Bush clover 5

 昼食が終わり、自室に帰ってきてすぐにスネイプがルーピンの部屋に脱狼薬を持ってやってきた。
「……しばらくとはどれくらいだ」
「知らない」
「ルーピン、いい加減なことを言ってる場合か?!」
 薬がなみなみと入っているゴブレットを机上に叩きつけるように置いたのだが、ただの一滴も溢れない。スネイプ教授の性格を見事に表していた。
「……彼女は自分で戻れると言ってるんだよ。少なくとも状況を把握してるから」
「把握しとらんのはお前だろうが。とっとと祓え」
「祓えって…彼女、ゴーストじゃないし、某氏のような思念体というわけでもないし、なにより悪意がない」
「……どこに泊める気でいる?」
「……それなんだよねえ…どうしよう。もうじき満月だし」
 直面している問題で、彼女の正体を考えるどころではない。ゴーストなら身体を休める必要などないだろうが、実体をもち、紅茶やクッキーを美味しそうに食べていたのだ。生身の人間として扱うべきで、それならどの部屋を使うか。
「……ダンブルドア先生は?」
「……エヴァンスを連れて校内を案内しとるわ。いつもの悪ノリでな」
「ああ〜〜〜〜」
「あの先生のこったからよもやポッターと出くわせるようなことはあるまいが」
「セブルス。君、びみょーに懐かしい言い回しになってるよ、今朝から」
 机にうずくまるように突っ伏したまま、ルーピンは言ってみた。案の定、スネイプ教授の不機嫌度が三割ほども増した。
「うるさい。エヴァンスはお前が人狼だということを知っているのか」
「知らないと思う。少なくとも私は彼女にそのことを言ってはいない。言わずじまいだったよ」
「……ポッターは?」
「ハリー?」
「ボケるなばかたれ」
「あいたた。はいはい、ジェームズね…」
 瞬時に頭をはたかれて、心持ち、スネイプ教授から離れる。話の進行次第ではあと何度はたかれるか、たまったものじゃない。
「ジェームズは普通に会話することさえできなくて、せっぱつまって愛の妙薬なんてものを盛ろうとした相手でも、このことはぜったいに言わない。約束してくれたから」
「なんだそれは」
 面食らったように問うスネイプをルーピンは見上げて苦笑した。
「ジェームズは、ああ見えてかなり気をつかう人だった。まあ例外として、君にはなんの遠慮もしてなかったけれど」
 例外ケースはもう一人いた。しかしここでその名は言えない。スネイプを怒らせるのは確実で、なにより、そのことを思い出した自分が忌々しく思う。
「………」
 少しの沈黙のあと、口を開いたのはスネイプだった。
「……ブラックは違ったようだな」
「…………」
 スネイプの執念を見誤っていたルーピン教授は顔を上げた。怨みだけをもつスネイプにとって、シリウス・ブラックは、あの事件があろうとなかろうと関係がない。しかしルーピンにとっては違う。
 人狼として生きてきた三十年あまりうち、唯一、『普通の生活』を過ごした七年間は、この先数十年の、いつ果てるか分からない気の遠くなる道を歩くための糧となるべき思い出だった。しかし、そのすべての思い出にシリウス・ブラックがいた。
 彼は生まれて初めての友人だった。
 マグルの世界と魔法界を行き来する放浪の生活から一変した学校生活で、彼はルーピンをなにかとかまい、そして人狼と知ったあとも変わらず友人としてそばにいてくれた。闇の陣営に与するなど微塵にも感じさせず、どころか、忌み嫌っていたと思い込んでいたのだ。
 ジェームズとリリーを裏切りという形で死に追いやり、ピーターを道行く関係のない十数人もの人々もろとも爆死させた。
 飛び散った血や臓物で赤黒く染まったその場で笑っていた男だ。凄惨極まるその光景を見たなら、もし自分がその場にいたならどうしていただろう。
 自分の魔法力すべてをシリウス・ブラックの殺害のために使い尽くしていたかもしれない。そしてそのあとは…。
 行きすぎた絶望は死ぬことすら叶わない。何があったのか、どうしてなのか、兄弟のように見えたジェームズとの関係は、シリウス・ブラックにとり何だったのか。
 この十二年間、絶望と疑念と疑問に苛まれてきた。最初から、嫌い、怨みだけしかないスネイプには分からない。分かってたまるか。
 
 ノックがおきて、すぐドアが開いた。
「ただいま〜。あ〜楽しかった」
 上機嫌の少女をまじまじと見つめてから、二人は深いため息をついた。緊迫しかけた雰囲気が消し飛んでいく。その深い緑色の瞳は光で瞬いているようだった。
 リリーはいつも光とともにいるような少女だった。
 スネイプは何かを振り払うような仕草でルーピンに向きなおった。また、禁忌の部分に槍を突き刺したことを互いに自覚していた。

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ハリーに「彼のことを知っている」と言ったときの
ルーピン先生の気持ちはどんなだっただろう、と思って書きました。
それと、ルーピン先生とスネイプ先生の複雑な関係みたいなものも
書いてみたかったんですけど…あう。

2005.9.24

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