Bush clover 4

 「……かんっぺきに怒らしちゃったなあ。愛の妙薬のこと、言わなきゃよかった」
 防衛室で出された紅茶を前に、すこし悄気たように呟いた。
「セブルスは怒ってないよ。それに薬のことはああ見えて何も気にしていない」
「そう?」
 スネイプの怒声が聞こえてくるような気がしたが無視した。
 愛の妙薬の件はその製造の段階から、自分もよく知っていたが、仕込まれたコップを見破り、他人に、しかもスネイプのものとすり替えたなどと、今の今まで想像だにしなかった。やはり男が作った愛の妙薬は効能が無い、という結論に落ち着いただけだったのだ。その結論は間違っていなかったが。
「君は、帰る場所があるのかい?」
「もとのいたところに、ってことよね。もちろんよ」
「自分でどうにか出来る?」
「ええ」
「よかった」
 ルーピンはじっと見つめられて、机上を片づけていた手を止めた。
「どうしたの?」
「…ごめんね、邪魔するつもりなんかなかったのに…ただ…」
 少し俯いて泣き出しそうな顔をされるとは思わなかったから、ルーピンは慌てて机の引き出しを漁った。
「チョコレート…いや、クッキーの方がいいよね」
 リリーの前にクッキーが入った大きな箱数個を出した。
 あまり深さのない引き出しに到底収まらない大きさ。目を大きく見開いてその色とりどりの箱を見つめて、笑顔になった。
「不思議。リーマスの鞄のなかってお菓子が一杯で…今は引き出しなのね。チョコレートはもう普通にあるんだ?」
「ホグワーツにはあいかわらず無くてね、ハニーデュークスから搬入してる」
「搬入って。大掛かりねえ」

 学生時代のホグワーツとホグズミードにはチョコレートと名のつくものは一切無くなっていた。自分たちが三年生時、第一次チョコレート惨禍と呼ぶ事件が起きた。
 ある一人の生徒が、『ある国では女性が好きな男性にチョコレートを贈る』という話をしてしまった。そしてその話が瞬く間に目新しい習慣として受け入れられてしまい、二月十四日、ヨーロッパ中のチョコレートが集まったに違いない、とい言わしめられるほどホグワーツ城にチョコレートが溢れかえった。収まりきらない分はホグズミードにまで。
 それから数カ月、その大量のチョコレートを消費するために連日チョコレート関連のデザートが大量に用意され、甘い匂いは最後の一つがなくなるまで充満し、結果、職員生徒、ホグズミート住民はチョコレートを見ただけで吐気をもよおすアレルギーを負ってしまった。
 今も、その頃から残っているハウスエルフたちはチョコレートという単語を耳にしただけで物陰に隠れてしまう。
 ちなみに『第一次』と冠したのはスネイプである。それに続く『第二次』が今、空前のカエルチョコブームという形で展開されているからだ。
「リーマス、先生になったんだ。よかったね、なりたいって言ってたもの」
「…そうだっけ…一年だけの臨時だけどね」
 それまでに事を決しなければならない。記憶のままのリリーが目の前にいることで、学生時代の思い出が嫌でも蘇る。他愛ないことで笑ったり怒ったりした頃が確かにあった。唯一の大切なもの。
「リーマス」
「なに?」
 きちんと微笑んでいるかどうか不安だったが、応えた声は穏やかなもので震えていない。
「あのね…あの…あたし…」
 何かを言おうとしている。現れたのは何かを伝えるためかもしれないと思いあたったルーピンは、心持ち机に身を乗りだした。
 ふいにその瞳がきらきらと輝いた。
「しばらく、ここに居ていい?」
「…………」

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チョコレートがホグワーツに集中してしまうと、
当時のマグル界にも影響があって、
その年、カカオが世界的に急騰、とかなったり。

2005.9.17

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