翌朝。
実際はもうほとんど昼に近かったが、娼館が遅い目覚めを迎えた頃。
昨夜は看護婦の真似事をしていた若い女はすでに入浴も食事も済ませ、娼婦の控え室で爪の手入れに余念がなかった。仲間たちはまだまどろんでいるのだろう。室内には彼女しかいない。
「あ、キミここにいたのか。……探したよ」
しゃがれた声に振り向くと件の青年医師がいかにも二日酔いらしい不健康な様子で室内にフラフラと入ってきた。
「あら、おはよ先生。ひどい顔色だね。今日は診療時間遅らせてもらって、ひとっ風呂浴びてからにしたほうがいいんじゃない?」
「お、おはよう、うん……そのつもりだけど……」娼婦の明るい挨拶に青年はうつむき、奇妙に顔を赤らめた。「その昨日は……色々迷惑、かけたんじゃないかなって」
「ホント、かけられたねぇ。やっぱ男はベロベロに酔っ払っちゃ駄目だ。重くってさ、先生の部屋に着くまで何度ぎっくり腰になるかと思ったよ」
「ごめんありがとう……それであの……その……えっとあの……ひょ、ひょっとして、ひょっとして僕……い、いや、そのあのその……キ、キミは着替えまでさせて、くれたのかな!」
左手の甲をそらせて満足げに爪を眺めていた娼婦は、今度は右手の作業に移り、気のない口調で答えた。
「ひょっとしてって何にも覚えてないの? ……あはは、着替え無意識のうちに自分でやったんじゃないのかい。運んであげたけど私そんなとこまで面倒見てないよ、先生がベッドに墜落するのを確認しただけ」
医師は顔を上げた。真っ赤だった。
「そ、そっか! でもそのっ……」
暑くもないのに大汗をかいている彼の様子にまるで気付いていないのか、若い娼婦はそちらを見ようともしない。スティックで右手の爪の甘皮を押し上げる作業に集中していたが、青年の歯切れの悪い言い方に動きが止まった。
「でもその?」
「あ、いや、その……なんというか……へ、変な夢を見たような気がした、から」
「そりゃあんだけ飲みゃ悪夢も見るだろうよ、ぐでんぐでんで足腰立たなかったもん。これからはせいぜい自重するんだね。今度はもう運んであげないから」
叱り付ける母親のような口調とは裏腹に、彼女は青年を見上げるとニッと笑った。彼はまだ何か言いたげだったが相手の屈託のない笑顔にどぎまぎと視線を逸らす。
「あ、ああ気をつける」
「ホントに酒臭いなぁ。みんなが起きだす前にさっさと風呂に入ってきたら?」
「……うん」
若い娼婦はうつむくとまた甘皮押しに戻り、会話は終了した。
青年はしばらくグズグズとそんな彼女を見守っていたが、やがて肩を落としドアを出て、悩める足取りで廊下を歩いていった……。
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