口調はいつもの聞きなれた堅苦しいもので、私を見つめる眼差しにも変化はなかった。
どうやら隠していたわけではなかったらしい。喪章をもらった時にでも聞かれていれば、少尉は自分がやったと戸惑うことなく答えていただろう。
感情を排し規則・規律に徹するコールド・ヴィッターなら当然の反応だった。今までいったい何を心配していたのだとすっかり拍子抜けした私は、いつの間にか心の奥底にわだかまっていたことを思わず口にしてしまった。
「貨車に疎開児童が乗っていることはご存知だったのですか?」
ほんの微かだが少尉の眉間に縦しわが浮ぶ。私は自分自身の思わぬ反応に慌てて、ぎこちなく言葉を続けた。「いえ別に、人道的な観点で尋ねているのではありません。子供とはいえどうせ大人になれば兵士やその親になるのですし……」
最後の台詞は自分に言い聞かせるものだった。
敵に思いを馳せていたら諜報部員は務まらない。きっと父だって、楯にされたのが自国の民間人だから撃てなかったのであり、共和国人なら非戦闘員でも子供でも平気で撃ち殺したはずだ……そうに決まってる。だって敵なんだから。
次々と脳裏に浮んでくる元気だった頃の父の温かな優しい笑顔を封じ込め、あの当時くり返し新聞の紙面を飾っていた哀れな兵士の無表情な顔写真――おそらく身分証明書用に部隊で写したものだろう――を思い出そうと言葉に詰まっているうちに、先に上官の薄い唇が動いた。
「知っていたかと言われればノーだ」
だが否定の言葉に思わず口元が緩みかけたとたん、角々しい事務的な口調が付け加えた。「しかし知っていても結果は同じだったろう」
「どういうことですか?」
「伍長、私はコールド・ヴィッターだ」
「なぜそれが……」
一瞬、少尉の瞳が微かに揺れ言葉を選んでいるように視線が宙を泳ぐ。そのわずかな躊躇に私は気が付いた。自分の裁量で動けなかった選択の余地のない情況。それはつまり……。「列車爆破は上官命令だったんですね!」
これで理解できた。後で国際問題に発展しかけた不祥事だったにもかかわらず少尉は責を問われることなく今も共和国で同じ任務を続けている。おそらく上層部は、責任は現地で命令を出した上官にあると判断したのだろう。降格あるいは左遷などの処分を受けたのはその人物だったに違いない。
「いずれにせよ私が自分でやったことだ。この事実は変わらない」
「でも、もし」
「いついかなる場合でも上官の命令を忠実に実行するのが典型的な帝国諜報部員だ。コールド・ヴィッターにはでも、や、もしは存在しない」
私は言葉を失い黙り込んだ。
少尉の淡々とした口調には相変わらずなんの心の動きも感じられなかった。きっと彼にとってこの件は上官の命令に従ったに過ぎないありふれたことで、おそらく今この場でたかが敵の子供が巻き込まれた事件に一喜一憂しているのは当事者でもない私だけだろう。もちろん戦争が終わって二年もたつというのに、関係者が相次いで亡くなったことを気にかけているのも。
そう思うとなんだか急に自分が愚かしくなり、これ以上会話を続ける気持ちがいっぺんに失せてしまった。
「……納得しました。質問に答えてくださってありがとうございます、こんなことにお時間をとらせて申し訳ありませんでした」
「なに気にするな。ニュースの時間にはまだ間に合う」
彼が動く前に、暖炉に向かい飾り棚のラジオのスイッチを入れる。
陽気な音楽が流れ居間の雰囲気が変わり、食後をくつろぐ夫と妻が戻ってくる。
「コーヒーを淹れてくるわ、アナタ」
答えも聞かず、私はソファに背を向け居間を後にした。
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