(3)
 店の前でティラミスを抱き上げドアを開ける。
 カランとどこかで鐘がなり、奥から陽気そうな小太りの中年男が出てきた。花の水揚げをしていたらしく前掛けが少し濡れている。
「いらっしゃいお嬢さん」
「こんにちは。どういたしまして、主婦ですのよ」
こりゃ失礼、学生さんかと思った、というお世辞に笑顔で答えてから店内を見回す。
「そうねぇ……そこのバラとカスミソウをいただけるかしら。でもそれだけじゃ寂しそう……他に何がいいかな? 犬もいるしテーブルに飾りたいから、あまり匂いのきつくないのがいいんですけど」
自分とティラミスと、父の思い出のための花だ。少尉の好みなんか関係ない……そもそもあの人の好きな花なんて知らない。
 しかし店の主人にこの思いは悟られなかったらしく、彼はニヤリと笑った。
「おや奥さん、今日は結婚記念日ですか?」
「いいえ、いつもの週末です」
言ってから、ということは今夜は寝る前にもう一つ任務がある、と思い出す。
 几帳面な少尉はそんな日まで律儀にスケジュールを決めていた。頭に浮んだところで顔が赤くなるわけでもないまったくもっての義務、ほとんど儀式。……やっぱり冷淡ヴィッターね、ロマンスの欠片もありゃしない。
 思わず口元にほろ苦い笑みが浮びかけたところを慌てて飲み込む。新妻が倦怠期みたいなやるせない顔を見せるわけには……しかし上手い具合に花屋の主人は私に背を向けて切花を物色していた。
「日ごろからテーブルに花とはお熱くていいねぇ。新婚の頃はウチのカミさんも色々工夫してくれたんだがなぁ」
冗談口を叩きながら、クリーム色の花を選ぶと私の鼻先に持ってくる。カーネーションだった。
「控えめな優しい香りね、これにしますわ。……ところで奥様はもう飾ってくださらないんですか? お花屋さんのテーブルなら花はいくらもあるでしょうに」
店主は答えず、少し寂しそうに笑った。
「奥さん、旦那さんが褒めてくれなくても花は飾ってやってくださいね。あ、別に商売だから言ってるんじゃないですよ。男ってのはバカだから何年もたってからやっと、なんだか食卓が殺風景になったことに気がついて悔やむもんなんです」
「せいぜい気をつけますわ」今になって主人とは関係ありませんなどと言えずなんだか決まりが悪くなった私は、花を包み始めた店主に本人の口調を真似て続けた。「ご主人、奥様が忘れたような顔をしていても花は褒めてやってくださいね。あ、別にマケて欲しくて言ってるんじゃないですよ。女ってのは執念深いから何年たっても、昔の事を昨日のように覚えてるもんなんです」
作業が中断し、店主が笑いながら顔を上げた。しかし情けなさそうに眉が垂れている。
「きっと何を今さらって怒鳴られるのがオチですよ」
「ええ、たぶん。でも明日の夕食のワインがちょっといいものになるかもしれない」
「そりゃやってみる価値はあるな」店主は包みを開くとかがみこみ、ピンク色のクシャクシャした花を加えた。「いいこと聞いたからオマケしますね。これはスターチス、花言葉はいたずら心と永久に朽ちぬもの。奥さんとご主人の仲が今のままずっと続きますように」
「まぁ、ありがとう」
思いがけないサービスに私はニッコリ微笑んだ。 
 本当は、事後むっつり押し黙ったままベッドから出てガウンをはおり、そそくさとシャワーを浴びに行く後ろ姿を思い出し複雑な気分だったのだが、このテストケースが成功して正式導入になれば二課にとってはきっとめでたいことだろう。
 支払いを済ませ花束を受け取る。
 スターチスはドライフラワーにするといいですよ、という主人の声を聴きながら私は花屋を後にした。

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