似てねー」
 何がそんなにニアを追いつめているのか、月には見当もつかなかったが、リュークの素っ頓狂な声に、顔を上げた。
「どうした、リューク」
「ほれ、これ。Lらしいが似てねー」
「L?」
「?」
 月が発した“L”という単語にニアは、宙に浮く人形を見ようとするが、月の腕が邪魔でうまくいかない。
「………そうだな、似てないな。ニア、これはお前の手製か?」
「……??」
 仰向けのニアの目の前に、小さな指人形が降りてきた。おそらくニアには見えない死神が持っているのだろう。それは白い胴体、黒髪で目が飛びだしたような滑稽な表情の人形だった。人形の胸には“L”とある。
『……なぜ……』
 自分が持っていたのは黒いメロの人形だけである。他には何もない。第一、メロの人形でさえ置いてきたと思っていたのだ。
「ニア?」
「……それは私が作ったものです。返してください」
 もがくことを諦めたニアは、小さく呟くように言った。月はニアの腕を放して、宙に浮く人形を手に取る。
「…似てないが…仕方がないか。お前は竜崎を知らないからな」
 馬乗りのまま、小さな人形をひっくりかえしたりするなど、チェックをしている。指を差し込むところを覗いた月は動きを止めた。ニアはメロの人形が見つからずに済んだ安堵もあるが、何故、違う人形がポケットのなかにあったのか、考えが纏まらずにいた

08.07.05

あとがき…→

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