Bush clover 13

 「リ……」
 しゃがみ込んでいる少女に声を掛けようとしたが、ジェスチャーで止められた。
 かなり困った状況だ。部屋に戻ってみれば目の前にしゃがみ込むリリー、そして窓の外にハリーがいた。ハリーは箒に乗っていて、自分に気がつくと満面の笑顔になった。
「ルーピン先生!」
「やあ」
 歩み寄り、足下を気遣いながら窓を開けた。下にはロンとハーマイオニーがいる。ハリーの名前を呼ばないように、言葉を選ばなければいけない。
「どうしたんだい?」
「ハーマイオニーが今、先生の部屋に誰か居たって。だから、ちょっと見に来ました」
「そうか。いや、誰も居なかったよ」
「ハーマイオニーが泥棒かもって」
「はは、盗られるものなんかないよ」
 身を乗り出し、下にいる二人に手を振った。二人も元気よく、ぶんぶんと手を振り返してくれる。
「その箒は? 粉砕されたニンバスの代わりかい?」
「はい! これ、流れ星ですよ。修理したって言ってましたけど、ほとんど改造みたいで、めちゃくちゃ速いです」
「へえ修理ねえ。あ、二年生のあの女の子かい?」
「そうです。拾ってきたのはフレッドですけどね〜」
 嬉しそうに話すハリーをリリーは今、どんな気分で聞いているのだろう。たしかにハリーは父親のジェームズによく似ているが、表情はむしろリリーに似ていた。そして、その表情もダンブルドア曰く、つい最近になって笑顔が多くなった。
 たった一人残された後の十年間、虐げられて過ごしてきたためにあまり笑うことがなかったのだろう。
 急に、三歳だったハリーに会ったときのことを思い出した。庭の隅で泣くのを必死で堪えていた小さな背中と、声を掛けたときの脅えて警戒する顔。十年が過ぎた今、目の前にあるのは健やかな笑顔だった。
「…大きくなったなあ」
「はい?」
 風で木々が騒めいたときの呟きはハリーには届かなかった。そのかわり、ロンの大きな声があがった。
「ハリー! 夕飯! 腹減ったーっっ!!」
 ハリーの名を呼ばないように気をつけていたルーピンは、ロンの無邪気で元気な声に脱力しかかった。しかし、そんな素振りは微塵も出さずに立ち直った。ハリーは目を丸くしてロンに応じる。
「ええ? 夕食の時間はまだだろ??」
「パンあるよ! いっしょに食べようぜ!!」
「うわ、またがめてきたんだな〜〜」
 呆れたような苦笑をしてから、ハリーはルーピンに向きなおった。
「じゃあ、僕行きます」
「ああ。食いっぱぐれないようにね」
「はーい。でもロンってば一日中食べてるような気がする。じゅうぶん背高いのに」
「ハリーもそのうち背が伸びるよ」
「そうですか〜?」
 少し疑わしげに、そして気を取り直した風に笑うと会釈をしてロンとハーマイオニーが待つ場所へ降りていった。

 窓を閉じると、室内の静けさが一層際立ったように思えた。リリーは座り込んだまま、ルーピンを見上げていた。
「今の子がポッターの子どもだってことは知ってるわ」
「え? ど、どうして……」
「さっきの時間に一緒だった五年生の子に教えてもらったの。あ、不可抗力だからね、怒らないであげてね?」
 今度こそ力が抜けて、リリーの隣に座り込んだ。
「……ハリーは君のことを?」
「見られてないはずだもの、知られてない…と思う。あの時間にいた五年生たち以外の生徒には見つかっちゃいけないのよね? それは気をつけたつもりよ……」
 少し自信なさ気にうつむくリリーを見ると、いろいろ言おうと思っていたこと、主に注意事を言えなくなってしまった。
「…遠くから見ただけだから本人かと思ってとっさに隠れちゃった。そんなわけないのにね。声だけだと話し方が違うから別人だと思えるけれど」
 ハリーの母親までは考えが及んでいないらしいのは、まだ、ジェームズに対して好意を抱くには至らない時期のリリーだからだ。少し安堵した。
 窓の外が夕闇に染まる。室内にも橙の光が差し込まれていく。
「あたし…やっぱりどこにいてもあなたを困らせちゃうわね…ごめんね」
 今にも泣き出しそうな声にルーピンは驚いて、リリーの正面に座り直した。死んだはずの人がこの場に存在する、ということは困った事態に違いないが、少なくとも、学生時代にリリーに困らされた覚えはルーピンにはなかった。
「あたし…あなたに好きだって言うたびにあなたを困らせてる。そんなことしたくないのに…わかってるのよ、あなたがあたしを嫌ってなくて、あたしが望むような形ではないけれど好いてくれている。それだけでじゅうぶんだとほんとはわかってた…」
「リリー、僕は君に困らされたことなんかないよ。一度も」
 そう言ったのに、リリーは静かに首をふった。
「あたしね…あなたに言えないことがあって…だからそのかわりに好きって言ってたのかもしれない」
「え?」
 ふたたび見上げて自分を見つめるリリーの瞳が涙で溢れそうになっていた。
「………背中の傷…学校にいる間にポンフリー先生に診てもらって。あなたのことだから、ろくに治療もしてないでしょう?」
「リ……」
 以前に負った傷のことを言っていることは分かっている。右側の頸から背にかけて、黒い跡となっている傷だ。襟元から見え隠れしているのをスネイプにも指摘されたが、すでに治っていたからそのままにしている。思わず抑えてしまった。
「なぜその傷を負ったのかは……分かってる。そうなることを覚悟していたあなたを知ってる………あなたが…人狼だということは、知ってたの…」

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2005.11.26

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