about|text|blog
SSR (8):02
「……夜神、退いてください」
「ああ」
「……」
人形を調べながらニアの上から離れ、立ち上る月に、ニアは目を丸くした。すんなりと退くとは思わなかったのだ。とはいえ、文句はもちろんないので黙って起き上がり、ソファに座り直す。
かさり、という音が聞こえて顔を上げた。月が人形から紙片を取りだしていた。
月は小さく畳まれた紙片を開きながら、ニアを見下ろした。じっと自分の手元を見つめている。大きな黒い目は、今は平静を取り戻していた。
紙片にはびっしりと文字が書かれていた。すべて英語でしかも複数人の筆跡が入り乱れている。
「ああ、向こうにも同じ意見のがいるな、Lの人形は似てないとさ」
「……Lの人形は、先に作った他の人形の型をそのまま使っているから、似てるも似てないもないです」
むくれたような顔でぼそりと呟くニアに、月は思わず笑った。
「ほら、返すぞ」
「……………」
人形と紙片を突き出すと、ニアは目を大きく見開いたまま固まった。
「要らないのか?」
この一言で、はたと気付いたようにまばたきを二三すると、手を伸ばしてきた。ニアの掌は小さいだけでなく肉付きがないようだった。そこから続く手首は改めて見るとやはり過ぎるほど細く、両の手首を片手だけでいとも簡単に封じられたことも納得出来た。
「…出掛けるが、来るか?」
予想通り、ふるふると首を振るニアに苦笑すると部屋を出た。
スーパーでリンゴ10個を買い、さらに箱を注文したときには店にいたすべての人間に一様に目を丸くされた。しかし、月には言い繕う暇はなかった。リンゴ欠乏による禁断症状が、最終段階にきたらしい死神が背後で暴れているのだ。実害はないが、鬱陶しいこと甚だしい。
足早に店を出ると、すでに辺りは暗くなっていることをいいことに、リンゴを背後に放る。いつもは手で受け取るリュークは、この時ばかりは空中のリンゴに直接ぱくついた。まるで犬のようだ。
「……死神の威厳もなにもないな……」
「うるせー、次! リンゴ!!」
「わかったわかった」
見る間に半分がなくなり、リュークの絡まっていた手足が、ようやくほどかれた。
「食った〜。やっぱうまいわー。ライト、一個やろか、なんも食ってねーだろ?」
「いらないよ、ぜんぶ食べろ」
「おう」
両手に掴んだリンゴを交互にかぶりつく死神を後に、また歩き出した。
「はー、さっきは焦ったぜ。またあいつで遊ぶつもりかと思った」
「…遊ぶか。盗聴器とカメラが仕込まれたんだからな」
禁断症状で注意力散漫になっているかと思えば、こういうどうでもいいことは目敏いと、月は内心で舌打ちする。
「僕に憑いてなかったとき、お前、本当はあの部屋にいたんじゃないだろうな」
「いやいや、散歩だって」
「…まあいい。とりあえずそれを早く食べてしまえ」
夜もまだ早い時間帯だったが、月が歩く道には人影がない。鬱蒼とした樹々がざわめく小高い場所で、他人には見えない死神と会話するには好都合だった。
「なーライト。お前、ニアってヤツが気に入ったのか?」
「は?」
「部屋入ってすぐに起さなかったし、取り上げた人形と紙、あっさり返したし。サユを気に掛けるときとおんなじだったぞ」
「気に掛けていた?」
思わず確認してしまった月に、死神はこっくりと頷いた。リンゴをかじったまま。
月は腕を組んで宙を見つめていたが、リュークには月が戸惑っているようにも見えていたが不確かだ。
月の、普段の人当たりの良さはほとんど演技で、本当の感情を表に出すことなど滅多にないから、冷やかすようなことは口にしないのが利口だ。
「…ニアを生かしたのはSPKやメロを牽制するためだ。とくにメロはデスノートを熟知しているから動けない」
「なんでだ?」
「ニアをコントロールして、メロの名前を書かせることができることを分っている」
「ああそっかそっか。じゃあ、近いうちに殺すのか? 場所知られてんじゃん」
「………お前、やっぱり奴等が盗聴器仕掛けているところに居合わせてたんだな」
「はっ、しまった!」
「リンゴ代くらいは答えろ。メロが来ていたのか?お前はシドウってやつの件でメロの顔を知っているな」
「うー、仕掛けていたのは黒髪の男…こいつはテルをずっと見張っていた奴だ。それと赤茶けた髪の男、メロってやつは外の車のなかにいたな」
今更、死神の非協力な態度に怒る気もなかったが、自分の思惑を妨害する形になることもあるのが厄介で、リンゴ代として得た情報は、知らなければこちらのミスを招くほど重要なものだった。
「魅上をつけていたのはSPKだ。そうかSPKとメロが組んだか。別々にくるかと思っていたが」
「ピンチか?」
「ああ、わりとな」
再び不敵に笑い、長大な死神を見上げた。
仮定として、SPKとメロが組む可能性も考慮していたが、SPKは一度はメロに壊滅に追い込まれ、そして今、ニアを失ってなお、キラ捜査を続行するのか確信が持てなかった。
だが、わだかまりを解消し、両者が組むとなれば手強くなると思う。ニアの手法を熟知するSPKと、ニアと対抗していたメロの力が合わさるとなると面倒なことになる。
簡単にそれらのことを説明すると、リュークは首を人間以上の角度でひねっていたが、理解したようだった。
「模木ってやつは殺してないんだな。あいつはライトのやり方も分っているだろ??」
「ああ、竜崎のもな。模木さんがメロに、その辺りのことを教えていたら面白いことになる」
「そうかあ??」
「ああ。だからピンチだ」
歩き出した月は、怪我人らしくなく颯爽とした足取りでマンションに向かっていた。
「なんか嬉しそうだなー、ライト」
「そうか?」
08.07.21
テキストエンコーディングがなんか変…
ちゃんと表示されるかな…
→■
(8):01< >(8):03
|