Bush clover 11
空に鐘の音が響き渡った。授業が終わり、ホグワーツ城から生徒たちの声が微かに聞こえてくる。
「さあて、お次は呪文学だ」
フレッドが背中を伸ばしてぼやくように言うと、アンジェリーナもため息をついた。
「今日は小テストだったよね、練習した?」
「聞くなよ、オレはいつでも出たとこ勝負」
意味なく胸をはってみせるフレッドに、アンジェリーナが笑った。リリーも吹き出している。
「あ、そうだ。リリーってオレらと同じ五年なんだよな。フクロウは受けた?」
「今最中よ」
「は?」
フレッドは現在進行形の答えが返ってくるとは思わず、アンジェリーナも目を丸くした。
「ええ? 試験中って……」
「……ああ、あたしの存在がなんなのか、ということでしょ?」
リリーの瞳がまたきらきらときらめき始めた。アンジェリーナは、ルーピンとスネイプが、昨年の事件と同様、何かに封じていた記憶が実体化したという話をしていたのを聞いていた。
「リーマスはあたしが何かの思念体だと思っているみたい。セブルスはなんか勘づいちゃってるけれど」
「ち、違うの……?」
「去年ウチの妹が、最悪なヤツの記憶が封じられてた日記帳に危うく殺されかけたんだ」
「まあ。ヴォルデモート?」
「う、そ、そうだよ……」
「やあね。あのおっさん、まだ生きてるの」
口調は戯けていたのに、一瞬、リリーの瞳が怒りに染まった。あまりに強烈な光を感じて、アンジェリーナは息を飲む思いで凝視してしまった。そして、リリーが属する時代は、自分の想像以上に、闇の魔法使いたちが人々を苦しめた暗く酷い時代だったことに気付いた。
「安心して。あたしは思念体じゃない。ちょっと実験したいことがあって未来にきたの。……未来だということを確認したらすぐに戻るつもりだったのに…」
「ルーピン先生がいたから?」
ことさら魔法族であることを誇示し、こちらに与することを拒む者、マグルとの混血、そしてリリーのように、生粋のマグル生まれにも関わらず魔法力を発現させた者を次々に殺害していった。魔法界全体に恐怖と疑心が蔓延していた時代。一応の終結となった当時、アンジェリーナは三歳だったために、その時代は伝聞でしか知らない。両親が口にしたがらなかったのもある。その時代を生き抜き、亡くなった人が今、目の前にいる。戦い、負けなかった人だ。
そう考えると自分とはまるで次元の違う人のように思えるが、リリーは自分の恋心をどう整理して良いか迷っている、特別なものは何も感じられない。
「…ダメね。ちゃんと諦めないと。呪文学なら昨日テスト受けたわよ」
「ほんとか? 何が出た?」
きっぱりとした口調がどこか切ない。フレッドは分かっているのか分かっていないのか、リリーの言葉に身を乗り出した。アンジェリーナは自分が知っていることすべてを話してしまいたいのを抑えた。
「今日のテスト、フクロウの予備テストなのよ」
「んんと、ちょっとまってね」
ローブの内ポケットを探って、細かな花柄のがま口ポーチを取りだした。ぱちんと開けて手をいれると、ぶ厚い本を取りだした。マグルの本らしく、表紙には大きな不格好な車、大きさの違う箱を重ね、てっぺんに棹のような細い筒が突き出ている。タイヤと同様の働きをすると思しきところにはベルトのようなものが。……車なのだろうか。とにかく写真があしらわれているが静止している。
本の大きさは、どう見てもがま口の大きさと合ってはいない。その本を放りだすと、また別の本を取りだした。これは天文関係の雑誌らしい。もちろんがま口ポーチの許容無視の大判サイズ。それも放る。
「もう、中身整理しなきゃ…あったあった」
今度は折りたたんだ紙を取りだした。
「それはもしかしてっ?!」
フレッドが興奮したように指を差す。アンジェリーナも思い当たった。
「そう。昨日のテスト問題。今の時代なら過去問題として全教科の問題が公開されてるはずだけど?」
笑って広げた。所々に時間中に書いたものと思われるメモがある。
「もう要らないし、あげるわ。だけど実技は練習するしかないからね」
さきほどの大きな本をがま口ポーチに押し込みながら立ち上がった。
「さてと、あなたたち授業なんでしょ? あたしもリーマスの事務所に戻るわ」
▼
先を行くフレッドは、受取った試験問題を食い入るいように見つめている。アンジェリーナは周囲の生徒に怪しまれないように気を配りながらリリーと城へ向かった。
短い時間で、ずいぶんいろいろなことを感じたり考えたりしたものだと思う。そして改めて気付いてしまった自分の気持ちに少し戸惑っていた。
「考え事?」
「え? あ、ううん。なんでもないこと」
同性から見ても可愛らしいひとだなあと思うくらいだから、男の子から見れば、夢中になってしまうのも分かるような気がする。
「ふふ。あたしは華々しく失恋しちゃったけれど、あなたはうまくやりなさいよ」
「なっ、なによ、それ??」
「さあ、なんでしょう??」
正面玄関の石段を登りきったところで、リリーはアンジェリーナに振り返ると、それにつられるようにしてフレッドも振り返った。
「そろそろダッシュかまさないと遅れるぞ、アンジェリーナ」
「わ、わかった。教科書は?」
慌てて掛け上るとフレッドの隣に並んだ。
「お前は?」
「ここにあるわよ」
アンジェリーナの返事を聞いた途端、満面の笑顔になった。
「じゃあ見せてくれ。寮まで戻るの、めんどくさい」
「あんたは〜〜〜〜」
あたしはアンタの持ち物係?!と掴みかかりそうになったが、予鈴が鳴り響く。
「………こーいう積み重ねがカンジンなんだから。チャンスよ」
声を潜めてとんでもないことを言ったリリーに、慌てて振り返った。
「だ、だだから、なによ、それっっ」
「あたしはねえ、これでも遠慮しすぎて失恋したのよ。というか、押すところを間違えたっていうか。カタキに出遅れたの」
「ライバルがいたってこと?」
「超強力なのが。それより追いかけないと」
指し示された方向の彼方に走り出したフレッドがいた。振り向いた。
「アンジェリーナ、マジやべえ!」
「ま、待ってよっっ!」
走り出そうとしたアンジェリーナに、楽しそうに笑うリリー。
「アンジェリーナ」
「なにっ?」
「がんばってね〜」
「もうっ」
リリーは手を振って見送ると、ルーピンの事務室へ向かった。できたばかりの友達だけれど、次に出会うことはないだろうと思いながら。
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2005.11.05
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