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2-2
 掲示板には普段の社員旅行などの告知の上から、大量リストラの告知の紙が、でかでかと張り出してある。噂は確かにあった。強烈な不況のあおりで、会社が立ち行きいかなくなっているというものだ。昨今クビ切りはどこの会社でもあったことだから、仕方のないことだといえばそれまでなのだが、しかし、大量リストラとは--
 自分もクビになるんだろうか、などと思いながら席に戻った。
 何人くらい残るんだろうか。目下の不安はそのことだった。下泉の部署は企画である。もともと情報収集が仕事の現場では、人員は不可欠の存在だった。プロジェクトにもその影響は大きくのしかかってくることぐらいは大いに予測できた。
「プロジェクトはどうなるんです?」
「なんでも一斉改変で、部署も縮小されるらしい。まったく冗談じゃない、このくそ忙しい時に」と、ぶつぶついいながら田村は作業を続ける。
 電話が鳴り、当時新入社員だった香坂がでる。彼女は、まだあどけなさの残る顔で田村を呼んだ。
 田村は苛立たしそうに電話をとると、みるみる顔色が蒼白へと変わっていく。平身低頭になり、頭まで下げ始めた。
「誰だったんです?」
「しゃちょうだよ、しゃちょう」
 田村は嫌そうな顔をしながら部屋を出ていった。

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2-1
 よく晴れた朝は爽快で、いつも通りに会社に出勤した。受付のロビーを通ると、紺の制服姿の受付嬢が挨拶してくる。
 いつもと変わらぬ朝のはずだった。しかし、エレベーター前で待っている社員の表情は一様に暗い。なんだろうなと思いながら、職場のフロアーまでたどり着くと、誰もいない廊下を歩いていく。企画部と書かれたプレートの部屋へと入ると、部署の人間が全員集まっており、重苦しい空気が部屋中に渦巻いていた。
 自分の席に座ると、上司の田村が不機嫌な顔で下泉を見た。
「遅かったじゃないか」
「なんか、あったんですか」
「掲示板見てないのか? 今えらいことになってるんだよ」
 なにやら張り紙してあったらしいのだが、下泉は見ていなかった。
「見てないんなら、今から見て驚いてこい」
 下泉は田村に言われたとおり、掲示板のある廊下まで歩いていった。


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1-3
 香坂が席から立つと、桑原がぎろりと視線を向ける。
「なにぼんやりしてるの、さっさと片づけろよ」と、鋭い視線がいっていた。
 下泉は慌ててモニターに向かい、作業の続きを始めるが、横目でちらっと見ると、もう香坂の後ろ姿を追っていた。そう、こんな奴なのだ。男に厳しく女に甘い。そして自分にも甘い。その目はどんな小さなことも見逃さず、敵にまわすことにでもなろうものなら、抜け目なく会社に報告する。奴の前に道はあり、奴の後には屍が累々と積まれて--と、こうやってのし上がってきた男なのだ。ミスが発覚するだけで、大目玉を食らうのは火を見るよりあきらかだった。
 やり場のない怒りを、下泉はモニターに巣くっている数字にあたることにした。間違いを見つけるたびに、「よーし、よしよし。そこを動くなよ、部長みたいに殺してやるからな」と、口をもごもごしながら勢いよくキーを叩く。表面上は何を言っているかはわからない。周囲が聞けばぞっとするようなことを言っているのだが、幸い誰にも気づかれることなく今まで難は逃れている。当面の災難は桑原ではなく、目の前の数字の羅列にあるのだ。
 あれのせいだろうか。と、下泉は数年前のこと思い出していた。

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1-2
 この部屋の管理者、世間でいうところの中間管理職、桑原と言う名の生物がその正体だった。容姿端麗という言葉を、男に使うのもどうかと思うが、男からみても魅力のある風貌だ。すらりと背の高い愁眉に甘く放たれる目線に、たいていの女はころっとなってしまうだろう。もうとっくに四十の声を聞いているというが、近しい者ですらその正確な年齢は知らないという。だいたいならもう閑古鳥が鳴くはずなのだが、未だに浮き名を流しているという噂だけは絶えない。このくそ忙しい仕事で、どうやってそんな時間がとれるのかは未だに謎である。
 今もデスクで、「香坂くん、今日もきれいだねえ、お茶持ってきてくれる」などとニコニコしながらほざいている。
 言われた香坂も、「はい、すぐに持ってきます」といって瞳を輝かせていたりなんかするのだが、見た目に騙されてはいけない。奴の視線は常に君の制服の下を想像しているのだから。

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1-1
 パソコンのモニターが歪みを見せ始めたのは、朝起きてから何回目だったろうか。途中、感覚が麻痺してから、回数はすっかり霧の向こうに見えなくなってしまった。何度も何度も同じラインの数字を確かめる。これで最後だと見直しが終るたびに、肩幅の広い背広のイメージがちらつく。
「下泉、今日中に一部の懸案終わらせてよー」今日は幻覚どころか、幻聴まで聞こえる。響きはどこか苛立ったような、それでいて緊張感を削ぐような、不可思議な感覚を相手に与えるものだった。
「どれ」
 突然目の前に黒い物がぬっと出てきて画面を遮る。なんだこれは、と、考える前に黒い物から声が聞こえる。
「なんだ、まだこんなとこやってんの。時間ないんだからさー、早く頼むよ」
 黒い物は頭だと確認したところで、画面からすっと消えた。
 泉着やせする男の背中を見ながら、作業中の下泉光春は「心臓に悪いことするんじゃねえ」と、心の中で罵った。

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