4章(1)
 焼け跡の男の死体は、数日後の朝ようやく新聞記事になった。それは紙面の片隅にほんの小さく載っていたにすぎず、アパートメントの住人の話題にのぼることさえなかった。
 しかし、身元不明とされていた男の素性は発見が遅れたにも関わらず意外に早く判明し、翌々日の新聞にはもう名前と年齢が載っていた。十日ほど前から家出中で、家族が捜索願を出していたらしい。二年前に復員してからは定職にも就かず酒に溺れていて、過去にもふらりと家を出ては帰らないことが度々あったと報じていた。
 記事からは警察が本腰をいれて捜査している感じは読み取れず、単純に酔っ払いが事故かつまらぬ喧嘩にでも巻き込まれた、と見なしているようだ。戦地から戻った後“おかしく”なった人は共和国にも大勢いるから、酒で身を持ち崩した元復員兵の原因不明の死など特に珍しくも騒ぎ立てることでもなかったのだろう。
 そんな警察の見解を裏付けるかのように、我々の日常も普段と変わらず流れていた。
 遺体が発見されてからも男の“仲間”は一向に現れず、背中に誰かの視線を感じることもなければ尾行がつくこともない。もちろん共和国情報部の動きにも変化はなかった。
 記事の名前は少尉の記憶になく、相手もこちらの顔をあまり知らなかったところを見ると二人の間に接点があったとも思えない。
 だが彼等の知らない事実……数日にわたる執拗な尾行と狙われたのが帝国諜報部員コールド・ヴィッターだったことが悩みの種だった。
 瓦礫の上で虚空を睨んでいた断末魔の表情は、無念に満ちたもののように感じられた……。
「ヴィッターさん!!」
突然呼び止められ、私はどきりとして顔を上げた。急にリードが手のひらの中を滑っていったので慌てて握りしめ引き戻す。見ればティラミスが盛んに尻尾を振りながら遊歩道を近づいてきた中型犬に向かってヒャンヒャン吠えている。いつもの道、いつもの公園。日課の散歩の途中だった。
「こんにちは、今日はいいお天気ですね」
犬と一緒にやって来た顔見知りの老婦人と笑顔で挨拶を交わしながら、少しもの思いにふけりすぎてしまったと反省する。
 男の身元が判明してから四日。襲撃からはまる十日ほど。何事もなくただ日数だけが過ぎ、緊張の糸がふっと緩んだのかもしれない。
 ここ数日フランシア伍長の悩みは尽きなかったが、ヴィッター夫人は普段と変わらず家事をこなし買い物や散歩に出かけ犬と遊び、日常を楽しんでいる。
 しばらくは任務もなくあの木のウロの郵便受けも空っぽだ。
 こんなふうに半ば上の空だったが婦人との会話はなめらかに進んでいた。お天気に始まり、犬の毛並みのこと、ブラッシング、静電気について。……血なまぐさい話とはまったく無縁の、ありふれた主婦らしい会話。父が死なずに普通に停戦を迎えていたら、私は今どんな日常を送っていただろうとふと考える。
 とりとめない話をしているうちにしびれを切らした犬たちが騒ぎだしたので、私たちは話をお開きにすると別れた。

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