しかし慌てた声は私が隣にぴったり寄り添うとすぐに止んだ。二人して小さな子供みたいに頭から毛布を被ったまま、ベッドの端に並んで座る。
眠れないのですか、と聞く変わりに少尉の肩に頭を持たせかけた。外気にさらされていた肌はひんやりと冷たかったが抱き寄せられても私はそのままでいた。
黙ったまましばらく寄り添っているうちに冷えていた背中が温かくなってくる。やがて深く息を吸い込む音が聞こえ、少尉がおもむろに口を開けた。
「伍長」なにやら思いつめたような調子。「私は……」
「なんですか?」
彼は何か言いかけたが、私の表情をどう感じたのか口をつぐみ、視線を落とすと床に向かって話しかけた。
「伍長。私はキミと会えて……いや、キミという部下に出会えたことを心から感謝している。テストケースのパートナーが伍長で本当によかった」
「ウフフどうしちゃったんですか、まるで別れの挨拶みたいですよ。テストケースがようやく終了というだけなのに」
「そうだ終了だ。終わってしまう……何もかも」
少尉の眼つきが暗くなり私の肩を抱く手に力がこもった。
「テストが終了するだけですよ?」
任務が成功を収め夫婦潜入が正式に採用されればどうせまたペアを組むことになる、と当時の私は当たり前のように無邪気に考えていたので、彼がどうしてそんなにブルーになっているのかさっぱり理解できなかった。
「確かに」自分に言い聞かせるように自嘲気味につぶやいてから、少尉は私をさらに抱き寄せた。「それだけの話だ……」
広い胸に押し当てた耳から、彼の心臓の鼓動が伝わってくる。父が死んで以来、物理的にも精神的にもこんなに人と触れ合うのは初めてのような気がした。
人々はみな、私があの“フランシア伍長の娘”と知るととたんに遠慮がちに距離を置くようになるか、そうでなければ自分とは全く関わりのない世界のかわいそうな住人とみなして同情を押し付けてくるかのどちらかだった。
しかし部下がいわくつきの娘であることを上官である彼が知らぬはずはないのに、例の付きまとって離れない見知らぬ兵士の亡霊は、なぜか少尉の前では姿を現さなかった。
きっと私を有名事件の遺族などではない、そのままのフラウス・フランシアとして見てくれているからだ。そう思うとさっき別れの挨拶みたいと茶化してしまった彼の言葉が、宝物のように思えてくる。
私は顔を上げ上官を見つめた。感謝と尊敬と想いを込めて……少尉は私を導いてくれる師であり、一緒に任務をこなす仲間だった。そして互い強みや弱みも分かり合える年の離れた友人でもあり、頼もしい信頼できる上官でかつ守りたい大切な人で、年に似合わずシャイでからかうとかわいいところがあって……こんな感情は好きとか愛してるといった恋人や夫婦限定のような言葉の中に、すんなり収まりきれるものではなかった。
「私も、少尉の部下でよかったと心の底から思っています」
「キミもそう言ってくれるのか?」
彼のどことなく不安げな口ぶりを打ち消すように、私は力強く答えた。
「はい、もちろんです。……少尉に出会えて、ここで一緒に過ごせて、本当によかった」
「私もだ」
彼が抱きしめてきた。二人を頭から覆っていた毛布がずり落ちて裸の肩がむき出しになったが寒さは感じない。私はうっとりと少尉の抱擁に身をまかせた。確かに彼の生真面目な性格を考えると任務終了後もこのままというわけにはいかないだろうけど……でもどうせすぐに今度は正式な任務としての辞令を受ける。
「伍長」再び少尉の声がした。「私と」
しかし彼は照れたように体を離してしまった。「やれやれ、ハニートラップの試験にまた落ちるところだった」
「少尉?」
「いや何でもない、今日はもう休もう。明日も出国準備で忙しいのだろう?」
「はい……」
私たちは毛布を引き上げ横たわり、抱き合ったまま眠った。
(2)