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SSR (8):03
「…羊羹、全部食べたのか…」
いくら甘いもの好きでも、いちどきに食べられる量ではない。いや自分が甘い菓子全般が食べられないからそう思うのか。
粧裕が入れた土産の芋羊羹は、まだほとんど残っていたはずが、戻ってみればニアがすべて食べ尽くしていた。頑として普通の食事を受け付けなかった某探偵を思い出し、月の表情は必要以上に険しくなっていた。
「冷蔵庫のなかにはお前の食事が入っていたが」
「きちんといただきました」
包装紙や空き箱で、ロボットのようなものを作っているニアは振り向きもしない。
その痩せた身体によく入ったなと、今度は別の意味で呆れた。
洗われたばかりの食器が、棚のなかで不格好、かつ絶妙なバランスで重なっているのを見ながら言葉を続けた。
「あのメモに痩せたとか書かれたから気にしたのか?」
「………あなたには関係ないです」
魅上からの連絡では、ニアの食が細いとあった。そして、人形に入れられていた紙片には、ニアがかなり痩せたことを心配する言葉があったが、置かれている状況を考えれば当然だろう。
しかし、ニアは状況に悲観して自殺するようなタイプでも、ましてや、悲観から衰弱するようなタイプでないのは、機械越しのやり取りをしていたときに判明していたから、気にもしていなかった。
月は、リビングの椅子をソファの側に持ってきた。そして鞄の中からノートパソコンを取り出す。目的のデータを呼びだすとニアの前のローテーブルに置いた。月は椅子の背を向けてまたがるように座った。
「SPKとメロが手を組んだ」
「……」
「来るなら別々だと思っていたんだが、まあいい。こっちは連中の出方次第で対処するだけだ」
「ミスター模木を殺さないのは何故ですか」
ふいにニアが月の言葉を遮るように質問した。作り掛けのロボットに視線を落したままだったが、手は止めている。
「人形がLと似ていないと知っているのはあなたと彼だけだ。あの手紙にその言及があるということは、彼はまだ生きてSPKと行動を共にしている」
「お前向けのカードさ」
「……私の行動一切はすでにあなたが握っていると認識していたんですが」
「話が早くて助かるな。お前が僕に逆らわないかぎり、模木の安全を保障する。自殺も許さない」
二重三重と枷を仕掛けている。過ぎるほど用心深く、今もキラに関わる言葉を発しない。模木の命をではなく、『安全』ときた。
これが本来の、夜神月のやり方なのだろうか。ニアの知る限りでは、錯綜する情報と連続する不測の事態のためか、苛立ちめいたものを常に漂わせていたように思う。
『…条件を設定して従わせる手段は確かに面倒がない…信用もなにも…』
炎上事件から抱いていた疑問がある。倉庫炎上、日本捜査本部の壊滅、キラの『粛正』、この一連の事件で、夜神の真の目的は何だったのか。
「…あなたはMr.相沢たちを排除するために私やメロを利用したのですか」
唐突すぎるニアの言葉に月は目を丸くさせた。
「状況を作り出すには好都合ではあったな、お前たちは。やりあう過程で国外の情報も入るようになったのもある…まとめて片付けようと思ったのは確かだ」
「…あなたにとって彼らはなんだったんですか」
「行く手を阻む者、になるか。ある意味、竜崎、Lより厄介だったな」
「犯罪者と邪魔者は、あなたにとって同位なんですね」
「カテゴリーは違うがな」
見上げた視線と見下ろす視線がぶつかった。
「もし、私が一人でなかったら、その場にいる全員を?」
「ああ」
「魅上もですか」
「ああ」
「キラに関わるすべての人間をということなら、今のこの状況はずいぶん違うものですね」
「違うな。だが、悪くない」
月の手が伸び、ニアの髪に触れた。指が髪を漉いていくが、すぐにニアは月から離れた。月はそれを追おうとはせず、小さく笑うと、ローテーブルのノートパソコンを指し示した。
「それは、現在進行させている捜査案件の概要だ。二十件ある。お前はこれから僕の代りに“L”として解決にあたれ」
「な……」
思い掛けない月の言葉に、ニアは言うべき言葉を見失った。キラの話をしていたはずだったのだ。
「東京に戻れば、またしばらく入院することになる。そして上層部は僕をキラ捜査から外すために別件の捜査をねじこんでくるだろう。今まで以上に身動きできなくなるから、Lの方は当面、お前に任せる」
「まさかあなたはここまで読んで……」
これが『悪くない』ということだろうか。月の表情からは何も読み取れなかった。ただ、見上げるニアをじっと見下ろしているだけだった。
「隣の部屋にある箱の中身は捜査資料だ。そしてあのパソコンにはロックがかかったデータがある」
淡々と話す月をじっと見つめることしか出来ない。自分が抱いていた印象、人物像がことごとく覆されていく。目の前にいる男は何者なのか。
「僕の代理のほか、そのデータのプロテクトを外すのが当面のお前の仕事だ」
「…そのデータというのは?」
「竜崎、『L』が関わった事件の全データだ」
Lを倒したという事実がある。月のいうデータが、本人の言う通りのものであるなら、Lの記録から分かることがあるかもしれない。
どのような形であれ、夜神月に向き合うことでデスノートを奪うことにつながるという、一縷の望みにすがるしかなかった。
08.08.16
終りです。一応…あーなんか変…
詰め込むとまとまらないですねえ…
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