年増女はさっきからドレスの隠しに手を突っ込んでタバコを探している。
　やがて若い娼婦はテープや軟膏を持って戻ってきた。
「先生は私にそんな愚痴は話してくれないよ。……なんかそういうことは自分で抱えこんじまってるみたいで。今日は特別さ、こんなに酔っ払うなんて」
「昼のアレ、あの娘これで四度目だっけ？　そんなことのないようにと一生懸命指導してるのに、先生なんだか空しくなっちまったのかねぇ。でも仕方ないよ、ありゃ顔はキレイだけどちょいと頭のネジが緩んでるから」
やっと見つけたタバコから白い煙が立ち昇る。年増女はマッチの燃えさしを持った手を振りながら灰皿の代わりになるものを探した。青年医師はタバコを嗜まない。
　若い娼婦は眉根を寄せたが、年増女が室内禁煙を破ったからではないようだ。
「あの娘はこの仕事に向いてないんだよ、エンターテイナーが本気で客に惚れちまってどうすんのさ。まったく真面目でお堅い娘より始末に負えないよ」
「だからと言ってココで他に何ができるんだい？　他所にいけるわけでもないのに」
「……て、私も先生に言っちまってさ」
彼女は燃えさしを受け取り中身の大半がこぼれたグラスに落としてから、年上の女の指を消毒し始めた。会話が途絶え、辺りにはタバコと消毒液の臭いだけが漂う。
　やがてワセリンを手に取りながら若い娼婦がつぶやいた。
「先生、荒んじまわなきゃいいんだけど。私、どういうわけかこの人には堅気らしさを失って欲しくなくってさ」
「ココでは難しいよ。そんなもん失くしたほうが楽にやってけるもの……。ま、女房子供でも出来れば多少はマシかね」
「バカだねぇこんなところで所帯なんか持ったりしたら、あの人二度と外に出ていけなくなるじゃないか」
意味ありげに片目をつむった年上の女を若い娼婦が睨んだ時。
「そんな処置の仕方があるか！」
突然、机でイビキをかいていたはずのものがムクッと起き上がった。
「キミ、私のメガネはどこだ」
いつもとまるで違う偉そうな物言いとアヤシイ目つきに若い娘は面食らう。
「ハ、ハイここです、どうぞ」
青年はメガネをかけ彼女から年増女の傷ついた人差し指をひったくると、見惚れるような手際のよさで瞬く間に処置を進めていく。
　絶対シラフじゃないよ目が座ってるのにぃ、と娼婦たちが恐れおののく中、処置は完璧に終了し、彼はまた机に突っ伏した。
　ごおごおとイビキが響く中しばし沈黙が続いた後、年増女がおずおずと立ち上がった。
「ア、アタシもう戻るわ。あの客もそろそろ酔いが冷めた頃だろうし」
「う、ん、それがいいね」
　まだ先っぽしか吸ってないタバコをマッチの燃えかすの入ったグラスに落とすと、彼女はいそいそと部屋を出る。

　お大事に、という言葉に振り返った年増女が最後に見たのは、締めかけたドアの向こうで若い娼婦が再び寝込んでしまった青年を抱き起こしている姿だった……。