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 28 Aug 2010 (8)

「また熱が上ったか」
 額に手があることで目を覚ました。なんだか頭が痛い。声のほうへ視線を上げると魅上の顔があった。室内はもう明るくなっていて、魅上はスーツを着ている。
「…おはようございます。いってらっしゃい」
「…夕方だ。やはり今朝のあれは寝ぼけていたんだな」
 魅上が言うには、朝、リビングの床にはりつくように寝ていたらしい。暑くて、隣の絨毯敷の部屋ではひんやりしていないから、魅上の部屋に移動してきたと、淡々とした顔で言ったという。ニアはまったく覚えていない。
 月との通信のあと、暗いばかりの天井を眺めていた。そして気付けば魅上の部屋にいたのだ。
「ひんやりって言いましたか、どういう意味ですか?」
「君は………」
 がっくりと脱力した魅上は眩暈も覚えたか眉間を押えていた。
 ひんやりとは冷たいとかそんな意味だ、程度は低い。
 教えられてぼんやりとしつつも納得したニアは、天井を見つめていた。いつものソファの上だった。
 出歩かないとはいえ、ぽつぽつと日本語の語彙が増えているのは、認めたくはないが、見張り兼世話係の魅上と、Lがらみの通信での月との会話の影響だ。
「薬を飲んで、それでも下らないならもう一度病院にいこう」
「頭が痛いです…」
「…朝、君に気づかず蹴飛ばした。すまない」
「…いえ、病気が原因じゃないならいいです」
 原因が他にあるとするなら、間違いなく、月のあの言葉だ。
 −Happy birthday Near
 聞いたこともない言葉を投げ掛けられ、勝手に通信を切った。どう反応しろというのだろう。
 いや、さっさと通信を切ってくれてよかった。あれは何か考えがあって言った言葉ではないだろう。
 本名から辿れる自分のデータは誕生日だけだ。他には何もないし、その誕生日ですら正確なものではない。自分ですら分からないから諦めていた。
 頭が混乱する。諦めていた、望みもしなかった。運良くあの施設に預けられ生かされた。これ以上、何かを望むことなど出来ない。
 そう思うと、違うところからざわざわとした思いが現れる。それは叶えられなかったときが怖いから、理屈をつけて望まないようにしているだけだと。
 そうでなければ、手違いのリボンがあんなにも嬉しく感じたことは嘘になる。手違いのリボンでも思惑など何もない言葉でも、それ……
『…だめだ、頭が勝手に…渦の中にいるみたいだ…』
 もう一度、魅上に頭を蹴飛ばしてもらおうか、などと馬鹿馬鹿しいことを考えて、ソファの背もたれの継ぎ目に顔をうずめるように丸くなった。

08.09.22

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